05 説明を受けたので
俺は混乱した。
俺がダンジョンマスター?
何故そうなる?
それはまあ目の前にいるメイド服の女性からそう言われているだけで真実味なんてまるでないんだが……。
……いや真実味はある。
跪くメイドさんからの真剣さが半端ではないからだ。
「どうか、ダンジョンマスターになってください……!!」
「は……!?」
ここで迫力に圧されて『はい』と答えそうになってしまうのもむべなるかな。
しかし!
「……その前に説明くださいます?」
という受け流しで回避するのが精いっぱいの俺だった。
メイドさん……ナカさんといったっけ?
彼女は上体を起こし、見事な慈愛の笑みを浮かべつつ……。
「その通りにございますね。何の説明もないままこちらの懇願を受け入れていただくのも不公平」
「懇願だったんですかッ?」
「新たなるマスターには、こちらの事情、ダンジョンマスターの務め、……そもそもダンジョンとは何なのか、それらすべてを把握なさった上で受け入れていただきたく存じます」
「受け入れるのは確定なんですか!?」
「では進みましょう。落ち着いて説明するためにもより奥へ……」
ナカさんが歩き出すので俺も慌てて続く。
ただ、歩きながら周囲を見回すものの……。
「……何もないっすね?」
それが俺の率直な感想だった。
ダンジョン最下層、ガーディアンが守るエリアから扉をくぐってこっち……。
その先にあるのはただひたすら真っ暗な、何もない空間だ。
自分以外のすべての空間が黒で、どれだけ目を凝らそうと先を覗くことができない。
よほど濃い『黒』で遮られているのかあるいは……。
真の『無』?
「この空間には何もありません、今のところは」
「はひッ!?」
いきなり言われてビックリした。
だって今一番興味を引かれていることについて言及来るんだもん。心を見透かされたかと思った。
「ここはダンジョンマスターの座処ですので。マスターが不在なればこの空間も自然と『無』になります。ゆえに何もないのです」
「え? いないんですかマスター?」
「はい、いません」
いないのかよ……!?
「先代マスターがこの世界から去られたのが、人の暦でいうところの二百年ほど前。それ以来、ここは主不在の場所として空虚を保ったまま。いえここだけではありません。ダンジョン自体がそう」
と言われてすぐさま連想したのが『枯れ果てた洞窟』などと言われるダンジョンの様子。
宝箱もなく、限られた種類のザコモンスターが徘徊するばかり。生命感などまったくない。
「わたくしたちは待ち続けました。あの御方に代わる新たなマスターの来訪を。新たなるマスターの条件は、ガーディアンのタフーを倒し、自力で『聖域』まで辿りつくこと。先代マスターが去られてより二百年、それを成し遂げた最初の人がアナタなのです」
「なるほど」
いや、そもそも……。
ダンジョンマスターなる者がいるってことが初耳なんですが!?
そんな存在が存在してたんかいっ、って感じ。
「そもそもダンジョンって、主人がいるものなんですか?」
「はい、ここ以外のダンジョンにもすべてマスターがおり、ダンジョンマスターによって統治運営されています」
マジかよ……!?
俺も冒険者としてここ以外、色んなダンジョンに潜ってきたけどマスターの気配なんて欠片も感じたことなかったぞ?
いや、あまりに存在が大きすぎて小物程度じゃ把握できないということもあろう。
それに……そうだ。
俺たちが気付かなかっただけでダンジョンマスターの気配はダンジョンの中に充満していたんじゃないか?
ここ『枯れ果てた洞窟』以外のダンジョンでは、中に宝箱が設置してある。
開けて中身を頂戴しても、少しするといつの間にか中身が補充されていてまた中身を貰っていくことができる。
モンスターだって、ダンジョン内を徘徊するアイツらを冒険者は倒していく。
一日に何十体と。
それなのにダンジョンからモンスターが尽きたという話はこれまで聞いたことがない。一度も。
罠だって一度発動したものが仕掛け直されてるなんてしょっちゅうだし。
あれは誰が中身を入れ直している? 誰が補充している? 誰が仕掛け直している?
