46 名を改める
『哭鉄兵団』第七統率長ケルディオが、その不思議な声を聞いたのは昼下がりのことだった。
『手隙きの者はダンジョンの入り口に集まるがよい』
と。
どこから聞こえてくるのかわからないが、そこら中に響き渡っているようで他にも異常に気づく者たちがいる。
『来ればきっと、よかったと思えるであろう。面白く、かつ利益のあるものを目撃できるぞ』
それ以降声は聞こえなくなった。
「行くか」
ケルディオが立ち上がったのは、特に緊急的な何かを感じ取ったわけではなく、何となく興味が向いたから。
そもそも暇を持て余していた身だった。
『シルク・ド・ルージュ』の集団がダンジョンへと入り、その影響で他の冒険者たちが締め出される形になってしまった。
特にケルディオが率いる『哭鉄兵団』の調査隊は、所属がしっかりしている分なおさら他クランのすることに嘴を入れては抗争の元になる。
危険を避けることもクラン幹部の判断なれば。
ただ『シルク・ド・ルージュ』がどれだけ本気であろうとも『枯れ果てた洞窟』を落とし、その奥にいるアクモへ危害を加えることなどできない。
立ちはだかるガーディアンの恐ろしさを肌で知っているケルディオは、アレが冒険者ごときに討ち敗れるなど仮定にもできない。
だから安心であった。
ましてや現状の『枯れ果てた洞窟』には、あの無類の強さを誇る剣聖ゴブリンも陣取っている。
あれで万に一つも突破できるわけがあるだろうかと、しながら昼酒を嗜んでいたところだった。
そこへあの奇妙な声。
何かあったに違いないが、深刻な事態でもあるまいと察し、腰は上げるものの性急な動きではないケルディオだった。
「隊長も行かれますか?」
「退屈しのぎにな。恐らくは『シルク・ド・ルージュ』が攻略失敗したのだろうが、詳細を把握しておくためにもこの目で確認しておいた方がよかろう」
そんな気分で足を進めた先で……。
魂が消し飛ぶほどに驚くべきことが待っているなどこの時のケルディオは思いもよらなかったのである。
◆
「我こそは『ライオンスピリット』の称号を奉られし剣士レオスダイト!」
「『真理を知る者』あるいは『重ねて偉大』と呼ばれし大賢者フューリームだ」
「『グレイテスト・ショーガール』アンドゥナでーす!」
「ボクはトムッキー」
ダンジョン入口に居並ぶ四人。
その全員からただ者でない覇気が発せられて、集まった地上の者たちは息を飲んだ。
息を飲んだ理由は、四人のただ者でない気配だけでなく、その足元に何十と転がっている死屍累々。
「死んでる……? いや死んでいないよな……!?」
地面に倒れ伏し、見るからに息絶え絶えの数十人は、つい先ほど意気揚々とダンジョンに入っていった『シルク・ド・ルージュ』の団員に間違いなかった。
攻略失敗するだろうとケルディオは踏んでいたが、まさかここまで完膚なきまでに打ちのめされるとは。
それも恐らく、あの四人の仕業であることは間違いなかった。
「我々は偉大なるマスターによって現世に呼び戻され、今日よりこのダンジョンの守護を担うことになった」
「この者たちは、あまりに礼儀知らずだったから最大限の歓迎で退場いただいたわ。本当に我が後継がこんなに見苦しいとは恥ずかしい。裸で外を歩いてるみたいよ……!」
やはりあれは敗北した『シルク・ド・ルージュ』のメンバーたち。
その中に一人、顔がボコボコに歪んで判別しがたいが、体格や服装からクラン長バーゲミストであることはわかった。
「いや……、『グレイテスト・ショーガール』と言えば……!?」
勤勉真面目なケルディオは、他クランの来歴にも知見がある。
冒険者にしてもっとも美しく偉大だったパフォーマー、アンドゥナは、みずからのパフォーマンスをダンジョンの奥底にも届けるためにクランを結成。
それが『シルク・ド・ルージュ』として現在まで受け継がれている。
彼女はもう半世紀は昔の人物で、この世に残っているわけがない。
それどころか晩年は謎に満ちていて、どのように世を去ったかも記録に残っておらず判然としていないはずだった。
それは剛剣士レオスダイトとも共通する。
「そしてこちらが我らを束ねるスラブリン隊長だ」
『ピピピピピピピピッ!』
四人の豪勇の間で飛び跳ねる、ドブ色をしたスライム。
『え? アレが一番偉いの?』という疑問が一同から湧き出す。
時が経つごとに状況を把握できるが、把握するほどに理解が伴わず混乱するばかりだった。
