52 余所のダンジョンマスターが来たので
え?
俺以外にもダンジョンマスターっていたの?
そりゃいるか。
この世界にはいくつもダンジョンがあるんだから、そのダンジョン一つにつき一人ずつマスターがいたとして、何人いたっておかしくない。
「はい、その中で『南海』ヴィルダガのマスターであらせられるルーデナ様が、アナタ様との面談を求めております。しかも直接こちらへ訪問されると」
「訪問?」
「いかがしますか?」
『いかがしますか?』って。
そりゃ来てくれるからには盛大に歓迎してあげなきゃなんじゃない?
おもてなしの準備はいいか?
晩餐は?
かくし芸も用意しておかなくては!
あと、お土産も!
「アンドゥナちゃんの踊りを見せておけば誰でも満足してくれると思うが……! そうだ! 俺も果物をたくさん干しておこう! 意外と好評なんだぜ俺のドライフルーツ!!」
「いえ、そう言うことではなく……!?」
そう言うことじゃないの?
たしかにナカさんの表情には、緊張と深刻さが浮かんでいる。
「このタイミングで余所のダンジョンマスターが接触してきた意味を推し量りください」
「このタイミング?」
たしかに、俺がダンジョンマスターに就任してからかれこれ数ヶ月は経ってしまっている。
普通に『新ダンジョンマスター就任!』のお祝いとかなら、なったその日のうちに来てくれてもいいものだ。
それが今になって。
考えてみると『何を今さら』感が凄くしてきた。
「本当に、余所のダンジョンマスターさんとやらは今さら何しに来るんだ」
「マスターにってはご不快に思われるかもしれない言い方ですが……」
俺に忠実なナカさんは、一旦心苦しい素振りをしてから……。
「これまでのマスターは認められていなかったのだと思います」
「ほう」
「ダンジョンマスターとして。ここ以外のダンジョンマスターである方々は、かれこれ数百年はその座に君臨し続けています。そのような連中にとって、経歴一年にも満たない新人マスターなどひよっこ未満」
歯牙にもかけられていなかった、ということか。
「なんとなくわかるよ。なりたてで、ダンジョンの防備もしっかりできていない段階の新人マスターの危うさは、俺も肌で実感できた」
「そうですね、ダンジョンマスターになってもすぐやられてしまうかもしれない。そんな者と挨拶したところで無意味かもしれない。そういう機微もあったと思います」
しかし俺もダンジョンマスターとなって数ヶ月。
ダンジョンの改造も繰り返し、なかなか堅固にできてきたという自負がある。
再生英雄たちもいるし、深層階に放った名状しがたい獣たちもいる。
スラブリンもいる!
もうガーディアンであるタフーに頼ってばかりの防衛機構から卒業できたはずだ。
「つまり俺は、とうとう一人前のダンジョンマスターとして認められたってことだな!」
「左様でございます」
「めでたいことだな!」
「おめでとうございます」
「ありがとう!」
「おめでとうございます」
「ありがとうッ!!」
一通り喜びを噛みしめてから本題に戻る。
「しかしマスター、ゆめゆめ御油断なされませぬよう。余所のダンジョンマスターは、けっしてアナタ様をお祝いするためだけに訪問するのではないと存じます」
「ほう」
では何のために?
「ダンジョンマスター同士は、互いに熾烈な競争相手でもあります。ダンジョンマスターはいずれもより多くの心象エネルギーを求めます。そのためには多くの侵入者をダンジョン内に迎え入れねばなりません」
「うん」
ダンジョンに侵入する冒険者の数が限られているなら……。
あっちにたくさん入れば、こっちが減る、ってことが起きるわけだ。
つまりダンジョンマスターにとって、余所のダンジョンマスターとは、同じパイを奪い合う商売敵……!?
「今回、相手が訪問を希望しているのは敵情視察も兼ねてではないかと。こちらのダンジョンを観察し、自分たちに敵しうるかどうかを量ることが狙いではないかと。……して、いかがしましょう?」
「うん?」
いかがしましょうとは?
「この訪問を受諾するかしないかです。相手の意図が敵情視察にある以上、迎え入れるのは毒を飲むようなもの。こちらの手の内を知らせて得となることは皆無と存じます」
「ううむ……?」
「提案を拒絶し、関係を悪化させることを危惧されるなら、他にやりようはあります。どこか別の場所を設け、そこで『会談』という形をとってはいかがでしょう? さすれば新任の挨拶という目的は達せられ、相手への礼も保てます」
「付け入る隙を与えない、と?」
「左様にございます」
ナカさんは俺のことを思って、よく考えを巡らせてくれる。
それは彼女がアドミン(管理者)の役割を果たさんとするからだろうが、それでも彼女の働きには敬意を払いたいと思っている。
「しかし、今回は相手の希望通り、ダンジョンに来てもらおうと思う」
「そうですか」
進言を却下されたわけだが、ナカさんの表情に変化はなかった。
「相手とはまだ会ったこともないんだし、それなのに最初から疑ってかかるのも失礼だろう?」
それよりも全力で歓迎して、友好を示し、信頼関係を築いた方が後々よいことと思うんだ!
