60 誤解を解きたいので
「申し訳ありませんルーデナ様……」
勝負終わって、クヴァンさんもタフーも人間形態に戻った。
戦闘形態が細切れにされても特にマズいことはないという本当に恐ろしい存在ガーディアン。
「ガーディアンの存在はダンジョンと一体ですので。ダンジョンがどうにかならない限りガーディアンも死んだりはしません。それはアドミンのわたくしも同様ですが……」
ガーディアンの戦闘形態も心象エネルギーを支払うことで何度でも再生可能。
本当に恐ろしいヤツらだ。
「いいのよクヴァン。全力を尽くして至らぬことはある。失敗を責めることはしないわ」
それに対するルーデナさんの寛容さ。
ああいうところは同じダンジョンマスターとして見習うべきところなのかもしれない。
「それに、勝ち負けに関係なく目的は達せられたようなものですからね」
「ん?」
ルーデナさんが勝ち誇った表情で俺に迫る。
「駆け出しダンジョンマスターのアナタが私のクヴァンに勝った。それは紛れもなくアナタの実力以外の力が使われている証拠よ! そしてマスターとなってから日が浅いアナタが持ちうる慮外の力といえば、考えられるのは一つだけ!」
先代マスターの遺産か。
さっきからルーデナさんがしきりに言っていることだな。
「ニバルの遺産さえ使えば、ド新人のアナタがクヴァンを倒すことだってありえることだわ! 正直に言いなさい! ニバルの遺産でタフーを強化したんでしょう! それであんなに強力になったんでしょう!?」
「違うよ?」
「コイツうううううッ!?」
先代マスターの遺産がある、と信じて疑わないルーデナさんには何を言っても無駄ということがわかってきた。
信じたいことだけを頑なに信じようとする相手の説得は難しい。
「ナカさん、そろそろ本当のことを話してもいいと思うんだけど?」
「そうですね、ではわたくしから……」
ナカさん、みずから進み出て言う。
「ルーデル様よくお聞きください。アナタを打ち倒した力は間違いなく我がマスター自身のものです」
「前のマスター!?」
「いや、今のです。アナタだってご存じでしょう。ダンジョンはマスターとなった者の性状に合わせて、他にない機能を獲得する時があります。それこそがタフーを強化し、ダンジョンを短期間で急激発展させたのです」
その秘密こそ……。
「【合成】の力です」
「合成!?」
「我がマスターは、エキドナ炉を通して異なる生成コードを【合成】し、まったく新しいものを作り出すことができるのです。タフーの戦闘形態にオリハルコンを【合成】し、それによって硬度と鋭さを増したのです」
ルーデナさんは、その説明を神妙に聞いていたが……。
「それが、遺産?」
「違います」
まだわかろうとしなかった。
「マスターは、それ以前は冒険者として合成師のクラスにありました。それがダンジョンに影響を及ぼしているのでしょう」
「いや待ちなさいよ! そしたら私は、こんななりたてのド新人の完全独力に敗けたってことになるじゃない!? 違うんでしょ!? 実は受け継がれた力があるんでしょう!?」
ルーデナさんは、自分のプライドを保つためにも遺産とやらに執着していた。
「ちょっとルーデナちゃん? 潔さが足りないんじゃない?」
そこへ人間形態に戻ったタフーが絡んでくる。
凄いしたり顔。
「どれだけ言いわけしようと、アンタのとこのガーディアンが私に敗けたことは事実なんだから素直に認めた方がいいよ? 悪あがきは自分をみじめにしていくだけだってー?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……!?」
タフーのヤツ調子に乗ってるな?
勝てたからってあんなに態度をでかくして。禍根を残すからやめてほしい。
「ルーデナ様、彼らの言う通りでしょう」
こっちからとりなそうとしたところへ、先に発言したのはクヴァンさんだった。
ピシッと決めた執事服が、だらしない半裸のタフーと対比されてよりしっかりした印象に。
「今回敗北したのは我々である以上、ここは引き下がる以外にありません。我が能力不足が招いたこととは承知しておりますが、どうかご自重を……」
「そ、そうね……!」
クヴァンさんに諭されると思った以上にすんなりルーデナさんは引き下がった。
ガーディアンとマスターの信頼関係がしっかりできている証拠と思われた。
俺も自分のガーディアンとあんな理想的な信頼関係を築き上げたいものだ。
「……『西淵』ヴィルハクシャの新しいマスター。名はなんと言ったかしら?」
「あ、アクモですが?」
前にも言わなかたっけ?
その時は名前も覚える価値ないと思ってた?