「……ダンジョンマスター?」
俺たちはバカだ。
いや、俺を含めた全部の冒険者がって意味でね。
考えてみればメッチャ疑問ではないか。それなのに冒険者たちは自分たちが荒らしたあとがいつの間にか元通りになるのを、当たり前として受け入れていた。
それこそがまごうことなきダンジョンマスターの気配だったというのに……!?
「俺たちは人の作った巣箱で暮らす小鳥みたいなものだったか……!?」
「唐突に哲学的ですわね」
では、この『枯れ果てた洞窟』が枯れ果てているなんて言われてるのは……。
ダンジョンマスター不在だからか!?
「他のダンジョンみたく宝箱がないし、モンスターもごくわずかな種類しか出てこないし、罠も皆無。それもこれもダンジョンマスターがいなくて、供給されることがないから……!?」
「左様でございます。先代マスターが去られてより、このダンジョンは死んだも同然。ですが今日、アナタ様が来てくださいました……!」
冒険者にとって、ガーディアンの恐ろしさは骨身に沁みている。
危険と隣り合わせの職業だけに、命の惜しさはしっかり自覚しているから、行けば死ぬとわかっている場所に好んで近づいたりなどしない。
ナカさんは『ガーディアンを倒すことが次のダンジョンマスターになる条件』とおっしゃっていたが、だからこそ互いの意図が折り合わずに二百年もの空白が続いていたというのか?
「改めてお願い申し上げます。先代マスターの遺した条件を満たしたアナタに、新たなダンジョンマスターになっていただきとうございます」
頭を下げるナカさん。
「わからぬことばかりでご不安かと存じますが、アドミンたるこのわたくしが全力にてサポートさせていただきますので、どうか……!」
「…………」
ここで断った場合、どうなるんだろ?
『じゃあ仕方ないですねー』って言って外まで送ってくれるんだろうか?
そもそも俺はダンジョンの奥底で置き去りにされて、もはや死する覚悟でここまで来た。
そんな覚悟を背負い、概要ながらもダンジョンの真実を知って、元の生活に戻れるものだろうか?
色々考えて……!
むむむむむむむむ……!?
「わかりました、やります」
「やったぁ!」
頼まれたら断るのもしんどいしね。
これまで散々『役立たず』『邪魔者』と言われてきた俺が、ここに来ていきなり頼られ頼まれたのだ。
それを考えると素直に嬉しいし、応えてやりたいという気も起きるではないか。
そして『YES』といった瞬間、信じがたいことが起きた。
なんかいきなり周囲の景色が輝き始め、様々な色が浮かんできたのだ。
それまで黒一色の無空間だったのが……!?
「ダンジョンが正式にアナタをマスターだと認識したのです」
ナカさんが言う。
しかも声を弾ませて。
「おめでとうございます! これでこのダンジョンも息を吹き返しますわ! ここはもう『枯れ果てた洞窟』などではありません! 新たなる主に新たなる息吹を吹き込まれた新生ダンジョンなのです!」
全方位を包む光は眩しくて目に痛いほどだったが、やがて輝きは収まり、直視できるほどに和らぐと……。
そこはもう暗黒の無空間じゃなかった。
ちゃんとした部屋だった。
室内?
四方は石造りの壁で囲まれており、それでもけっこうな間取りに高級感を感じさせた。
「ここがダンジョンの『聖域』となります。ダンジョンマスターの在所にして、ダンジョンのすべて区域へ指令を出す場所です」
「そ、そう……!?」
要はここが俺の玉座ってことになるのか……?
しかし俺は、この場所を見回して誤魔化しようのなく浮かんだ一つの印象があった。
「……狭くない?」
だって現れたのは一室だけ。
人一人が生活して行く分には充分広いだろうが、ダンジョン一つを支配するものの玉座としては……。
「あと、何も置かれてないし」
椅子もなければ机もない。
家具的なものが一切置かれていない空き家そのもの。
これではダンジョンマスターになれましたと言っても、逆に空虚感が募る。
「大丈夫です。これから増やしていけばいいんです」
「増やす?」
「ダンジョンマスターになったばかりですからね。先代マスターの積み上げたものもあらかたリセットされていますし、これからはアナタ様が、アナタ様だけのものを積み上げていくんです。一から!」