61 メッセージを受け取ったので
ルーデナさんがお帰りになってから、ナカさんと話をした。
正確にはナカさんは何も語らなかった。
語らず、一枚の封書を渡した。
俺の前にこのダンジョンを支配していた人の書置きだという。
自分のあとにマスターとなる者へ、遺されたメッセージ。
つまり俺だ。
俺にこそこの手紙を読む資格があると受け取り、俺は封筒の口を破った。
――『オレに替わって、この厄介ごとを引き受けてくれた人へ』
書き出しはそんな風であった。
――『オレのことはもうナカから聞いていることと思う。キミの先代ということになるだろうか。キミが今支配しているダンジョンを、キミの前に支配していた者だ』
そして今はもういない。
だからこそ俺が新たなダンジョンマスターになった。
マスターは不滅の存在だというが、それでは何故いなくなったのだろうか?
彼は?
――『さて、まずはキミももう既に知っているだろうことを確認したい。ダンジョンは楽しい! 自分の思い通りに作り替えて、様々な罠やモンスターを配置して、それで侵入してくる冒険者を見事返り討ちにできた日には心底嬉しくなる!』
……。
それは……。
わかる。
――『オレのあとにダンジョンマスターとなったキミはもうその醍醐味を味わっていることだろうが。オレも味わった。オレは好きなようにダンジョンを構築し、難攻不落とした。周囲の他のダンジョンマスターも、一人としてオレの出来栄えに敵うヤツはいなかった』
その文面に思い浮かんだのは、ルーデナさんの顔だった。
――『きっとオレの後釜についたキミに、連中は色々言ってくることだろう。オレの残した遺産を継承したはずだと。それを横取りして自分のダンジョンを強くしたいのだろう』
……。
存在が消えてなお、数百年後の競争相手の思惑を見透かすのか。
しかも正確に。
――『しかしヤツらの狙いが大外れなのはキミが一番よくわかっているはずだ。オレはキミに何も遺しはしなかった。このダンジョン自体と、ナカやタフーという頼れる仲間だけがキミに遺したものだ。キミはキミ自身の才覚だけでダンジョンを運営していかなければならない』
そう。
たしかに俺は今そうしている。
――『しかしキミは、それでもオレ以上に上手くダンジョンを運営してくれると信じている。ナカとタフーが選んだキミだ。きっとオレの思いもしない方法でダンジョンを広げてくれることだろう』
――『オレはもう充分にダンジョンを堪能した。これ以上留まっても特にやることはないだろうから去ることにする。ダンジョンマスターは、みずからの意志でそうしなければ永遠に存在し続けるのだから』
――『ブランコを次の人に譲るには、まず自分がブランコから降りなければいけない。他の連中はそれをわからず。ずっとマスターの座に固執し続けるのだろう。キミがこれを読んでいる今も、北と南と東のマスターは同じ顔触れだと確信できる』
――『ヤツらはキミに対して相当な嫌がらせをしてくることだろうが、乗り切れるものと信じている』
――『それではいつか、キミもダンジョンマスターとして満足しきれる日が来ることを祈って』
手紙はそこで終わっていた。
いや、これは遺書か。
世を去る者が、その次を担う者へ直接意思を伝えんとした遺書。
この世に永遠の存在などあってはならないと悟り、充分な満足と共にみずからの意志で去った人の。
思いを記した遺書だった。
そして彼が遺したものを俺は引き継いだ。
彼が精一杯楽しんだというダンジョン運営も、俺も同じように精一杯楽しみつくそうと思う。
それが、俺に定められた運命だと思って。