「アクモね。……その名前しっかり覚えたわ。アナタのことを私たちと同格の、れっきとしたダンジョンマスターと認めましょう」
「ありがとうございます?」
「アナタの固有スキルについてもひとまず納得しておくわ。【合成】ね。短時間でダンジョンを急速に発展させた結果には、何かしらのタネはあるものでしょう。あるいはそれが、真の秘法を隠すデコイであったとしても……」
まだ疑ってるんですか?
遺産云々を?
「様々なことを知れて、今日は有意義な時間だったわ。数百年を生きるダンジョンマスターにとって有意義な一日とは思うよりずっと貴重なのよ。覚えておきなさい」
「待ってください」
去っていこうとするルーデナさんを引き留める。
「何かしら? まだ私に聞きたいことでもあるの?」
「俺たち勝ったんですけど?」
「ん?」
だから『決闘』に勝ったんですけど。
「アナタたち言いましたよね? 自分らが『決闘』に勝ったら秘密を話せ云々とか……。しかし結果として勝ったのは俺たちなんですが……」
その場合……。
「アナタたちは俺たちに何をしてくれるんでしょうね?」
「ん!?」
だってそうでしょう?
俺たちにだけ条件を突き付けられて、アナタたちが負けた時のリスクは何もないとか不条理すぎる。
「俺たちが勝ったことに対するアナタ方からのご褒美……ありますよね?」
「ぐぬッ!?」
それを支払わぬままに帰ろうなんてムシがよすぎますよ?
「ちッ、細かいことをクドクド覚えているヤツね!」
「おおー? 敗者の義務も果たさず逃げようって方がよっぽどふてえヤツでしょー!? 観念して身ぐるみ全部おいてけー!!」
益々調子に乗るタフー。
「仕方ないでしょ! 負けるなんてまったく思っていなかったんだから! ……しかし実際そうなった以上たしかに私は、自分が要求した分の賭け代を払わなきゃいけないわね……!?」
「何払ってくれるんですか?」
「それならアナタが決めればいいわよ。こっちが勝った時の条件はこっちが示したんだから。でも、なるべくお手柔らかにね……!?」
勝ちが確定してからの条件なんでいくらでも無茶が言える。
ルーデナさんもそれを察して戦々恐々の様子だった。
「マスター! 遠慮せず滅茶苦茶言おうよ! 向こうのダンジョン施設全部寄こせとか言おう! もうリスクはなんもないんだし言ったもん勝ちだよ!」
とタフーも言う。
俺もその通りだと思ったのでちょっと無茶なお願いも臆さず言ってみることにした。
「それではお願いします……!」
俺が望むのは……。
「アナタと俺のガーディアン、交換してください!」
「おー! そうだそうだ交換しろー! …………えッ!?」
タフーが遅れて気づいた。
「えッ!? マスター今のどういうこと!? アタシ!? アタシのこと!? ガーディアンを交換しろって!?」
「だって向こうのクヴァンさんの方がよさそうなんだもん! 真面目で、キチッとしていて! 気遣いがあって!」
だらけてばかりのウチのガーディアンとは雲泥の差だ。
「これを機に、よりよいガーディアンを我がダンジョンに迎えたい! そちらのクヴァンさんを! 是非!」
「ちょっと待ってよ! アタシ優秀なガーディアンだよ!? 今日の試合にも勝ったでしょ! ねえ」
脇で誰か騒いでいるが、気にしない。
さあ、これに対するルーデナさんの返答はいかに?
「……嫌よ」
やっぱり?
「そりゃそーでしょ! 無茶ぶりにも限度があるわよ! クヴァンの代わりにあんなの押し付けられるなんて罰を通り越した虐殺よ!」
「あんなの!? 虐殺!?」
ルーデナさんは包み隠さず言う人だなと思った。
「それ以前にクヴァンは私の大事な部下! 家族みたいなものよ! いくらなんでも彼女は渡せないし! それ以上にタフーなんかいらないわ!」
「ルーデナ様、そのようなお言葉もったいないばかり、ガーディアン冥利に尽きる言葉です……!」
クヴァンさん本人も感涙を目尻に溜めながら語る。
「申し訳ありませんが私もルーデナ様以外のマスターに仕えるつもりはありません。評価してくださるのは光栄ながら、アナタのガーディアンはタフーと決まっておりますので、嫌でも我慢してください」
「嫌でも!? 我慢!?」
普段のだらけた生活ゆえの身から出た錆だ。
こうして全方位からボコボコにできたことでいい気になったタフーも思い直し、天狗の鼻を収めてくれれば俺としても助かるのだった。
賭けの代価としては順当なものだと判断したのでよしとした。
【今後の展開について】
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
本作ですが、のちの展開についていい案が浮かばず現在思案中です。
しばらくの間、更新休止を頂き2,3か月のうちには再開させたいと思っています。
更新を楽しみにしておられる読者様には大変申し訳なく思っていますが、しばらくお待ちいただければ幸いです。




