45 再生英雄無双
同刻、『枯れ果てた洞窟』深層部。
レオスダイトとフューリームは残敵を掃討しつつ、浅層階へと上がっていた。
主戦力の壊滅は済んだものの、それでもまだダンジョン内には多数の『シルク・ド・ルージュ』所属の冒険者が侵入していて、一人残らず殲滅する必要があったからだ。
「しかし……」
「我々の出る幕はないようだな?」
地下四階から地下三階の、いわば『中層エリア』と呼ぶべき場所は既に修羅場と化していた。
通常のゴブリンやスライムが襲い掛かり、冒険者と激戦を繰り広げている。
「うぎゃあああああッ!?」
「後退、後退ッ!」
冒険者たちは各階に拠点を作って確実かつ効率的にダンジョン攻略を進めていたようだが、その拠点キャンプを放棄してけんもほろろに逃げ出すばかり。
それだけスライムやゴブリンに圧倒されているということだった。
しかし、おかしい。
ここに詰め掛けた冒険者たちは『シルク・ド・ルージュ』という大クランに所属しているベテラン冒険者のはずだ。
昨日今日の駆け出しや、うだつの上がらぬボンクラでは大クランに入ることができない。
ある程度の実績を上げた実力派だけが加入できる、それが大クランのはず。
それなのに大クラン所属の冒険者たちが、たかがスライムやゴブリンごときに後れを取っている。
全モンスターの中でももっとも弱いはずの二種に。
「どういうことだ……!?」
「その理由はアレのようだな」
フューリームが示したところでは、特に代わり映えのしない風景が繰り広げられていた。
冒険者に襲い掛かるゴブリン。
「ヒィ!? 寄るな! 寄るなああああッ!?」
受け手の冒険者は、何故か恐慌した表情で武器を振り回す。
「ゴブリン相手に何を慌てている……!?」
今はレオスダイト自身もゴブリンの一種なのだが、滅茶苦茶振り回していた甲斐あってか鉈状のブレードが敵に命中し、なかなか致命的なダメージを与えるに至る。
刃が、ゴブリンの頭部に深くえぐり込まれる。
あれでは普通に致命傷だろう。
と思った矢先……。
「……ん!?」
ゴブリンがおったはずの致命傷が見る見る回復していく。
食い込んだ刃が押し返されるようにして体外に排出され、最後に傷は最初からなかったかのように消え去ってしまった。
「ひぃいいいいいいッ!?」
それを目の当たりにした冒険者、ますます恐怖して腰を抜かす。
他の冒険者たちも……。
「なんだ、なんだぁーッ!?」
「死なない!? 首を切っても頭を割っても、全身焼き尽くしてもぉーッ!?」
「仕方ない引け引け! 不死身の敵なんかと戦っていられるかああッ!?」
混乱に陥って、とても戦線を維持できない。
どうやらここで戦っているモンスター全部が、たとえ致命傷を受けてもすぐさま全快するようになっている。
「どういうことだ? これも我らがマスターの御業なのか?」
「究極的にはそういうことだろうが、直接的な原因はあの子にあるらしい」
「あの子?」
レオスダイト、僅かに視線を巡らせ、すぐに一点に気づく。
「そうかあの子か……!?」
「ボクはトムッキー」
彼ら同様に、ダンジョンマスターの秘術によって甦った再生英雄。
その一人トムッキーが、いつの間にかこの中層エリアに現れていた。
「ボクはトムッキー」
そして彼の表面から発生する白い気のようなものが、味方たるモンスターを覆い、負った傷をすぐさま治癒再生させている。
「回復魔法? 彼は回復術師だったのか!?」
「いや、標準的な回復魔法とは毛色も違うし、効能も桁違いだ。普通回復魔法に致命傷を治癒させる強さはない。しかし彼はそれを成している。しかも瞬時に」
「ボクはトムッキー」
普通とは明らかに違う治癒能力が、フィールド全体を覆っているらしい。
それが味方というべきモンスターたち全員に効果を及ぼしているのだ。
「私も回復魔法は使えるが、とてもこれほどの効果は出せんぞ? ……えいッ!」
「あいたッ!? なんです? なんで殴るんです!?」
「おお! レオスダイト殿のたんこぶも見る見る治っていくぞ。味方全員に及ぶ効能やはり我々にも作用しているようだ」
「たしかめるにしても、もっと他にやりようありませんでしたか!?」
