創作国家舞台の小説「80年の攻防」
あれは、ある晴れた日の出来事であった。―――――――――――――
私は、大パクス・グルドゴール帝国の帝都に生まれた。それなりに裕福なほうの家で、
不自由しない生活を送っていた。
帝国は非常に発展している世界帝国だ。世界中に植民地や属国を持っている強国である。
そんな国に対して戦争を起こす馬鹿な国家などいない。
―――――そう、思っていた。―――――
皇帝歴1657年。帝国内で小さな内乱が起きた。そう、マグデブルグ区の長官、
「ハンセント・エントリー」が起こしたあの忌まわしき事件である。
それは、帝国の日没事件。撲滅戦争の始まり。そして、帝国の没落の始まりである。
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いくら内乱が起こり、結束が乱れたとはいえ、世界帝国のグルドゴール軍はそう簡単には崩れない。
しかし世界帝国とは言え、国境部に主力を配置するはずがない。
初戦は国境部の諸侯が敗走し、国境部が破壊しつくされた。
私は徴兵されたため知っている。その惨状を、
――――――家は破壊された。
――――――男は殺された。
――――――金は奪われた。
――――――女は犯された。
こんな蛮行は許されるはずがない。そう私は思った。
我々帝国軍によって奴らを押し返すのだ。そう私は奮起した。
勿論周りも奮起していると思った。
――――――だが違った。
卑怯にも戦友、いや、売国奴どもは敵国へ降伏し、略奪へ協力した。
私は彼らを軽蔑した。卑怯にも自分だけ助かろうとし、同胞を殺害した。
どんな理由があるとはいえ決して許されるべきではない。
そもそも、元は国境部の諸侯の連合軍とはいえ1万はいたのだ。
少しは抵抗できるはずだったのだ。
しかし敵の連合軍とは桁が違った。
奴らは10万を超えるであろう軍勢を引き連れてきたのだ。
その数に圧倒され、皆ばらばらに逃げ出した。
その場に残った軍勢はわずか3千ほどだけだった。そんな数でまともな抵抗など到底できなかった。
すぐに敗走した。私は卑怯にも逃げ出してしまった。
その後再起を図ればよいなどと考えてしまった。
その後私はゲリラ部隊として戦った。部隊員はわずか500。初めの1万とはまるで桁が違った。
それでも我々は頑強に抵抗した。森林や山岳を生かし敵を射殺した。
売国奴も殺した。だが初めにも言った通り桁が違ったのだ。
仲間は一人、また一人と数を減らした。500人はいた部隊員が200に減った。
我々はそれでも抵抗していた。
しかしその後すぐに、20万を超える大軍がやってきた。
我々は死を覚悟した。絶望の声を上げた。
しかしその声はすぐ喜びの歌へと変わった。
敵だと思っていたその大軍は、味方の本軍だったのだ。
神は我らを見放してなどいなかったのだ!
我らは大いに喜んだ。そして各地に潜んでいた勇敢なゲリラ部隊も息を吹き返した。
そして帝国軍は怒涛の勢いで国土を奪い返した。
数多の敵を討った。その功績をたたえ、勲章を授かったこともあった。
その勢いのまま帝国は勝利した。我々は敵国とエントリーへの厳罰を望んだ。
そしてそれは叶ったのだ。
第一次帝都講和条約で奴らは国土とともに3億ベルグという莫大な賠償金を請求され、
マグデブルグの破壊とエントリーの処刑が認められた。
しかし愚かにもマグデブルグは降伏を拒否した。
そのため私を含めた総勢5万の大軍をもってマグデブルグを攻撃した。
だが奴らは頑強に抵抗を行い、なんと2年も抗戦を続けた。
我々はめげずに攻撃を続けた。時には味方の死体を盾にして前進したこともあった。
そしてその時はついに訪れた。我々が望んだマグデブルグの終焉が訪れたのだ!