「どうせ俺たちのダンジョンは始まったばかりなんだし見られて困るようなものはないさ。それよりも新しく友だちになれるかもしれない人に信愛を示してあげる方がいいと思う!」
「なるほど、マスターのダンジョン運営能力をもってすれば、相手に与えた情報などその日のうちに刷新し、無意味にしてしまうことも可能というわけですね」
うん?
なんか意見が行き違ってる?
「言われてみればその通りです。マスターの御業は、他のダンジョンマスターと比しても見劣りせぬどころか大きく上回るもの。下手に隠し立てして軽侮を買うよりは、堂々と見せつけて畏怖させるのも立派な戦略です」
「いや? 信愛だよ?」
「今、このダンジョンは常識を遥かに上回るスピードで進化しております。一度与えた情報に満足させ、すぐさま旧情報が無意味になるほどの変化をもって徒労感を植え付けるのも立派な作戦でしょう」
いや? 喜んでほしいんだけど?
「マスターの遠望深慮に敬服いたします。アナタ様のアドミンでありながら、まだまだマスターの胸中を推し量れぬわたくしをお叱りください」
「いやいや……!」
「では我々は、全力をもって訪問者を迎えるよう準備徹底いたします! しかしマスター、相手はあくまでマスターのことをいずれ邪魔となるライバルと認識していること、ゆめゆめお忘れなさいますな。用心こそが必要ですよ?」
「うん、わかった!」
要は、相手に認めてもらうために全力でおもてなししろと言うことだな!?
こう見えても俺は、かつて冒険者だった頃サポート職だった。
ダンジョン探索中に偶然出会った他パーティや、パーティにスカウトしたい冒険者の歓迎は俺の仕事だったんだ。
その時の経験を生かして、全力のもてなしをお客様に披露してあげようじゃないか!!
◆
こうして俺たちは、よそからくるダンジョンマスターを迎えることになった。
後日になって。
「はッ、小物がよくまあ私の前に出られたものね」
やってこられたダンジョンマスターと言うのは、背丈も小柄な少女だった。
自分以外のダンジョンマスターに会ったのはこれが初めてだ。
しかし……。
「思っていたよりずっと若いというか……、幼い?」
見た目確実に子どもではないか。
「ふん、私の高貴な姿を見て、感動で声も出ないのかしら? つい最近まで下賤な人間をしていた俄かダンジョンマスターとしては当然の反応ね!」
しかしこのお嬢さん、態度が高圧的だなあ。
出会い頭にこちらを圧倒しようという意図がガシンガシン伝わってくる。
「ルーデナ様、よくぞいらっしゃいました。我が主は、アナタ様の御来訪を心より喜んでおります」
「ナカ、こうしてアナタとまた会えるなんて思っていなかったわね。もはやこのダンジョンと同様に朽ち果て、永遠に浮かび上がらぬものと思っていたからね」
「わたくしも、そう思っておりました。しかし今はよき出会いを果たし、再びアドミンの務めに携われること、至福と感じております」
「こんな貧相な顔つきをしたヤツが?」
少女の視線がチラリと俺の方を向くが、その瞳には明らかな侮りの色が浮かんでいた。
「やっぱり二百年も非稼動だと、感性も鈍ってしまうものなのね。こんなボンクラっぽいのをマスターに戴いて、かつて有能なアドミンだったアナタも過去のものらしいわ」
「おそれながら……」
ナカさんの表情が冷たさを増した。
変わり様に『すぅ』という擬音が伴ったかのよう。
「わたくしの新しいマスターは、非常に優秀で、かつ大きな御心の持ち主です。その資質を一目にて見抜けぬルーデナ様こそ鈍られたのでは?」
「はぁ?」
「既存のマスター方は、長い安定の末にすっかり緊張感を失い、ダンジョンの頂点の座に安穏と居座っていると聞きます。新進気鋭の我がマスターが現れたことで、玉座より転落することもそう遠くないことかもしれませんね」
「なんですってぇ!?」
ナカさん、完璧にケンカ売る口調じゃないか!?
どうして出合い頭にそんな売り言葉買い言葉なの!?
ここは年長者の俺が場を収めねば!




