55 努力は裏切らないので
「何よ!? 何よ!? なになになに何これッ!?」
地下三階に着いた。
ここは再生英雄レオスダイトさん管轄するフロア。
俺が頼りにする一人だ。
彼はここで侵入してくる冒険者を集め、冒険者の基本を叩き込む講習を開いている。
マスターである俺の意向に沿って……とは言っているが、あれはどちらかといえばレオスダイトさん自身の性格によるものだろう。
彼は凄い教えたがりなのだ。
かつ親分肌。
面倒見のいい性格と言えよう。
そんなこんなで彼が番人を務める地下三階は、新人冒険者の学びの場と化していた。
「それでは今日も素振り千回からだ! 漫然と振るなよ! どう振れば会心の一撃を出せるか、一振り一振り真剣に考えながら振るのだ!!」
「「「「「はいッ!」」」」」
今日も若い熱気が充満しておるなあ。
「いやいや!? だからこれ何なのよ!?」
慌てた口調のルーデナさんに詰問されます。
「何でダンジョンの中で訓練しているのよ!? おかしいでしょう!?」
え? そんなにおかしいですかね?
「ダンジョンは、侵入してくる冒険者を誑かし、迷わせ、最後には絶望させて……! そうやって心象エネルギーを搾り取るためのものでしょう! なんで和やかに訓練しているのよ!?」
そう言われれば、そうかも?
「こんなんで、ちゃんと心象エネルギーを収集できているの!? これだから素人は!? 本当に基礎的なことから教えないといけないようね!?」
プリプリ怒って説教モードになるルーデナさん。
その隣ではレオスダイトさんの訓練が組手へと移行していた。
実戦形式の訓練だがレオスダイトさんと直接手合わせする冒険者が、何やら苦しげな様子だった。
壁に当たってもがいている感じ。
「いい、心象エネルギーは人間の心のうねり。だからダンジョンに侵入した人間の心を徹底的に痛めつけるのよ! そうすることで悲鳴を上げた心が、良質な心象エネルギーを発するの!」
あの新人冒険者は、レオスダイトさんから新しい剣技を伝授されようとしてるらしいな。
それが思うようにいかずに手こずっていると。
しかしレオスダイトさんは根気強く付き合って、教えを繰り返している。
『お前ならできる!』『お前ならできる!』と繰り返しながら。
すっげえこと連呼するなあ?
「だからダンジョンマスターは罠やモンスターを設置し、侵入者を引きずり殺すように作ってあるの! 死への恐怖や絶望こそ、人が心象エネルギーを放つにもっとも適した感情だから!」
ついには他の冒険者まで『頑張れー!』『頑張れー!』と応援しだした。
そんな空間のど真ん中で、ついに新剣技が発動!
モノにしやがったアイツ! モノにしやがった!
「だからこんな無駄な施設などすぐに潰して……、ねえ聞いているの!?」
「ルーデナ様」
「何よクヴァン!?」
「あの集団から大量の心象エネルギーが発生しているのですが」
「はあッ!?」
ついに目的を果たして新技修得!
するとまず教師役のレオスダイトさんが誰より先に感極まって泣きながら生徒を抱きしめる。
周囲も釣られるように集まって感動し、仕舞いにはやりきった冒険者を胴上げした。
なんでそんなに心が一つになってんの?
怖ッ。
「困難を乗り越えた感動と、心が一つになることでの連帯感で心象エネルギーが発生しております。かなり大量で、しかも上質ですね」
「うそぉ!? なんで!?」
ビックリルーデルさん。
ついさっきまで自分が講釈垂れていたのと真逆の現象が起きているのだから仕方ないか。
「今の数秒間で、ルーデル様が治める『南海』ヴィルダガでの一日の心象エネルギー収集量を優に超えました。しかもまだ増え続けていますね」
「うそー!? このフロア単独で!? 全42層ある私のダンジョンすべてと!?」
いやお恥ずかしい。
作ったばかりのダンジョンだからこの程度しか収入量がなく……!
『マスターって案外と慇懃無礼なのですね』とナカさんから小声で言われた。
どういうこと?
その横でルーデナさんが、お付きのクヴァンさんを相手にがなり立てている。
「どど、どういうことよ!? アイツらは恐怖も絶望もしていないじゃない!?」
「その代わり感動と喜びで心が打ち震えているようですね。心象エネルギーは心の揺さぶりから発生する力です。心が打ち震えるなら震源となる感情は何でもよいのです」
「くんぬううううッッ!! ド素人のアイツが仕向けた戦略が当たっているとでも言うのおおお!?」
思った通りの展開にならず苛つきが募るルーデナさん。
あれも心象エネルギーとして取り込めないかなあ?
