04 剣士バギンザの誤算
バギンザは、冒険者だ。
組んでいるパーティは剣士である彼自身を含め、魔導士、回復術師、レンジャーの計四人。
つい先日まで五人だった。
攻守のバランスに富んだ隙のない構成で、このパーティでなら成果を上げ、熟練者向けの難関ダンジョンにチャレンジしたり、大クランに所属したりすることもできると考えている。
つい先日までそう思えなかった。
パーティに厄介なお荷物がいたからだ。
ソイツはサポート職という地味で役立たずなクラスに就き、それだけでなく性格もグズでノロマ。
ダンジョン探索中も邪魔にしかならない存在だった。
ただでさえバギンザのパーティには、サポート職の王道と言われるレンジャーがいる。
サポートなど一人いれば充分で、余分なもう一人など邪魔でしかなかった。
成功するために、邪魔者は切り捨てるのがもっともよい。
バギンザは何度となく主張した。『アイツはこのパーティに必要ない。即刻追放して負担を軽くすべきだ』と。
しかし誰も賛同しなかった。
誰だってグズは邪魔なはずだ。簡単に行くものと思っていたのが意外にも思惑通りにならず、バギンザは苛立った。
いや、焦ったという方がよかろうか。
「オレはこんなところでくすぶる男じゃない……!! オレは一刻も早くランクの高いダンジョンへ行って、デカいクエストを片付けて、英雄と称賛されるべき男なんだ……!」
彼が今攻略しているダンジョンは『枯れ果てた洞窟』という名で。世界でもっとも代わり映えのない、簡単なダンジョンとして有名になっている。
現れるモンスターはスライムかゴブリン程度。宝箱がポップすることもなく潜る目的になるようなものはほとんどない。
そのため逆に『初心者を慣れさせるにはちょうどいい』ということで全冒険者がまず最初に『枯れ果てた洞窟』を攻略する。
規定された条件をクリアすることでより難易度の高いダンジョンへ向かう資格を得る……というシステムが随分前から確立されていた。
初心者用ダンジョンなどバギンザの自尊心が許さない。
自分は初心者ではない。今すぐ最高難易度ダンジョンに挑戦しても大活躍できる男だという自信が漲っていた。
だから一刻も早く『枯れ果てた洞窟』から卒業したいのだが、そのために邪魔となるのが前述の役立たずであった。
その名をアクモといった。
アイツがいる限り自分は『枯れ果てた洞窟』から抜け出せない。
ドジで、ノロマで、マヌケだから。
本来冒険者になる資格のない能なしだから。
才能溢れた自分の足を引っ張り、停滞させるのだと。
このままでは天才である自分まで無能に巻き込まれて一生底辺から抜け出せなくなるかもしれない。
アクモと共にいる時間が長くなればなるほどバギンザの身勝手な迷惑感情は高まっていき、やがて憎悪へと変わっている。
そしてある時、爆発した。
◆
ダンジョンからの帰還後。
バギンザはパーティの仲間たちに困惑の声を飛ばした。
「活動を休止する!? なんで!?」
バギンザとしては、ついに疫病神アクモを排除した矢先のこと。
晴れて真の実力を発揮できるようになったパーティで、今すぐにでもダンジョンに突入したいところであった。
しかしメンバーは反対だという。
「……バギンザ。理由なんて言わなくてもわかるでしょう?」
うんざりとした態度で口を開くのは、パーティ所属の魔導士テルス。
バギンザと並び、もっとも敵にダメージを与える能力を有した生粋のアタッカーだった。
鋭い目つきが印象の大人の女性。短く切り詰めたロッドや動きやすさの方を重視したローブは、彼女の『魔術師であるより冒険者』という意識のほどを示している。
「十三日間の服喪よ。パーティ内で死者が出た場合、追悼のためにダンジョン入りを控え祈りを捧げる。冒険者なら誰でも知っている慣わしじゃないの」
彼女らの中でアクモは、不慮の事故により行方不明。生還は絶望的ということになっている。
パーティの雰囲気は暗い。浮かれているのはバギンザ一人だった。
他のメンバーはまともな神経の持ち主なのだろう、共に苦楽を分かち合った仲間との別れに悲痛の表情を浮かべている。
しかしそんなことは関係ない。
バギンザは今すぐにでもダンジョンに入りたいのだ。モンスターを虐殺し、あるいは深層部を踏破し、その成果をもって高難易度ダンジョンへの挑戦資格を得る。
十三日間も足止めを食らうなんてとんでもなかった。
「服喪の慣わしはルールじゃない! 強制ではないはずだ! よって従わなくても問題ない! すぐにダンジョンに入ろう! ……ゼルクジャース! 準備しろ!」
隅の方で背を丸める中年に言う。
男性の名はゼルクジャース。
バギンザらのパーティにて最年長であった。
クラスはレンジャー。
アクモと同じサポート職ではあるが、その中でももっとも多様性があり、あらゆる状況に対応できる。