我々は市内になだれ込み、エントリーを拘束した。
そして我々はエントリーを木に吊るした。
その時のエントリーの命乞いと言ったら無様というほかなかった。
「私は区長だぞ!?貴様らは何をしているのかわかっているのか!?」
そう言うエントリーに我々はこういった。
「貴様は皇帝陛下の信任を受けマグデブルグ区の長官となった者であろう。
その恩を忘れ愚かにも皇帝陛下に逆らった貴様を処刑しに来ているのだ。
すでに貴様は解任されている。貴様は区長ではない」
そう言ったら奴は黙りこくってしまった。
あの姿は滑稽というほかない。
そして我々はエントリーに石を投げ、放置した。
私は数日後、エントリーを見に行った。
奴は糞尿にまみれ、血だらけで苦しんだ顔で死んでいた。
これも皇帝に逆らった罰なのだ。
そして私はゲリラ部隊として戦った功績が認められ、中隊長に任じられた。
これからは私も中隊を率いて戦う。
いや、治安維持や戦闘訓練をして余生を過ごす。
――――――そう思っていたのだ。2年後のあの日まで。
2年後、帝国の破滅事件が起こった。
我らは前回と同じように内乱を鎮圧し、敵軍を迎え撃つ気でいた。
しかし違った。時代は進んでいたのだ。
我々は戦闘を行った。奴ら連合軍20万と我々22万でぶつかったのだ。
私は我が中隊に命令した。
「奴らを撃ち殺せ!敵を全軍殺せ!」
――――――そう叫んだ瞬間である。
私の隣にいた中隊員の首から上が爆音とともに消し飛んだのだ。
私はとっさにこう叫んだ。
「総員伏せろ!スナイパーだ!」
私はそう言って伏せた。
――――――その時、中央で爆音が響いた。
私は中央軍集団の方向に目を向けた。
そこには恐るべき光景が広がっていた。
そこにあったのは、無、であった。
中央軍集団の配属人数は5万人以上いたのだ。
それがすべて消し飛んだ。
そこにあったのはちぎれとんだ手足に凹んだ地面。
そして血の海であった。
そしてまた爆音が鳴り響いた。
その時私は見たのだ。巨大な鉄塊が飛んでくるのを。
そしてその鉄塊は、爆発したのだ。
その鉄塊に何百、何千人の戦友が焼かれた。
私はそれでも戦った。中隊員が焼かれようとも、
戦友が死んでいくのを横目に前進した。
そして私はたどりついた。
敵の前線司令部へ、この時残っている中隊員はわずか60名足らずだった。
私は中隊員とともに敵司令部への特攻を行った。仲間は多く死んだが、私は生き残ってしまった。
私は覚えている。隣にいた中隊員が、戦友が、家族が、撃ち殺される恐怖を。
私は覚えている。中隊員が爆散する恐怖を、悲しみを、
私は結局、戦友とともに死んでやれなかった。
私は敵の司令官を刺殺した。
銃剣を使って喉元を刺した。あの感覚は今でも覚えている。
奴の喉を力任せについたのだ。皮を銃剣が引き裂き、
肉を切り裂き、骨を押しどける。
私の顔に血が飛び散った。敵は目をひん剥いて私を見ていた。
奴は口を魚のようにパクパクを動かしていたが、何を言っているかわからなかった。
そして奴は、血を吹いて倒れた。体が痙攣し、糞尿をまき散らしていた。
私はもう肉や魚を食べられないかもしれないと思った。
だが、敵の化け物を見るような目が、信じられないというような表情が、痛快だった。
結局我々はその戦いに勝利することができた。
しかし我らが払った犠牲は大きいものになった。
我々は22万もいた戦友の内8万人を失った。
だが我らが皇帝は、すぐに損失を補充した。
それどころか増員して見せた。
皇帝直属部隊は14万人に減ったのを一気に50万人まで増やした。
しかしそれは明らかなミスであったと言える。
一気に3倍以上に人員を増やしてしまえば、軍全体の練度は劇的に下がる。
