42 迎撃態勢が整ったので
『ピピピピピピピピッッ!』
「さすがです隊長!」
「隊長の存在はありがたいですな」
「隊長に心から敬服いたしますわ!」
新たな再生英雄を製造してから数日。
心象エネルギー注入などによって基本的な強化が完了したフューリームさん、アンドゥナちゃん、トムッキーくんは……。
何故かスラブリンを崇め立てていた。
しかも先に生成されたレオスダイトさんまで一緒になって。
『ピピピッ! ピピピピピピピッ! ピピッ!』
「素晴らしいです隊長!」
何故かスラブリンを隊長呼ばわり。
アイツがリズムに乗って飛び跳ねるたびに拍手喝さいを送っている。
「なんなんだ……?」
「モンスター同士で連帯感が芽生えているのでしょう。もっとも通常モンスターにそこまで連帯意識はないはずですので、【合成】で生み出されたものの特性ではないかと」
「そう……!?」
どんな時でも冷静に分析するナカさんだった。
「その中でもスラブリンは最初に生み出された【合成】モンスターですから、先輩として認識されているようですね」
先輩……!
なんとも甘美な響き。
スラブリンも得意がるのは当たり前か。
得意になりすぎて、あんなステップを披露しているのも有頂天の証。
「先輩! こうですわ! ステップを刻むのが大事ですわ!」
そしてクラス踊り子というアンドゥナちゃんがレッスンして、スラブリンのステップがさらに洗練されていく。
あの邂逅が行き着く先は何だろう?
「……ボクはトムッキー」
「はいはい」
そして、この少年は相変わらず不気味だった。
大丈夫なのだろうか?
俺自身が創造しておきながら、この集団の行く末に不安を拭い切れない。
「ねえねえ、楽しく遊んでいるところ悪いんだけど……」
「楽しく遊んでいる!?」
そう見えたか!?
……というのは置いておいて、テルスからなんか話しかけられた。
彼女もダンジョンのサポーター役が板についてきて、俺やナカさんの代わりにモニタを操りダンジョン内部の監視など行っている。
「ダンジョンに妙なヤツが入り込んできてるんだけど……!?」
「妙なヤツ?」
促されてモニタを覗いてみると、たしかにダンジョン内をわさわさ這い回る冒険者の集団。
数も多いが……、それ以上に問題なのは、連中が冒険者とは思えないハデな格好をしていることだった。
「ホントに妙なヤツだ!?」
中にはお手玉しながらとか、玉乗りしながらダンジョン内を探索して……!
ダンジョン内で何してんだコイツら!?
「あッ、『シルク・ド・ルージュ』の人たちだこれ!?」
「マスター何かご存じで?」
さすがにナカさんも、この奇矯すぎる侵入者の群れに若干引き気味だった。
「俺も現役時代、何度かすれ違った程度なんだが……!?」
『シルク・ド・ルージュ』は『哭鉄兵団』にも並ぶ大クランの一つ。
規模、ダンジョン探索能力、一度の探索で上げる利益の量などいずれもトップクラス。
冒険者業界で敬われないことなどないという大組織ではあるが、それに加えて妙な奇癖によって有名なクランでもある。
「なんでサーカスの格好なんかしてるんだろうな?」
どう考えても無駄だろ、あのパフォーマンス?
もっと真面目にダンジョン探索したらリソースを全部必要なことに向けられてより成果が上がると思うんだが?
「ダンジョン探索においてもっとも危険なのは、心が潤いを失うことですわ」
「えッ!?」
なんか隣に寄ってくる人がいると思ったら……。
再生英雄の一人、踊り子アンドゥナちゃん?
「ダンジョン奥部まで進む道程は苛烈。妨害するモンスターや罠よりも、純粋な距離こそが難敵です」
「それはまあ……、わかるが……!?」
俺だって元冒険者だしね。
上級ダンジョンになってくると二十階層とか三十階層とかザラだし。
そんな中をいいアイテムが出てくる奥部まで行くと片道数日なんて普通にかかる。
探索期間中、単調な景色と死に隣り合わせの緊張感で、冒険者の心は加速度的に乾いていくんだよなあ。
その消耗は想像以上に深刻で、身体に異常が出なくても冒険者の引退年齢は驚くほど早い。
心が摩耗し尽くした結果だと言われている。
「『シルク・ド・ルージュ』は、そうした精神面での問題に取り組んだ結果、立ち上げられたクランです。ダンジョンの奥底でも提供できる娯楽を、乾いた心に潤いをということで、クランの団員たちは芸を磨き、笑いを誘うのです」
「そんなもっともらしい理由が……?」
たしかにダンジョン探索に、娯楽は意外と必要不可欠。
道具袋に忍ばせたカードゲームがどんなに救いとなることか。
そういえば過去何度か『シルク・ド・ルージュ』所属のパーティとすれ違った時も、こっちのパーティの同行者たちがフレッシュな表情になったりしてたな。
「そんな重要な役割を担うからこそ、クランとして巨大に成長したという事実も……?」
「あるかもしれませんね」
頷くアンドゥナちゃん。
何その意味ありげな佇まい?
