010 試作型AI『アリス』
眼前に雄々しいポーズで立つ一機の『AA-PE』、そのサイドを守るかのようなポーズで左右を固める二機の『AA-PE』……今までの都市迷彩カラーと違い、鈍い黒鉄色をした『渋みのある改良型』の姿に思わず胸が躍ってしまう。
何よりも改めて外から見た事でテンションが少し上がってしまったのだ。
(正直、格好良いな……この機体カラーで進めて貰えるのだろうか……)
バランスの良い小型の頭部に少し大きめの肩部装甲、それに合わせた装着された大型の長方形のシールド……そして露出した『使用しない時は角度が付けられた正面装甲に護られるように配置される前面ノズルと緊急の吸排気口』、複数に分割された腰部パーツ、それを守る正面の装甲板も実に良い味を出している。
各部のメンテナンス用のハッチも情報量の拡大に寄与している様だ。
(ふふ、この考えた方……プラモ好きだった子供の頃を思い出してしまうな……)
複数のノズルを内蔵した下膨れしたように見える脚部……パージ可能な装甲板に覆われた全体的に太ましい姿……改めて上から下までマジマジと眺めてしまう。
(『AA-PE』の制作者の中にアニメのロボ好きでもいるのだろうか……)
さて、見上げたまま満更でも無い表情をしていた事に気付かれたようだ。ようやく解放される事となった西田博士からやけに嬉しそうな声が掛かる。
「同い年なんで分かります! 橘さん……あなた、ロボアニメとか、そういうの好きでしょ? あ、僕らは民間なんで敬語とか要りませんよ?」
同類を感じ取った……そんな嬉しそうな笑顔を見せる西田に照れながら答える。
「まあ……そうですね……人並みには……」
恥ずかしい事……とは思わない。だが、この年まで他人と趣味趣向の共有をした事が無かったので思わず返事に困ってしまったのだ。
その複雑な想いを理解してくれたのか……それとも睨みつける川島と他の研究員の視線が怖かったのか……まあ、残念ながら後者だとは思うが……
西田から何かしらに気を使ったような言葉が返ってくる。
「まあ、その辺は後で……追々と……僕も流石に怒られそうなので……」
ともあれ、ここからは産総研のトップである西田が言葉を紡ぐようだ――
正気に戻された彼から残りの情報が伝えられていく事となる。そして……
「何にせよ、操作環境は一切変わっていません。ただ、AIの『パイロットの動きに対する予測能力』が上がったので……より滑らかに動けると思っています」
少なくとも専属のテストパイロットたちはそう言ってる……という一言が付け加えられる。だが、その最後の一言で俺は一つの疑問を思い出す。
「改良型を試して欲しい……という事なのでしょうか? 正直なところ、自分は一般との感覚とはややズレていて正しく評価できるとは思えませんが……」
やはり、聞かない訳にはいかないと口に出し始めた小さな疑問だが、次の瞬間……その言葉の続きが西田の突き出された手によって止められてしまう。
「これの……と言うか、改良型『AA-PE』のテストは別です! 終わってます。その……これは自慢というか……見せびらかしたかっただけです!」
元も子もないような事を満面の笑顔で伝えてくる西田に思わず呆れそうになってしまう。だが、その話には続きがありそうな事にも気付く。
「では……? 新型のAIのチェックですか?」
「それも少し違いますね……そちらも終わってます。君、下げてくれ!」
西田の指示に合わせ、中央に位置する『AA-PE』の円形の台が下がっていく――
そのまま格納庫に仕舞われていく……という事ではなかったようだ。機体の載っていた台の高さが我々と同じレベルで止まってしまう。
そして次の瞬間、『AA-PE』の目と言うべき頭部バイザーに光が点る。
「んあ? 誰か乗っているんですか?」
ここまで口が半開きとなっていた大崎がここでようやく口を開く。だが……