私は敵の司令官を刺殺し、勝利の要因を作ったとして、連隊長にまで昇進した。
しかし私の部下となったのは、新しく徴兵された新兵ばかりであった。
老兵よりも粘りがなく、すぐに根を上げる。
そのうえ、新兵は実戦経験がない。
そのため、戦争の常識を全く知らない。
こんな奴らが何人いたところで何一つ変わらん。
そして私は、連隊を率いて次の出撃先へ向かった。
そこが、帝国の一生の負の歴史となる出来事が起こる場所。
――――――インケルスタであった。――――――
インケルスタの全軍を見た私は驚いた。
植民地軍や属国軍を含めると、200万は越えるほどの大軍だったのだ。
私はここでいつも通り戦うはずであった。
しかしそうはいかなかったのだ。
とある出来事によって、我ら帝国軍は危機を迎えた。
そう、インケルスタの教訓である。
あの忌々しい出来事によって帝国は窮地へ立たされたのだ。
いきなり植民地・属国軍総勢150万が撤退を始めたのだ。
この戦いには皇帝も出陣していた。
皇帝自ら激を飛ばした。
「貴様らぁ!敵は目の前ぞ!逃げずに戦え!恩賞は思いのままぞ!」
しかしその言葉には意味がなかった。
そして我々陛下直属軍50万人が残された。
敵は300万はいるであろう連合軍。
すぐに我らは敗走した。新兵ばかりで粘りのない皇帝直属軍が、
6倍の敵を見て耐えられるわけがない。
我らは老兵14万以外の36万の新兵は敵に背を向け逃げ出した。
だが新兵が撤退戦の方法なんぞ分かるわけがない。
新兵は、秩序もなく、前方に敵がいるかなど確認せずに逃げたものだから、
敵の、、、いや、民兵ゲリラ部隊に殲滅された。
36万の新兵はみな死んだのだ。
だが我ら14万の老兵は違う。我々は秩序だった撤退戦を開始した。
殿として、4万の軍団が残り、防衛戦を行った。
私は撤退したが、無線で戦況を聞いていた。
酷いものであった。とぎれとぎれでわかるところは少ないが、
いろいろな音が聞こえた。
地面が砕ける音、絶望する叫び声、喜びの歌、
そして助けを求める声。
私は途中で無線を破壊した。耐えられなかった。
戦友の苦しみを、戦友の痛みを聞くことが堪えられなかったのだ。
結果としては、撤退は成功した。
しかし我々は決して少なくない損害を被った。
4万の老兵は爆撃され、砲撃され、狙撃され、全滅した。
36万の新兵は、民兵ゲリラ部隊と敵正規軍による平押しで消滅した。
我々にはもう10万の兵しか残っていなかった。
皇帝陛下は聖断を下し、我々は降伏した。
二度目の講和条約は、帝都で結ばれた。
屈辱だった。私は家族に顔向けできなかった。
連隊長にまで上り詰めたというのに、大した抵抗もできずに私は破れたのだ。
私は負けたくなかった。私は必ずや勝ちたかった。母親にもそう約束した。
それなのに、負けてしまった。
講和条約で我ら帝国は、徹底的に破壊された。
300億ベルグという莫大な賠償金を課され、
国土を20%割譲され、皇帝の親衛隊は解体され、
総勢で300万は集められたであろう帝国軍は、
予備兵力合わせて50万以下にすることが義務付けられた。
非常に厳しい条件だが、帝国は生き残り、
皇帝一族も断絶しなかった。
こうして私は帝国の最盛期と衰退を見ることとなった。
私は悲しい。帝国の衰退を見ねばならないとは。
だが私はこれ以上衰退を見ることができない
私は耐えられんのだ。私は軍人だ。
冷遇にも耐えられない。帝国発展のための政策もわからない。
こんな環境が私にはもう耐えられない。
これ以上帝国の衰退を見ていたくはない。
祖国よさらば!永遠に!
題「80年の攻防」
著:ラピス・マーズ/Rapis mars