「……いや、そんなこと語っている場合じゃなかった!?」
問題は、その『シルク・ド・ルージュ』の冒険者たちがウチのダンジョンに雪崩れ込んでいるということだ!
規模凄いぞ?
こないだ来た『哭鉄兵団』の調査隊よりもっと大きい!?
「しかも動きに迷いがないな……、真っ直ぐどこかを目指している?」
「次々階層を進んでいきます。目的地は最下層では?」
マジかよ!?
またしても大クランが我が本拠に目掛けて、なんで!?
「まあ、俺がいるからなんだろうけど……!?」
俺がダンジョンマスターに就任したことが、様々な形で世界に影響をもたらしている?
しかし、その影響が『シルク・ド・ルージュ』にまで伝播したプロセスはなんだ?
そこがわからない。
「あッ」
思索中に上がる、テルスの声。
「ねえねえアクモくんッ! あれ見て!」
「あれ? どこ?」
「四番のモニタよ! あそこにラランナが映ってる!」
ラランナ?
かつて俺たちのパーティにいた回復術師のラランナか?
四番モニタってどこ?
いま面前には、ダンジョンのいたるところに侵入する『シルク・ド・ルージュ』の動向を映し出すために複数のモニタが空中展開しているんだが……。
ナカさん。
絶えず映したり消したりするの待ってもらえませんか混乱する!?
「あー、あれかあれか。……えッ? 何あの格好!?」
久々に見たラランナの服装が滅茶苦茶際どい!?
体のラインは浮き出まくりだし、ネックが深くて胸の谷間が見えちゃってるし、とにかくなんかエロイ!?
しかもなんかやたらごついオッサンに寄り添って腰を撫でられてるし。
なんと破廉恥な!?
「あれは女性の軽業師が好んで着込む衣装ですね」
「まさかの解説があった!?」
解説はアンドゥナちゃんによってお送りされております。
「セクシャルも立派な娯楽でありパフォーマンスですから、みずからの武器を最大限利用する配慮は、パフォーマーには必須です」
「そうですか……!?」
いやそれよりも。
今は思案推測よりも、目の前の脅威にどう当たるかが重要ですよね!
「相手の目的は明らかに最下層を制圧すること。恐らく、ダンジョンマスターの存在が漏れたと考えるべきか?」
「地上の人間にとってダンジョンから発掘されるアイテムは巨万の富に変わります。ダンジョンマスターとなって、そのすべてを掌握したいと思うことは自然です」
「だからダンジョンマスターの存在は秘密にされてるのよね?」
というテルスの指摘に、俺もなるほどと頷く。
ケルディオとゼルクジャースさんを地上に帰した時にも『ここで知ったことを他人に話してはならない』と魔法を使ってまで誓わせた。
ダンジョンマスターの万能を知れば、少なくない人間が目の色変えて最下層、さらにその先にある最深部を目指す。
それはダンジョンマスター当人にとっては自分の立場を揺るがす好ましくないことで、かつ最下層の防備に注力もしなければいけない煩わしいことでもあった。
「だからダンジョンマスターは、自分の存在を秘密にするんだな……!?」
「知られていいことは特にありませんね」
しかし『シルク・ド・ルージュ』の連中は知っている。
それは真っ直ぐ最下層を目指す動きから見ても明らかだ。
漏らしたのは……ラランナ?
あのどっぷりクランの雰囲気にハマった様子は、最初からあっち側の人間だったという証拠。
何か情報を探るために送り込まれたスパイだったか!?
「あまり好ましくない状況ですね。我らがダンジョンはまだまだ階層も少なく、迎撃態勢も万全とは言えません。それが相手からも『御しやすい』ととられたのでしょう」
それが快くないのか、苛立ちの気配を見せるナカさん。
たしかに俺のダンジョンは、まだまだ未完成だ。そんな状態で最深部を攻められ続けることは危険ということでナカさんも極力秘密にしたかったのだろう。
しかし、俺のダンジョンだっていつまでも未完成ではない。
かつてはない頼もしい防御機構もあることだ。
今回はそれを発揮して、侵入者を撃退してみようではないか。
なあ、皆!?