「『アリス』、『ノア』、『リサ』! ハッチオープン!」
大崎の疑問の言葉に西田から答えに成らぬ言葉が返される。
その西田は先ほどから俺の表情を窺ったままのようだ。だがまあ、その理由は何となく理解できる。やはり驚く顔を見たかったのだろうと思う。
さて、そんな事を考える俺の眼前で三機の『AA-PE』が動き出す。
直立不動となり、首と一体化した上部ハッチの前方ロックのみが解除され、頭部を載せたまま後方へと持ち上げられるように開いていく。
そして縦三つの部位で構成された胸部装甲……その内の左右が外向きに開き、最も巨大な真ん中のパーツが前方へと大きく開かれていく。
全てを終えた『AA-PE』が僅かにしゃがみ込み、搭乗可能な状態となる。
「ふむ、誰もいないな……音声入力が可能になったという事なのか?」
俺はすぐに今までの外部スイッチ式と比べた良い点を探す。だが、俺の頭では外面装甲に壊れやすいスイッチを準備しなくて良い事くらいしか思い浮かばない。
大崎も同じ考えのようだ。目を合わすと同時に左右に勢いよく頭を回してくる。
(これでは驚く顔を見せてはやれなそうだ……)
だが、そう考えた次の瞬間、西田が不敵な笑みを浮かべてくる。
「ふふ、『アリス』! 彼を驚かせてやってくれ!」
このフロアの女性エンジニアに声を掛けたのだろうか……
そう、訝しんだ俺の前で異変が起こる。突如として真ん中の『AA-PE』の搭乗口が閉じていき、あろう事か勝手に一歩、二歩と歩き出したのだ。
これにも大崎は驚きを隠せなかったようだ。
「な……た、隊長……下がった方が……」
「大崎、問題ない。博士が何の反応も示して無いんだ……アクシデントではない」
しかし、そうは言っても信じられないとばかりに大崎は尻込みしていく。
そんな中、『AA-PE』がドムドムと足早に近付いてくる。次の瞬間、人と同様の動きで勢いよく手が延ばされる。そして俺の顔面寸前で正確に止められる。
だが……
<この人……面白くないっ!>
今度は動きを止めた『AA-PE』の外部スピーカーが勝手に起動したようだ。
そこから聞こえてきたのは可愛らしい少女の様な声……年の頃は十二、三歳といった所だろうか……ともあれ、まだ幼さを感じるような声であった。
<全然、驚いてくれないんですけどっ! 西田っ! どうなってるの?>
「いや、どうなってるって言われても……」
俺の眼前で機体の腕が上へ下へとブンブンと振られる。鉄巨人と言うべき『AA-PE』にも関わらず、どう見ても少女の駄々っ子といった様相を見せてくる。
さて……正直、俺は目の前に起こった事に大いに驚いている。
ハッキリ言えば言葉に出せない程に驚いているのだ。ただ冷静さを失くす事は隙を生む事と同義と訓練されてきたので表立って見せていないだけなのである。
だが、その対応が更に彼女の苛立ちを増幅させてしまっているようだ。
<合わないかも……>
「なんだって?」
<私、この人と合わないかもっ!>
「合わない……って、お前が自分で探したんだろ!?」
どうしたモノだろうか……このやり取りを受けて考え始めた俺の眼前で『そんなの急に僕に言われても困る』と反論した西田との言い合いが始まる。
「兎に角、ダメダメっ! そんなの勝手に決めたら僕が旅団長に怒られるだろ!」
<良いじゃない、怒られなさいよ! だって、いつも怒られてるじゃない? この前もパソコン壊して怒られてたでしょ! 怒られるの好きなんでしょ?>
「ぐぬ、確かに何時も怒られてるけど……と言うか、怒られたのは僕だけど、壊したのは君だろっ! 本当は君も一緒に謝るべきだったんだ!」
<残念、あれは西田の命令の結果ですぅ!>
「な!? じ、自分で判断できるだろ? 壊したら僕の給料が減っていくのも教えただろ? むしろ、壊したの三回目だろ! 絶対、ワザとだろっ!」
この流れる様な掛け合い、ようやく俺も一部を理解する――