50 研究したかったので
レオスダイトさんが守る地下三階の視察が終わったので、下へ降りることにした。
「『聖域』へお戻りにならぬのですかマスター?」
「この際だから一通り見とこうと思ってね」
改装のメインはレオスダイトさんとこの地下三階だったが、それ以外の階にも多かれ少なかれ手が加えられている。
主な対象は、番人がつくようになった地下三、四、五階だ。
俺は上から順当に視察していくつもりで、地下三階の下の地下四階へと降りた。
「ここを担当なさっているのはフューリームさんでしたね」
「うん」
大賢者フューリーム。
今から百年ほど前に実在していた魔法のエキスパートだ。
既存のあらゆる魔法を使いこなし、他のどの使い手よりも上手く使えていたという。
しかもそれだけに飽き足らず、未知の極大魔法を求めてダンジョンへと立ち入り続け、ついには帰ってくることはなかった。
彼もまた冒険者の究極の形態『ダンジョンに憑かれた者』になった、と言うことだろう。
……そこまでの前情報をもって眺めてみよう。
変わり果ててしまった地下四階を。
「なんじゃこりゃああああああああッッ!?」
階段を降りると、そこはもうダンジョンじゃなかった。
巨大な研究室だった。
壁面がすべて本棚に変わり、何やら分厚い本が隙間なく敷き詰められている。
奥まで進むと、なんか俺には理解もしがたいものがズラリと並んでいた。
大きいし、仰々しい。
なんか煙を噴いているものもある。
そんな名状しがたいものの中心に、例の白髪老人が立っていた。
「ようこそおいでくださいましたマスター」
そう言って恭しく膝を折り、こうべを垂れる。
「我が研究室へ」
「研究室じゃないよね!?」
ここダンジョンの一フロアだよね!?
侵入する冒険者を迎え、より奥へと進ませないよう阻みながら大いに惑わせるのが目的の場所だよね?
「それがどうして研究室になった!?」
「マスター、私には飽くことのない望みがございます。まさに渇望と言っていい」
それは……。
「この世界の魔法を解明することです。私はかつての人生をすべて、そのことに注ぎ込んできました。その果てに大賢者などと呼ばれるようになった。その志は半ばにて果てることとなりましたが……」
「うん、そうだね……!?」
タフーにやられちゃったからね。
そのお陰で遺体がこのダンジョンに保存されて、再生英雄として甦ったわけなんだけど?
「しかし、こうして現世に再び存在することができた以上、かつて道半ばにした大望を再び追うことができる。これもすべて偉大なるマスターの思し召しによって……」
「別に思し召した覚えはないんですが?」
少なくともダンジョン一フロアを丸々研究室に改装するようなことを承諾した覚えはないんですが。
「ご安心ください。私は今、マスターに服従すべき身分であることを自覚しております。研究の末に得た成果はすべてマスターに献上し、マスターのために役立てることを誓いましょう」
ダンジョン改造の話し合い中、一番喋らなかった彼ではあるが、これのおかげで階層につぎ込んだ心象エネルギーの一番多い割合がここに使われていた。
上の階のレオスダイトさんといい、自分の番人階にステージを作ったアンドゥナちゃんといい、なんか段々わかってきた……。
英雄って言うのは自分の欲望に正直なものだと!
だから英雄になれたのか!?
「ご覧くださいマスター! 連続放射し続けた魔力の色が変わっております! 通常では実現不可能であった実験もダンジョンの設備と心象エネルギーの力を借りればいとも容易く行える! これで魔法の発展は百倍も早く進みますぞ!」
「楽しそうだなー」
何言ってるかは全然わからないけど。
「一応念を押しておくけど、冒険者への対処はちゃんとしてね? 研究にかまけて素通りとかダメだからね?」
「もちろんでございます。彼らも立派な研究対象ですからな」
……。
今なんか怖いこと言った?
「少し気になったのですが……」
そこへナカさんが素朴な疑問とばかりに言う。
「フューリームさんは冒険者への教育などなさらぬのでしょうか? レオスダイトさんのように」
「教育ですか?」
「レオスダイトさんは精力的に新人冒険者を鍛え上げていますが、あの方は剣士。魔法の指導はできぬものと思います。そちらをアナタがカバーされれば完璧となるのでは?」
ナカさんの指摘はもっともなものだ。
意外にも、冒険者たちを指導することに賛同してくれているのか?