スライムやゴブリンは最弱モンスター。
大クランのベテラン冒険者なら反撃一つも貰わず倒すことができる。
それでも、どんなに致命傷を負わせようと即全快し、永遠に襲ってくるとなれば話は別だ。
最弱でも最悪の脅威になりえる。
「ボクはトムッキー」
「ただ者ではないと思っていたが、想像以上の猛者だな」
回復魔法を遥かに超える回復効果の使い手トムッキー。
彼の支援を受ければ最弱でも最強を倒しうる。
現状四人の再生英雄の中で、彼がもっとも恐ろしい存在なのかもしれなかった。
トムッキーが後押しする不死身の最弱モンスター軍団は、いともたやすく大クラン戦線を瓦解させ、さらなる浅層部へ追い込んだ。
そしてもう、その時点で勝敗は決した。
地下一階にある敵本陣は、『グレイテスト・ショーガール』アンドゥナによって既に制圧済みだったのだから。
◆
「あら、随分ゆっくりしてたのね」
「うわっ」
地下一階まで上がってきた瞬間、目に入った光景にレオスダイトは声を上げる。
アンドゥナが、持ち上げた一人の男性を執拗に殴り続けていたから。
というか今も殴り続けている。
ガシッ、ガシッ、ガシッ、ガシッ、ガシッ、ガシッ……。
というリズムで。
レオスダイトたちが上がってくるまで一体、いったい何度あの顔を殴り続けていたのか。
それとも何十度か。
既に相手の顔は血まみれで原形をとどめておらず、どこが目鼻で、どこが口かもわからない。
時折ビクリと痙攣するので死んではいないと思われる。
「大丈夫よ、私もマスターの御指示を破るつもりはないから。この子も見た目は酷いけれどもちゃんと死なないように調節してあるわ」
「死ななければ何をしていいというわけでは……!?」
「あらやだー、折れた歯が何本も拳に突き刺さってるじゃないー。気づかなかった。トムッキーちゃん治してー」
「ボクはトムッキー」
もはや本人確認も容易ではないほどに顔の歪んでしまったバーゲミスト。
それをもう『興味が失せた』とばかりに放り投げ、あとに残ったのは静寂ばかりだった。
「そういえばここで遊んでいる間、逃げてくる人を一人も見かけなかったわねー」
「当然だ、マスターから受けた指令は完璧に履行する。討ち漏らしなどあってたまるものか」
実際、深層部で戦線崩壊し地上へ向けて逃走しようとした冒険者は多くいたが、誰一人として逃がすことはなかった。
レオスダイト、フューリームの二強も加わり、トムッキー完全瞬時回復の支援の下に蹂躙されれば誰一人として逃げ出すことかまわない。
あっという間に全滅させられ、スラブリンに飲み込まれて拘束されてしまった。
『ピピピピピピッ!!』
「あらあら、こんなに飲み込んでご苦労様ー」
あとからスラブリンが拘束した人数分だけ分裂し、それぞれに捕縛者を飲み込んでいる。
それがぞろぞろと、あとからあとから下階より溢れ出てくる。
「あとは、この者どもを外界へ放り出すのみよの。歯応えのない仕事であったわ……」
「しかし、我らチームの初仕事がこの上なく好ましい形で完遂できた。それは喜ばしいことだ。マスターへの面目も立つ」
「そういうところ真面目な人ね。やっぱり元『哭鉄兵団』だけはあるわ」
「ボクはトムッキー」
この四人、ダンジョンにおける扱いはゴブリンである。
『剣聖ゴブリン』『大賢者ゴブリン』『舞姫ゴブリン』『アトランティックゴブリン』の呼称でダンジョンには登録されている。
人間側の鑑定スキルを通してもそうした呼称が出るだろう。
しかし、その戦闘力は通常のゴブリンを遥かに超えて、上級モンスターをも凌駕する。
いずれも生前の英雄たちの記憶と才能を引き継いだ強力素体。
さらにモンスターとして心象エネルギー注入処置を受け、レベルも格段に上がっているから純粋な戦闘能力も生前以上だった。
「さて、では戻ってマスターへ報告するか。吉報を届けられるということは心軽いものだ」
「その前に……」
大賢者フューリームが呟いた。
この賢く、言われた以上のことをやりたがる男。
「我らでもう一押ししておかぬか? きっとマスターもお喜びになることが起きると思うが」




