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44 バーゲミスト、始祖と出会う

 大クラン『シルク・ド・ルージュ』の長、バーゲミストは上機嫌であった。

 少なくとも『枯れ果てた洞窟』攻略が開始されてすぐの頃は。


「ぐっふふふふふふ……! ダンジョンマスター、ワシがダンジョンマスターか……!!」


 その耳新しい存在がもたらす富を想像し、胸躍らせる。

 傍に侍るラランナの尻を撫でながら吉報を待つつもりでいたのに……。



「何故だ……? 何故どこからも報告が上がってこない……?」


 途中までは淀みなく報告が上がってきていた。


 地下二階への階段を確保、地下三階を確保……と。バーゲミストが陣取る地下一階の本陣へ吉報が届けられていた。

 それが途絶えたのはいつ頃からか。


 そして一旦途絶えてからは何の音沙汰もなく、気まずい沈黙が続いてばかりだった。


「あの……、クラン長? 手が、その……!?」


 停滞の苛立たしさのあまり、バーゲミストの手に力がこもる。

 その手で鷲掴みにされているラランナの尻は痛みで堪ったものではなかった。


「もしよければアタシがいって状況を確認してきましょうか? アタシはつい先日まで密偵としてこのダンジョンを出入りしてきました。構造も状況もクラン内の誰より把握しています」

「そうだな、頼むか……」


 大男の手が尻から離れてホッとするラランナ。

 今はこの野心家と距離を置いておくのが安全と、そそくさダンジョン奥へ降りようとする。

 そのタイミングであった。


 彼女の進もうとしている方向から逆に誰かが駆け込んできたのは。


「報告! 報告いたします!!」

「おお、やっと来たか!?」


 待ちに待った伝令であり、沸き立つバーゲミストとは対照的に密かに舌打ちを漏らすラランナ。


「攻略状況はどうなっている? もう地下五階は落としたのだろうな!? 時間がかかりすぎているのではないか……!?」

「そ、それが……!」


 伝令が告げる言葉は、バーゲミストの期待とはまったく異なるものだった。


「攻略第一陣は全滅しました」

「なにぃッ!?」


 目を血走らせるバーゲミスト。


「バカを言うな! 第一陣には『三遊侠』がいたのだぞ! そう簡単にやられるはずが……!?」

「地下六階から、詳細不明のモンスターが現れまして……、抵抗虚しく全滅に……! それからモンスターどもが攻勢に転じ、地下四階地下三階の拠点も放棄せざるを得なくなりました……!」

「なんと、そんなッ!?」

「現在地下二階を防衛線にしていますが、長く支えきれそうにありません。撤退を指示してください団長……!」

「バカな……、バカな……ッ!?」


 バーゲミストは信じられない。

 今回の『枯れ果てた洞窟』完全攻略のために引き連れてきた戦力は、クランの中でも選りすぐりの最強冒険者たちだった。


 それはダンジョンマスターとなることでの利益に対する期待、それを阻むガーディアンへの警戒を込めて全力投入であったが、だからこそ本当の戦いは最下層に到達してからだと思っていた。


 その最下層に着くことすらなく戦線が瓦解するとは。


「……ッ! ラランナ、ラランナ!!」


 激情に任せて女密偵の胸ぐらを掴む。


「どういうことだ貴様!? このダンジョン内部自体は代わり映えなく簡単に攻略できると言っていたではないか!?」

「ち、小さな変化が起こっているという報告はしたはずですよ!? 冒険者を罠にハメる小賢しいスライムがいるって……! でもそんな小物一種でクランの精鋭が蹴散らされるなんてことは……!?」