基本見下される立場にあるサポート職だが、彼らが準備を整えない限り剣士も魔導士もダンジョンに潜ることはできない。
一流のパーティは必ず一人はベテランレンジャーを置き、態勢を万全にするものであった。
「アクモが死んだからと言って、アイツが抜けた穴など大した問題はないだろ? 何しろいてもいなくても同じような役立たずなんだからな! サポート職の王道と言われるレンジャーの手腕に期待するぞ! 早速アイテムを集めてくれ!」
「…………」
しかしゼルクジャースは答えず、酒を呷るばかりだった。
バギンザの声など端から聞く気はないというかのように。
「おい聞いているのか!? サポート職の分際で剣士のオレに逆らうのか!?」
「いい加減にしなさいッ!!」
テルスが声を荒げる。
「私たちが喪に服すのは慣わしだからじゃないわ! そうしたいからよ! アクモを悼みたいの! バギンザ、アンタは違うの!?」
「ぬ……ッ!?」
「違うでしょうね! アンタは前々からアクモのことを目障りにしていたから! 彼のことを追い出そうなんて言われるたびウンザリしたものよ!」
「そ、それの何が悪い!?」
他者から非難されると言い返さずにはいられない。
そういう性格のバギンザだった。
「アイツが役立たずなのは本当のことだ! アイツがいるせいで上手くいかなかったクエストがいくつあるか! それに怒りを覚えるのは当然のことだ! オレの怒りは正当! 悪いのはオレを怒らせたアイツだ!!」
「その主張は聞き飽きたわよ。私が疑問なのはね、最後にアクモと一緒にいたのがそんなアンタだってことよ」
テルスの刺すような視線に、バギンザは息を呑んだ。
「アンタがアクモのことを嫌いだってことは皆知ってる。それなのになんでアンタたちは二人だけで先行したの?」
「そ、それは……!?」
「そしてアンタが一人だけで帰ってきた。アクモがいなくなったのをその目で見たのはアンタだけよ? 本当は何があったんだか……!?」
「なッ!? お、オレを疑うのか!?」
バギンザは必死になって反論する。
「あの時の様子は話したはずだ! 先行しようと言い出したのはアイツだ! オレは仕方なくついていった! そこにモンスターが現れて、不意打ちも同然だった! アイツがモンスターに連れ去られて助ける暇もなかった!!」
「アクモは、そんなバカげたことはしないわ。それに彼のことを嫌ってるアンタが『仕方なくついていく』なんてこともありえない。……逆ならあるでしょうけど」
「うぐッ!?」
バギンザは言葉に詰まった。
たしかにアクモは度が過ぎるほど慎重で、バギンザが勇んでモンスターを追撃しようとした時も『深追いは危険』と言って何度も止めてきた。
あれのせいで逃した獲物が何十匹といることか……。
バギンザは思い出すだけで腸が煮えくり返る。
「……バギンザ、改めて聞くけどアクモと二人だけの時に何があったの?」
「ぐ……ッ!?」
「ずっと惚けてもいられないわよ? ダンジョン内での不審死にはギルドの聴取が行われる。そこでの偽証は罪に問われる。拒否もできないわよ」
それ以前にテルスの追及がもはや止められないところまで迫るところで、手綱を引く者がいた。
レンジャーのゼルクジャースが、テルスの肩を握る。
「ゼルおじさん……!?」
無言で首を振るパーティ最年長。
その圧力に押されテルスは引き下がった。
「とにかく私たちはアクモの喪に服すわ。ダンジョンにも入らないし冒険者の活動も行わない。それが気に入らないならパーティを解散するのね」
「そんなッ!?」
「いいきっかけじゃない? もう互いに信頼できないんだし。……ラランナもそれでいいわよね!?」
パーティ内でただ一人、ずっと沈黙を守っていたヒーラーに呼びかける。
ラランナはパーティの命綱たる回復術師であるが、これまでの罵り合いにまったく加わらず、我関せずと爪を磨いていた。
「……アタシはどっちでもいい」
それだけがラランナからの答えだった。
「くッ!?」
バギンザはまったく思惑通りに行かない。
彼は今のパーティを解散させる気などまったくなかった。
テルスは魔術師として、ゼルクジャースはレンジャーとして、回復術師ラランナも充分な実力を持ち合わせ、自分の仲間に相応しいと満足していた。
アクモだけが余計だった。
邪魔者を排除し、やっと正常になったはずなのに。その邪魔者消失が原因でパーティが崩れ去ろうとしている。
「無能アクモが……! 死んでまでオレの足を引っ張るのか……!!」
業腹ながらバギンザも服喪に加わり、十三日間の彼にとって無駄な時間を過ごすことになる。
◆
そしてその十三日の間に……。
初心者ダンジョン『枯れ果てた洞窟』は劇的な変化を遂げるのだ。
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