「それがマスターの御意向だということはわかっていますので、それに沿うたまでです、それに冒険者たちが指導を受け強くなったことへの充足感が新たな心象エネルギーを発生させます」
「ナカ殿の御意見ももっとも。では私の考えを述べさせていただきましょう」
フューリームさんは、威儀を正して真剣に答えてくれた。
「真っ平御免です」
「おーい?」
「生前にも、私に対して同じようなことを言ってきた者はおりました。私が教鞭をとれば、多くの魔法を志す者たちを大成させることができるだろうと。多くの弟子を育てることこそ魔法研究への貢献になるのではないかと」
それに対して彼はどう思ったのか。
「知ったことではありませんな! 私は私個人の欲求のために真理を求めているのです。他人など関係ありません。むしろそのような綺麗言に惑わされ、己の望みを誤魔化すことこそ真理から遠ざかること!」
いっそ清々しいフューリームさんの個人主義だった。
こんな性格だからこそ、後世に途切れ途切れの逸話しかない幻想の住人。孤高の賢者の像が出来上がったんだろう。
「ということで、いかにマスターの御意向と言えどもご容赦いただきたく。私は私の才能と時間を、真理を追い求めることにのみ費やしたいのです」
「それは、マスターの命令より自分の欲求を優先するということですか?」
「無論、この世に甦らせていただいた恩義には報います。今の自分と言う存在が、マスターのためにあることもわかっています。マスターの御命令とあれば何であろうとも実行し、死など厭わぬでしょう」
しかしそれ以外の余事は御免蒙ると……。
……レオスダイトさんが新人冒険者を指導しているのは彼が勝手にやっていることだし、それと同じことを別の人に強いるということも傲慢な話だ。
英雄は、自分の欲求に何より忠実だからこそ英雄になった。
他人よりもずば抜けて大きな欲望を生まれ持ったことも英雄の条件なのだろう。
俺がハッキリ命令すればフューリームさんも魔法系の冒険者を指導してくれるかもしれんが、彼の欲望に沿わないというならきっと身に入った授業などしてくれない。
それは教える側にも、教えられる側にも不毛なことだった。
「わかった。フューリームさんはここで自分の研究をしながら侵入者の対処を頼む。たまに別命も授けることになるだろうけどよろしくね」
「マスターの御慈悲に感服いたします」
やりたくもないことを『やれ』と言われる煩わしさは俺にも覚えがある。
気分のいい職場を保つためにも互いの意思を尊重したかっただけだ。
そう思って、この話は終わりにしようと思ったが……。
「ちょっと待ってえええええッ!?」
「うわあッ!? 何事!?」
いきなり泣きながら飛び込んでくる人がいたのでビックリした。
誰かと思えばテルスだった。
元冒険者で、今は俺のダンジョン経営に協力してくれる魔導士テルスが何故に?
「私ッ、フューリーム様が復活されてからずっと機会を狙ってたんですうううッ! フューリーム様から教えを受ける機会をおおおおおッ!?」
「えッ? そうなの?」
「伝説の大賢者フューリーム様から教えを受けられる! そんな栄誉は魔導士ならば誰だって憧れるッ!! どうか私にッ! 私にチャンスをおおおおおッ!!」
と泣きわめきながらフューリームさんの脚に縋りつく。
オモチャ買ってほしい子どもにも競って勝てそうな堂に入った駄々こねっぷり。
「ええい煩いわ! 教えが欲しいならシャリンジャムスが作ったクランにでも行けばよかろう!」
「『創世の夜明け団』の創始者、『魔哲』シャリンジャムスの名前がサラッと出てくるところがやっぱすげえええええええッ!?」
……。
こういうザマを見ていると、知識に対する貪欲さってフューリームさん独自のものではなく魔導士全体のサガなんじゃないかなと思えてきた。
なりふりかまわない。
「マスター、そろそろ収めた方が……」
「そうだね」
このまま放置するわけにもいかないのでマスターたる俺が裁可を試みる。
「えーと、フューリームさんどうだろう? 一人ぐらいなら弟子をとっても……?」
「お断りします」
即答かよ。
本当に自分の欲望に正直だな魔導士は……。
……なら、こう言うのでどうだろう?
「じゃあ助手と言うことでは?」
「助手ですか?」
「そうそう、フューリームさんもダンジョン防衛の片手間に魔法実験じゃ手が足りなくなるでしょう。手間を省くために助手の一人や二人やとっても……?」
テルスを、ダンジョンのサポーターになったからと言ってまだ特にやることも決まってないからな。
これを機に仕事をあてがってもいいだろう。
「ふむ……、そういうことであれば……」
フューリームさんも納得してくれた。
やったぜ。
こうした一歩の譲歩が、大いなる浸食の始まりだということに気づけるものは少ない。