 バーゲミストとラランナが言い合いする最中のこと。

 安全と思われていた本陣にまで、危険の影が忍び寄ってきた。


「芸人は怒声など発してはダメよ。たとえ舞台裏であってもね」

「ッ!?」


 どこからか降ってくる謎の声に、バーゲミストは混乱する。


「おい、今の声……なんだ?」

「アタシにも……!?」


 バーゲミストもラランナも初めて聞く声の質。


「綺麗な声……!?」

「そんなこと言ってる場合……ッ!? ……うむ、そうだな」


『シルク・ド・ルージュ』上位メンバーである彼らは、芸に繋がる類の美しさについ気を引かれてしまう。


 身体の躍動感、手先の器用さ、そして声の質。

 今どこからか降ってきた声はまるで鈴を転がして鳴る音色のようで、歌姫として舞台に上げれば大喝采が見込めそうであった。


 次に、上方から飛び降りてくる影。


「おおッ!?」


 着地の際、一切音が鳴らなかった。

 羽毛が舞い降りたかのような、人体の重さを一切感じさせない身のこなし。


 その動きにバーゲミストは目を奪われた。

『シルク・ド・ルージュ』のクラン長として目の肥えた彼が。


「女……、一体何者だ……!?」

「アナタたちのやりようは見させてもらったわ……」


 舞い降りてきた女……アンドゥナが言う。


「実に見苦しい。これが『シルク・ド・ルージュ』のショーだなんて悪夢だわ」

「なッ!?」

「アナタが今の『リングマスター』らしいわね。……だけど、アナタはその肩書きに値しない。『シルク・ド・ルージュ』の理念をまったくわかっていない」

「なんだとッ!?」


 バーゲミストは激しく動揺した。

 唐突に現れた見ず知らずの女に、自分自身を否定されたのだから。


「何を……、何を知った風な口を……!?」


『シルク・ド・ルージュ』のクラン長に就任してから十年以上。それ以前のクランメンバーだった時から数えれば二十年以上。

 それほどの長い時間を『シルク・ド・ルージュ』で過ごしてきたバーゲミストは、誰よりもこのクランを理解し、愛している自信があった。


「それを貴様のような小娘が否定するか!? 何様のつもりだ!?」

「わかっていないのが違うというなら、忘れてしまったのね。わかるわ、人は大事なことほど忘れてしまうんだから」


 タタンッ。

 いきなり小気味のいい音がダンジョンに鳴り響いたのでバーゲミストは驚く。


 そしてすぐ、問題の女がかかとを踏み鳴らした音だと気づく。


「歌は祈り。踊りは儀式」


 タタンッ。

 再び小気味いいかかとを踏み鳴らす音。

 段々とリズムを刻み……。


「アナタにまだ見込みがあるなら思い出させてあげる。『シルク・ド・ルージュ』が何故クランとして立ち上がったのか。……思い出せないなら死になさい」

「何をッ……!?」

「人の想いが途絶えたというのに、その入れ物だけが残り続けるなど見苦しすぎるわ。せめて一欠けらも残さず砕き尽くすのが、私がこの世に戻ってきた意味なのかもね」

「団長! ここはアタシが!」


 主を守るように飛び出すラランナは、既にその手に鉄球を握っていた。

 投げ放てば人体ぐらい簡単に貫通して絶命に至らしめる鉄球。


 それを両手から八つ。

 同時に投げ放つ。


「レンコンにでもなりなさい!」

「初歩的な手品ね」


 その場でタンとステップを踏むアンドゥナ。

 それだけで命中したはずの鉄球が彼女の体をすり抜け、遥か後方へと飛んでいく。


「は?」

「ダンサーの動きを極めれば、武術の極意と重なってくるのよ。未熟なアナタに私を捉えることは不可能」

「ごべえッ!?」


 いつの間にか接近していたアンドゥナが、ラランナの腹部を殴りつける。

 みぞおちに手首まで沈み込み、あえなく崩れ落ちるラランナ。


「うおッ、おおおお……!?」

「『シルク・ド・ルージュ』の理念とは、ダンジョンという孤独に飲まれ、乾き飢えていく冒険者の心に僅かでも潤いを取り戻すこと。つまり相互の支え合い、思いやり合い。……アナタのように私欲に眩み、己が野望のために団員の命を注ぎ込む人など『リングマスター』に相応しくない」

「どういうことだ!? 本当になんなんだお前は!?」


 言いつつバーゲミストは既に気づいていた。

 目の前の謎の女が刻むリズムの美しさに。


 ここまで美しいリズムで体を舞わせられる女性は『シルク・ド・ルージュ』の中にもいない。

 事実、今倒されたラランナは『シルク・ド・ルージュ』の中でも指折りの舞踏家だったのに、あの女の前では手も足も出なかった。


「何者だ……!? せめて、せめて名前を……!?」

「……アンドゥナ」


 その名を聞いた瞬間、バーゲミストは雷に打たれたように痺れた。


「アンドゥナ!? まさか!?」


 その名にバーゲミストは聞き覚えがある。

 知らないわけがない。


 彼が預かる大クラン『シルク・ド・ルージュ』。その創始者の名前こそがアンドゥナであったのだから。


「史上最高の踊り手、歌い手、そしてパフォーマー……!? 同時代だけでなく後世からも敬われる、『グレイテスト・ショーガール』アンドゥナ!?」

「自分の死後にまでファンがいてくれることは嬉しいけど、後継者には恵まれなかったわね。私のクランを腐らせた罪を、ここで償いなさい」


 美しい舞いの動きから繰り出される、硬く握りしめた拳。

 それを顔面に受けてバーゲミストの意識は闇に落ちていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アンドゥナが初代のリングマスターとは!? ってか、なんでこんな凄い人達が何もないダンジョンに来てるのよ!
[良い点] まさか…とどめがグーパンチとは(笑) [気になる点] あと一人…厨二っぽいアイツは… [一言] 「ごべえッ!?」 …どんな美女も、呻き声はこんなモンだ(苦笑)
[一言] 関係者だろうなとは思っていましたが、さすがに始祖は予想外。 ……どこが「しがない木っ端」やねん!
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