「じゃあ、あれをウチのダンジョンでも取り入れたら? 心象エネルギーがガッポガッポ入ってくる?」
「それは無理かと」
「何でよッ!?」
「どうやらこの修練場は、指導者である彼の才覚で活気づいているようです……」
そう言ってクヴァンさんが視線を送る先には、レオスダイトさんがいる。
「……彼以外のものに任せても、ここまで活気づいたものにはなりますまい」
「むー! 何よ!? ……あッ、じゃああの冒険者を大金積んで引き抜けば?」
なんてこと思いつくんだこのダンジョンマスター。
しかも俺の目の前で。
「それは不可能です」
「何でよ!?」
「彼はゴブリンです。このダンジョンに所属するモンスターともなれば、彼個人の意思で所属を変えることなど不可能です」
「えッ? ゴブリン!? あれが!?」
指摘されて初めて気づいたのか、驚きながらレオスダイトさんのことを凝視するルーデナさん。
その瞳の奥がパチパチ光ったような……?
「……たしかに!?『剣聖ゴブリン』って何よあれ!? そんな種族のモンスターいた!?」
「イドショップには見当たりませんね」
どうやらダンジョンマスターとしての異能でも働いたのか、レオスダイトさんの種族名を正確に見抜いた。
「それより恐ろしいのはやはりクヴァンですね。誰にも指摘されることなくレオスダイトの正体を見抜くのですから、さすがの注意力です」
ナカさんも分析しだす。
「ちょっと! ちょっとアナタ!」
ルーデナさんが俺に食ってかかる。
「何なのよ、あのゴブリン!? ゴブリンであんな長身ハンサムってのもあり得ないけど『剣聖ゴブリン』なんて種族自体初耳よ!? アナタ、一体どこからあんなレアモンスターを手に入れてきたの!?」
「それはですねー」
「お答えできかねます」
お答えしようとした俺を遮って、ナカさんが言った。
「いかなるダンジョンにも、余所に漏らしてはならない機密があります。それはルーデナ様とて同じはず」
「ぐ、むうぅ……!?」
「それなのに我がマスターにだけ秘密を明かせというのは一方的です。互いの優良な付き合いを保つためにも、ここはご自重ください」
「ぐむむむむむむ……!?」
それを正論と感じたのかルーデルさんは反論してこなかった。
「では、この階で見るべきものはほぼ見終えましたので、次へと進みましょう。あまりグズグズしていたら日が暮れてしまいますからね」
「ふんだッ! どうせこの階が一番活気があるんでしょう!? 素人の急ごしらえダンジョンで、そんなに目玉スポットがたくさんあってたまりますか! 化けの皮を剥いでやるわ! 次行くわよ次々!!」
そう言ってズンズン先に進んでいくルーデナさん。
案内より先に行くのはやめてほしい。
◆
そして地下四階。
別名フューリームさんの研究室。
「何これえええええええッ!?」
ルーデナさんがまた絶叫した。
ダンジョンマスターですら驚かせるほどゴッツい施設なのか、この階は?
まあ、俺もダンジョンマスターだが、この階を初見した時は驚いた。
「何なのこの魔法施設は!? デストルテのところと同水準じゃない!?」
「少なくとも我らがダンジョンには、ここまでの魔法施設はありませんね」
クヴァンさんも一緒になって、もはやダンジョンなのか魔法研究所なのかわからないこのフロアの内観に圧倒されていた。
で、そこまで豪勢な研究室を作り上げた当人は何をしておる?
「……よいか、これが魔法波長の共鳴実験じゃ。波長は魔法使用の際に重要なファクターとなり、あらゆる魔法の固有波形を記憶し、波長を高め合うような魔法の組み合わせを……」
人間の魔導士たちを集めて、何やら講義していた。
「マスター!? これは違いますぞ! このヒヨッ子どもがあまりに無能で使えませんから、助手として使える程度に仕込んでおっただけです!」
ツンデレかよ。
フューリームさんもやっぱり深みにはまって教師役が板についていた。
それも最初に助手役を買って出たテルスの誘導によるところだろう。
恐ろしい女だ。
「魔法職まで……、ここまで徹底した訓練を受けて熟達した冒険者が量産されたら、近いうちに冒険者の平均レベルが一気に上がるのでは?」
と感想を述べるクヴァンさん。
「そうしたら、我らがダンジョンを探索しに来る冒険者も手錬ばかりに」
「そ、そんなことになったら心象エネルギーが集まらない上に、モンスターやられてお宝も獲られて大損害じゃない!? ちょっとアナタ! 今すぐやめなさいよ! 大迷惑よ!!」
ルーデナさんが猛抗議したが、ナカさんの『嫌です』の一言で叩き落とした。
ナカさん強いなと改めて思った。




