001 朝霞駐屯地
厚みのある『新型の複合装甲』、叩く雨音は激しさを増していく。
このリズム感の全く無い下手糞なドラムのような不協和音に合わせるように今度は俺の機体の無線から途切れ途切れとなった喋り声が聞こえてくる。
「冷房……いているは……のに……やけに暑い……ね……はぁ……」
この不満で一杯の想いを隠しもせずに愚痴りだした男の名は『大崎 雄二』……最も前線に位置する我々の部隊の欠員補充としてやってきた運の悪い男である。
「……っていうか、休憩ま……すかね?」
本人談だが、後方の残存勢力を駆逐していくだけの部隊から突然に前線に送られただけに常に不平不満が溢れ出すようになってしまった……のだそうだ。
そんな彼の愚痴、その続きを聞きたくない俺は全ての答えを素早く投げつける。
「ジェネレーターを背負ってるんだ……諦めろ! それと休憩は二時間後だ」
『装甲型強襲用強化外骨格<Armored Assault Powered Exoskeleton>』
戦闘に特化した大型パワードスーツとでも言えば良いだろうか……この我々の纏う全長五メートルの鉄の鎧・通称『AA-PE』は背負ったランドセルと背中の間に『小型核融合炉』ではと噂されるジェネレーターを積んでいるのだ。その為なのか、冷房が全開に効いているにも関わらず、常に機体内部は高温のままなのだ。
「うぅ……諦め…………ってか、これって安全……ですかね?」
「長期的な安全は知らん……だが、戦車で前線に放り出されるよりは長生きできるさ……それよりも監視に集中しろ! 風が強まってきてるぞ!」
暴風と大雨が吹き荒ぶような闇夜……この視界の悪い中で不安が強まっているのは分かる。そんな中、機密事項だらけの謎の新造機体を不審がるのも分かる。
だが、それでも我々は『AA-PE』に搭乗し、戦うしか無いのだ――
コードネーム『インセクタム』
昆虫をより凶悪、より悍ましくした外見を持つ『異星生物』の出現……
奴らは地球を壊滅的な状況に追いやった巨大隕石の中から突如として姿を現した。そして辛うじて生き残った人類を……容赦なく次々と捕食していった。
沢山の家畜や野生生物には見向きもせずにである。何はともあれ、人類にとって『明確な敵対生物』が現われてしまった……という事だ。
さて……この『人類だけを捕食する異星生物』の出現を受けて我々も手を拱いているだけでは無い。すぐさま、残存する部隊を搔き集めて迎撃へと向かった。
だが、その結果は惨憺たるものであった。
大きな敗因は二つ、一つは巨大隕石の落下の影響で世界中が信じられないような嵐に襲われるようになり、航空機を飛ばす事が出来なかった事……
二つ目は機動力の圧倒的な差、頑強な建造物に張り付いて縦横無尽に動く奴らに航空支援の無い戦車部隊では手も足も出なかったのである。
こうして戦線が下がっていく中、同胞が捕食されていく中、世界中の空と海が嵐により分断されていく中……日本は新しい兵器の開発に着手する事となったのだ。
そうした経緯で造られたのが、この『AA-PE』という事だ――
つまり、どんなに胡散臭くとも今のところは『インセクタム』との戦闘に特化させた、この『AA-PE』で戦う以外に道が無いという事である。
だが、それでも大崎三等陸尉の不満は一向に収まらないようだ。装甲の外の雨風の音にも負けず、次々と聞きたくも無かった愚痴を投げつけてくる。
「戦車より小回りは利くし、汎用……高いのは分かるんですけど……ようやく、『朝霞駐屯地』奪還……よ? 一年……て、たった五キロですよ?」
この新たな愚痴を受けた俺は返答に詰まってしまう。
そう、東の部隊は一級河川である荒川を超えられず、足立区・葛飾区・江戸川区すら取り返せていない。西の部隊も狭山湖周辺の森に入り込んだ敵を駆逐できずにいる。そして我々の所属する『東京方面軍・第二旅団』も似たようなモノだ。
練馬の光が丘公園に前線を置いてから一年……先日に朝霞駐屯地を奪還したばかりなのである。対抗する手段は得たが、ほとんど状況は変わっていないのである。
「まあ、これ以上は……愚痴って……方がないで……ね?」
俺が返答に困った事で言い過ぎたと考えたのか、少し慌てた大崎の声が無線から聞こえてくる。根っこは好青年である事を思い出し、少し笑みが零れてしまう。
まあ、それは兎も角、隊長として……人生の先輩として何か答えねばならないだろうと考えた俺は半日に及ぶ長い監視任務に疲れた頭をフル回転させる。
だが、残念な事に大した答えは出なかったようだ。
「と、ともあれ、我々は三日後には休暇だ……一週間は休めるぞ!」
『休暇という飴』を思い出させて気力を戻させる……そんな使い古された手法である。だが、嬉しい事に素直で単純な彼には一定以上の効果があったようだ。
「そう……たっ! よ……く彼女に…………ですっ!」
この半年間で一度も聞いたことが無いような機嫌の良い声が無線から響き渡る。
だが、残念な事に肝心な無線機の機嫌の方は大いに悪くなってしまったようである。この大崎の話の中身の判別が全く付かなくなってしまったのだ。
「電波障害か……もう、嵐が戻るのか……」
この俺の小さな呟きと同時に無線からザーザーという異音が紛れ込む――
そして次の瞬間、『AA-PE』の自動姿勢制御装置・オートバランサーが働く事となる。周辺に突如として信じられないような強風が吹き荒れたという事だ。
太い下半身を持ったゴツい鎧を纏った人……そんな姿形を持つ『AA-PE』の関節が俺の足ごと強制的に曲げられ、全身のノズルから軽い噴射が次々と行われる。
「嵐が戻るぞ! 全機、急いでドローンを自機周辺に戻せっ!」
あの隕石の落下による地軸のズレ、大気の攪拌、海流の乱れは大きな気候変動を起こす事となる。巨大な嵐を生み出し、磁場の乱れをも起こしたのだ。その所為で無線やレーダーの様なモノまで全て障害が起こる様になってしまったという事だ。
つまり、我々は目視による戦闘をせざるを得なくなったのである。
「戦闘態勢に移行! 超短距離レーダーと赤外線レーダーに切り替えだ! 常に敵は側にいるものと思え! 二人とも分かったな!」
「「了解っ!」」
僚機となる二人からの返答に満足した俺は自機の『AI』に向けて指示を出す。
「ドローンの位置を自機の上方一メートルに固定、お前の判断で格納してくれ。それからオートバランサーの解除だ……頼むから文句を言ってくれるなよ?」
この俺の言葉を判別した『人工知能』から素早く答えが返される。
<現在のドローンの位置、確認しました。五秒後に到達します。回収の場合は改めて確認を願います。オートバランサーは本当に解除されますか?>
瞬時に返ってきた『思っていた通りの答え』に溜息を吐き出す。
残念だが、この機体に搭載された人工知能『エルザ』には学習機能が付いていない。次のアップデートが来るまでパイロットの確認が優先されたまま……つまり、先ほどの俺の言葉は俺なりのストレス解消法となる愚痴と冗談という訳なのだ。
言うだけ言って少しだけ満足した俺は改めて指示を出していく――