「これよりこのダンジョンは、我々の守護を担われることとなる。これまでと同じとは夢にも思わぬことだ。腑抜けたまま安易に踏み込めば、このようなことになるぞ」
と地面を転がるリタイア冒険者たちを指し示す。
「今日はそのことを伝えるために、わざわざダンジョンより浮かび上がってきた。心せよ。このダンジョンはもはや初心者用の簡単ダンジョンではないぞ」
「我らがいる限り、他のどのダンジョンよりも強固にて難攻、誰も攻略できないダンジョンとなる。低難易度といったナイーブな考えは捨てることだな」
「ちょっと待って? 今緊急連絡が……!?」
いならぶ豪勇四人。
一瞬沈黙し……。
「ボクはトムッキー」
「皆の者よく聞け、たった今我らがマスターより御達しがあった」
「このダンジョンが初心者向けでなくなるのは、駆け出し冒険者たちに充分な経験を積ませてやれずに危険が上がる。それは好ましくないとのことよ!」
「ゆえに我々は考えた!」
フューリームが魔法を使って、頭上に巨大な岩塊を召喚する。
それは、その場にいる全員を押し潰しそうなほど巨大であったが、地面に落ちて大崩壊をもたらすことはなかった。
その前にレオスダイトの剣によって斬り刻まれたからだ。
「「「「「えええええええッ!?」」」」」
そのあまりにもなやり口に詰め掛けた一般人たち全員激動する。
レオスダイトによって細切れにされながらも、それでも細かい破片が降り注ぎ大惨事となるはずであった。
しかし不可思議なことに、それら破片が花びらに代わって舞い散る。
その花びらをまといながら空中に舞い浮かぶアンドゥナ。
「私たちはいずれも、経験豊富なベテラン冒険者!」
「その我々が直々に指導し、お前たちを一人前の冒険者にしてやろう! 我らがダンジョンに足を踏み入れるならな!」
「私が魔法、レオスダイト殿が剣と専門が被らぬからの。余すことなく指導してやれるわい」
「私はダンジョン探索におけるパフォーマンスを説いていくわ!」
もはやわけがわからない。
「我々がいる限り、もはやこのダンジョンは低難易度でも無益でもない」
「我々がこのダンジョン最大の障害となり、また利益にもなるであろう。冒険者としてより大きな栄光が欲しいものは勇んで潜ってくるがいい」
「私たちが存在するからには、もうこのダンジョンを『枯れ果てた洞窟』などと侮蔑のこもった名では呼ばせません!」
「そう今日から!」
「このダンジョンは新生される!」
「もっと憧れと称賛の込められた、新しい名で呼ばれるべきだわ!」
「ボクはトムッキー」
そして偉大なる英雄たち、ここで額を寄せ合って……。
「で、何て名前にしようかしら?」
「それ以前にマスターの伺いもなく勝手にダンジョン改名してよいものなのか?」
「仕方なかろうもはや勢いじゃ。ここで『案件を一度持ち帰って』となったら、それはそれで軽侮をくらうぞ」
「それもそうね、ではどんな名前がいいかしら?」
「今までの『枯れ果てた洞窟』を改めるというのだから、その反対の意味を示すのがよいのではないか?」
「『枯れ果てた』の対義語ってなんじゃ?」
「ボクはトムッキー」
そんな締まりのない話し合いが続いている間、集まった見物人たちは息を飲むことしかできなかった。
叩きのめされた『シルク・ド・ルージュ』の冒険者たちがボチボチ目を覚まし、『痛い……助けて……』と呻くも、取り合う余裕はない。
「はい! 決まりました!!」
そしてやっと話がまとまったのか、レオスダイトが一同を代表して言う。
「ボクはトムッキー」
「今日これから、このダンジョンを『枯れ果てた洞窟』などという蔑称で呼ぶことを禁ずる! このダンジョンはこれより、あらゆるすべてよりも険しく、あらゆるすべてよりも実りある、最高のダンジョンだ!」
「それに相応しく、新しい名を付け直したいと思います! その名は!」
「『繁栄の洞窟』!!」
『枯れ果てた』の反対で『繁栄』。
まあわからないでもない論調だった。
◆
この時より、何もない、初心者の練習用にしか使えない『枯れ果てた洞窟』は消え去り、その代わりにあらゆる可能性を内包した『繁栄の洞窟』が知れ渡るようになる。
物珍しい実用的なアイテムが眠り、しかし地獄の再生英雄たちが徘徊する、やりごたえ充分以上のダンジョン。
このダンジョンが地上の人々にどう捉えられるようになっていくかは、これからわかっていく。




