06 就任したので
ダンジョンマスターになってしまった……。
俺、アクモ。
これまで冒険者アクモと名乗っていたのが、ダンジョンマスターアクモとなるのか。
華麗な転身だぜ。
「それでは早速ダンジョンマスターの務めについて説明させていただきます。ご準備はよろしくて?」
「はい」
ナカさんも、何やらウキウキした感情が外へ漏れ出している。
基本、落ち着いた大人の女性なんだけどな。
……。
「はい、質問」
「何でしょう?」
「ナカさんは、このダンジョンでどういう立ち位置なの?」
前のダンジョンマスターがいなくなってから二百年……などと言っていたけど。
どうしてそんなことを知っているんだ?
そもそもダンジョンマスターが不在なら彼女がなるという手もあったろうに。
それをせずに俺なんぞを待ち受けていたのは?
「マスターは誤解なさっているようですね。わたくしはアナタ様と同じ人間ではありません」
「はい?」
「そもそも生物ですらありません。このダンジョンに付随する……、システムとでもいうべきものです」
しすてむ?
そんな専門用語で言われても無学な俺にはわかんないぜ!
「ダンジョンには必ず『アドミン』と『ガーディアン』二種類の機能がデフォルトで備わっているのです」
「アドミンがナカさんで、ガーディアンはさっき会った水晶巨人?」
「左様です。アドミンの役割は、マスターの補佐や作業代行。今しているように新しいマスターへの説明業務も含まれています」
で、ガーディアンの役割は侵入者を叩き殺すことでしょう?
「我々は、それぞれに割り当てられた役割のために独自の判断力を付加されたものとお考え下さい。つまり人の形はとっているものの紛れもないダンジョンの一部なのです」
「ダンジョンの一部……!?」
「疑似生命というべきものです。こうして人の形をとっているのは、マスターとのコミュニケーションを円滑にするため。マスターのお気に召さぬようでしたら、姿を消すことも可能ですが……」
「え?」
「消しましょうか?」
「いえ、そのままでいてください!!」
正直ナカさんの言ったことを全部理解できた自信はない。
しかし彼女が人間ではなくダンジョンの一部で、また人の形をまねた紛い物だとしても。
この奥深くでたった一人でいつづけるのは精神的に絶対辛い。
そのうちにどうにかなっちゃいそう!
「というわけで末永く傍にいてください!!」
「了解しました。マスターの御心のままに」
ということでダンジョンに付随する人ならぬ存在だということが判明したナカさん。
それでも『綺麗だなあ』という印象は変わらないし、むしろ作りものであるならここまで容姿が整っているのも納得できる。
「というわけでアドミンとしての役割を続行いたしたく存じます。よろしいですか?」
「はい」
新米ペーペーマスターへの講義ですね?
とはいえここまでの話でダンジョンマスターが何をするのか大体想像がつく。
ダンジョンの管理でしょう?
中身の入った宝箱を用意したり、モンスターを補充したり、罠を設置したり……。
そうして難攻不落のダンジョンを保持していくのがダンジョンマスターの役割だとして……。
「何のために?」
「さすがマスター、もうそこにお気づきになられましたか」
ダンジョンマスターがダンジョンを運営する理由。
「それは心象エネルギーを得るためです」
「心象エネルギー?」
「人の心は、割と優秀なエネルギー発生源なのです。喜び、悲しみ、怒り、憎悪。……そういった感情の揺らぎは強力なパワーを生み、世界を支える糧となるのです」
また強烈な世界の秘密を知ってしまった気がする。
「なので上なる存在の方々はダンジョンを創り出したのです。効率的に心象エネルギーを収集する設備として。マスターもダンジョンの支配者となられたからには奮って地上の人どもを誘い込み、ガンガン心を揺るがせますよう」
そこまで言われて、なんか釈然とした。
それでダンジョンはああいう構造になっているのか、と。
迷宮のような入り組んだ造りで、内部には凶悪なモンスターが徘徊し、罠まで張ってある。
ここまで入る者を拒みまくる殺意たっぷりな様相なのに、所々には宝箱が置かれて中には滅茶苦茶貴重なお宝が入っている。
危険を冒してでも手に入れる価値があるほど。
それがために冒険者は命を懸けてダンジョン内を進み、リスクに応じたリターンを得る。
中には数百単位のモンスターを屠り、深階層のお宝を持ち帰って英雄と称えられたりもする。
それらは夢物語で人々の心を揺れ動かすものだ。
だから危険であるにもかかわらず冒険者を志す者があとを絶たない。
「しかし、そういうことなら自信あるぞ!」
なんせ前職、冒険者だからな!
