100 陽動
より精度の高い射撃を行う為、僅かに全身が沈み込んだ大崎機……次の瞬間、その背部のランドセルに備わったアクティブカノンから一発の弾丸が放たれる。
すぐさま響いたバシュンという甲高い音と共に発生した一筋の輝き……その軌跡の遥か先、弾丸の着弾地点へと目を向けた俺はここで顔を大きく顰める事となる。
「パッと見ただけでアシッドが複数いるな……」
最大望遠で僅かに見える他より大きな一回り大きい特徴的なシルエット――
地球上に現存するミイデラゴミムシ、その姿にやや近しいアシッド……羽型の甲殻の下に実際の羽は無く、代わりとばかり大きく膨らんだ黒光りする下半身を持つ。前傾し、その下半身を大きく持ち上げ、尻の先端から強烈な腐食性の液体、地球上には存在しない凶悪な液体を噴射してくる質の悪いインセクタムの姿である。
げんなりとした俺の想いにアリスがすぐに答える。
<そのパッと見た狭いエリアで五体かぁ……あ、今、一体は死んだけど……>
アリスによって拡大表示されたアシッドたち……あちらこちらの瓦礫の影から次々と姿を現し、既に噴射体勢へと移行した厄介な奴らへと目をやる。
「どんだけ隠れていたのやら……」
<ノアから! 基地の北東にも反応ありだって! って言うか、あいつら私たちが通ってきたエリアに潜んでいたって事よね? 最近、隠れすぎじゃない?>
「まあ……な……」
ともあれ、こいつが複数いるという事は壁上からの定点狙撃が厳しいという事になる。敵から見やすい位置にいるという事は逆に的となってしまうという事だ。
思わず舌打ちしたい気持ちを抑えて俺は新たな発光信号を打ち上げる。
狭い防壁の上でも高速機動狙撃が可能なリサを搭載した大崎機とノアを搭載した田沼機、そしてアスカを搭載したマイキー機だけを壁上に残す事にしたのだ――
<私だって機動攻撃は得意なんだけどねっ!>
さて、俺の僅かに落ちた気配を早速と感じ取ったアリスが大口を叩き始める。そんな彼女の気遣いに応えるべく、俺も無理やりにテンションを上げていく。
「分かっている! まあ、兎にも角にも時間稼ぎが必要だ! 我々は最も得意とする『単独での遊撃戦』を行い、奴らの目を少しでも引き付けるぞ!」
そんなの得意になった覚えがないと叫ぶアリスの声を横目に俺はホバーへと歩いて近付く。そして自機の掌をホバーの装甲へと軽く押し当てる。
これは振動によってモールス符号を送るという、いわゆる接触回線である。
「アリス、頼む」
<了解っ!>
アリスによって俺の言葉が超高速でアルファベットを表す符号へと変換されて向こうへと伝えられていき、向こうでエルザによって解析されていくのだ。
同じくモールス符号を光の点滅で伝える先ほどの打ち上げ式、フラッシュライト利用した固定式の発光信号と共に時間は掛かるが、信頼性は高い装備である。
さて、そんな今し方に伝えた俺の指示が早速、皆へと伝えられたようだ。ボシュッという音が聞こえると同時にやや横に逸れていく一筋の煙が現れる。
上空で始まった激しい点滅へと目をやった俺は覚悟を決める――
「無線はどうか?」
<駄目ね……雑音だらけ>
「それは残念だ……では突撃するか……」
<はぁ、やだなぁ……>
「近接戦闘は嫌いか?」
<汚れるのが嫌なの!>
さてさて、渋るアリスは兎も角、我々の突撃という名の作戦の概要はこうだ。
まず、我々の完全な勝利条件とは……これは大雑把に言えば、基地内部の情報を得た須藤の部隊を回収後に全機無事に撤退する事であろう。
その為に必要なのが、時間稼ぎである。主に南側、我々の通ってきたルート上からやってくる敵主力を『どれだけ足止め出来るか』が鍵という事だ。
つまり、今から行う俺とアリスの仕事は単騎で眼前の集団に突撃しての攪乱、敵の目を出来る限り引き付け、少しでも進軍を遅延させる事が主任務となる訳だ。
まあ、大いに危険……という事である。
<もう! 相手の数も分かんないのに不安じゃないの?>
「目的は敵の殲滅じゃないからな……回り込まれる事だけは気を付けるぞ」
幸いな事に天候・視界ともに良好、視界を塞ぐような大きな障害物は幾つかあるが、むしろアシッドの酸を防ぐには都合の良いくらいである。
まあ、単騎で機動力を生かして戦う為の環境としてはまずまずという事だ。
「それよりも大事なのは危険排除をしてくれる皆を信じる事だ」
<えー三島も? あ、エルザを信じれば良いのか!>
だが、この冗談半分、彼の経験不足を心配した言葉に答えは返さない。
取り急ぎ、基地内部の外周を確認したノアから更なる状況報告が入ったのだ――
「どうか?」
<基地内部に大型の敵影なし!>
同時に田沼機から新たな発光信号が打ち上がる。それを確認した各隊のホバーがすぐに動き出し、須藤たちが潜り抜けた通用門の前へと集まっていく。
その様子を確認した次の瞬間、俺の機体の各ノズルが上下左右に小刻みに素早く向きを変える。アリスによって全てが正しく動作する事が再確認されたのだ。
そのノズルたちがそれぞれの向きに固定されると同時、メインノズルが収縮していく。ガスバーナーの先端のように細く短く見えていた炎がグングンと太く長く膨れ上がっていく様子をモニターの隅に確認した俺はアリスへと指示を送る。
「行くぞっ!」
<了解っ!>
後方の粉塵が激しく舞うと同時に俺は大きく膝を曲げる。その蓄えたエネルギーを伸び上がる事で一挙に開放した俺の機体が斜め前方へと勢いよく飛んでいく。
さて、やや高めに高度を取った俺とアリスは周囲一帯へと素早く目を向ける。その次の瞬間、肩部のノズルを上方へと向けて噴射した機体が一気に下降する。
だが、この下降中に俺は妙な事に気付く。
先日の戦いで大活躍した我々をここで仕留めるはずの敵部隊にしては明らかに数が少ないのではと感じたのだ。そう、パッと見た限りでは先日の津波のように現れた敵の三分の一以下……どう見ても、その程度しかいない様に見えたのだ。
目視で確認できない距離などにまだ伏せたままなのだろうか……そんな事を考えた俺だが、アリスの叫ぶような報告によってすぐに現実へと戻される。
<やっぱ、レーダーはダメっ! どう見ても敵の姿が見えない位置からも敵の反応があるっ! 何か小さな発信源がそこら中にあるみたいっ! めんどくさっ!>
このアリスの金切り声に合わせて俺も大きな溜息を吐き出す。
「ドローンのような何かか……これまでの戦いとは違ったモノになるな……」
着地と同時に右へと大きく回避行動をとった俺……その動きに合わせて肩部腰部のブースターを吹かしてくれたアリスも同時に大きな溜息を吐き出してくる。
<ね……敵が少なく見えるのも、まだ策があるからって事ね>
そう言った複雑そうな表情のアリスとすぐそこに着弾した強酸の弾ける様……それらを素早く順繰りに確認した俺は改めて大きな溜息を吐き出す――