どんなダンジョンが人気を博し、多くの来訪者を迎えられるかユーザー視点でしっかり知識を蓄積しておるわ!
「それでもって千客万来のスペシャルダンジョンを築き上げようではないか!」
「さすがマスター! 頼もしいですわ!」
パチパチと拍手を送ってくるナカさん。
なんか段々楽しくなってきた!
「マスターが前向きで本当にようございましたわ! それでは細かい話に移りましょう!」
「細かい話とな?」
「こちらへご移動ください」
そう言ってナカさんが指を振ると、今まで何もなかった壁面にいきなり扉が現れた。
またかよ。
何でもありっぽい空間だな。
「マスターもやり方を覚えればできるようになりますわよ? 何しろこの空間の主はアナタ様なのですから」
「マジで?」
そんな魔法みたいなことを?
俺、冒険者養成場で『魔法使いの素養ゼロ』って言われたのに?
それでもできたら楽しそうすぎる。
「そのためにもまず見ていただきたいものがあります。こちらです」
ナカさんに導かれて新たな扉を潜ると、そこは暗い空間だった。
しかしさっきのように完全な虚無空間ではない。
ジンワリ薄暗いばかりで部屋の中が見通せないわけじゃない。
そう、ここは部屋の中だ。
さっきいた部屋よりもずっと広い。
そしてその部屋の中に、またでっかいものが置いてある。
見上げなければならぬほど。
「なんじゃこりゃあ……!?」
「エキドナ炉ですわ」
そうか。
これは炉か。
もはや小屋というべき規模で、石だか金属だかわからない材質で建造された炉。
正面に俺でも出入りできそうな大きな口があるけど、ここに燃料を入れるのか?
「ここへ燃料を入れるわけではないのですよ?」
また思考を読まれた。
俺がめっちゃ覗きこんでいるから見透かされたのか?
「これは『炉』といっても地上で使われているものとは根本的に違うものです。これは、創造するための装置です」
「創造?」
「先ほどマスターは疑問に思われませんでしたか? モンスターはどうやって補充されるのか? 宝箱に入っているアイテムはどこから用意されるか?」
「あ」
この大きな炉が、答えだと?
「エキドナ炉はあらゆる万物を生み出す炉です。生物も無生物も関係なくあらゆるものを生成することができます」
「すげえ」
「ダンジョンを運営するのに欠かせないものがエキドナ炉です。マスターにはまず、この炉を充分に使いこなしていただきたいのです」
ナカさんは炉の表面に触れる。
するとそれだけで巨大な炉は眠りから覚めたかのように鳴動。
「起動しました。最初に一度お手本をお見せしますね」
ナカさん言うと、目の前になんか透明の板のようなものが出てくる。
その板を細い指先でカタカタ叩き、そして……。
「創造開始」
すると炉はさらに大きな唸り声をあげて、口の中がまばゆく輝きだす。
光が収まると……。
「おおッ!?」
炉の出口から、ブヨブヨと出てくる透明なモノ。
半固体半液体で、俺はこれをもう見飽きるほどに知っている。
「スライムじゃないか!?」
ダンジョンでもっともオーソドックスなモンスター。
『枯れ果てた洞窟』などと言われるここにも出現するぐらいだ。
「モンスターは、こうやって生み出されていたのか……!?」