40 統率長ケルディオ、襲来を受ける
『哭鉄兵団』第七統率長ケルディオは、いまだ『枯れ果てた洞窟』を直営するギルドに留まっていた。
調査を終えてクラン本部に戻るはずが、帰還を伸ばし伸ばしにしてまだとどまっていることには理由があった。
ダンジョン内に現れた謎のゴブリンについてである。
ゴブリンとはとても思えない体格、強さ、そして性格の爽やかさからすぐさまケルディオへと報告が上がり、彼みずからたしかめに行った。
すると大クラン幹部である彼ですら苦戦するほどのゴブリンの強さ。
いや実力は向こうの方が上だった。
格上に当たるつもりでなんとか食い下がるのが精いっぱい。
「これまでの未熟者たちより多少は骨があるがまだまだだな! 全身の筋力を使いきれていないぞ、減点一だ!」
「す、すみません!」
という感じで敵ゴブリンにしごかれる形にしかならない。
鑑定によれば『剣聖ゴブリン』という名前の変異体ゴブリン。
そんな相手と剣を合わせるのは想像以上の鍛錬となり、それ以降ケルディオは毎日のようにダンジョンに入っている。
例の剣聖ゴブリンに剣技を教わるために。
「……ふう、今日も実りある探索だったな」
探索という名の剣術修行。
……を終えてダンジョンから出てくるケルディオ。
クラン幹部となるほどの腕前を整えた彼が他者の教えを乞う機会は少ない。
ゆえに今以上に練達するなら我流しかないのだが、それだけに今の状況はこの上なく恵まれていた。
「きっとアクモが何かしたのだろうが……」
彼だけが知る裏の事実。
しかし、旧友の健やかな生活のために口を噤むだけだった。
共にダンジョン最奥まで下りたテルスはそのまま残り、一緒に帰還したゼルクジャースは先んじて『哭鉄兵団』のクラン本部へと戻っていった。
報告と、そしてアクモに代わる新たな後継者を選定するためだった。
だから報告自体は急ぐ必要もなく、まだ『枯れ果てた洞窟』に留まっていても問題ない。
これをいい機会と自分の腕を徹底的に磨き直すのもよいかと考えていた。
その最中であった。
『枯れ果てた洞窟』を中心とする状況の変化は、彼自身の想定を超えるほどだということを身をもって知る。
◆
「ヤツらは……!?」
ギルドへ戻ってきたケルディオが目撃したのは、荒唐無稽の集団だった。
見た目が派手で、騒がしい。
そして数十人といた。
着ている服のガラは目まぐるしく、しかも目がチカチカするような原色で埋め尽くされていた。
手に持っているのは軽快な音を奏でる楽器、あるいは目を引く遊具。
明らかに誰かに見られること、聞かせることを意識した団体は、いわゆるサーカス……。
「あれはまさか……!?」
そしてケルディオは、冒険者の業界でサーカスを気取る輩に心当たりがあった。
冒険者が協力してダンジョン探索に取り組むために結成される大集団……クラン。
数多く存在するクランの中でも選り抜きの規模を持つ巨大冒険者集団。それを大クランと呼ぶが、その大クランの呼び名に相応しいのは現状、ケルディオのいる『哭鉄兵団』を含めても三つしか存在しない。
その三つのうちの一つ……。
『シルク・ド・ルージュ』。
あのようなふざけた出で立ちでギルドを訪れる者たちは、他に心当たりがなかった。
「何故アイツらが……!?」
苛立ちと共に言葉を吐くケルディオだったが、すぐに察しはついた。
同じ大クランである『哭鉄兵団』の彼ですら、こうして『枯れ果てた洞窟』を訪れている。
彼がここに来た口実は、最近になって不可解な変化を見せ始めている初心者ダンジョンの調査。
大クランともなれば、いかなる小さなダンジョンの小さな変化と言えど興味を持ち、徹底して調べ上げるのが普通であった。
ダンジョンから少しでも価値あるものを持ち帰り、利益に変えることこそが冒険者の生業なのだから。
同じく大クランの『シルク・ド・ルージュ』が同じような調査行動をとったところで何の不思議があろう。
その中でケルディオは……『旧友アクモの探索』という個人的動機を便乗させていの一番にやってきたわけだが、追っ付け他の大クランもやってくることは想定の範囲内。
……にしておくべきであった。
「この分だとあと一つ……『創世の夜明け団』もそのうちやって来ることだろうな……!」
小さい独り言を呟くケルディオ。
「相手にするなよ。大クラン同士の抗争など洒落では済まんからな」
「統率長……!?」
しかし無視するわけにもいかないので、ケルディオが代表して相手に近寄る。
「あまり近寄りたい相手でもないのだが……!?」
ギルドに滞在手続きをとっている最中なのであろうが、待ってる間もジャグリングしたり、楽器を奏でたりと変な意味で忙しない集団だった。
「なんでこんなふざけているのだ……!?」
ケルディオは、自分たちと肩を並べる大クランの一角が、これほどまでに真っ当な冒険者の姿からかけ離れていることに理解が及ばなかった。
理解したいとも思わない。
冒険者の道に踏み込んでから剣士一筋に生きてきた彼はストイックであった。
「挨拶も短く切り上げて、あとは関わらないようにしよう……」
そのためにはまず相手側の代表者を見つけなくてはならないが、ケルディオからは誰を見ても同じ道化にしか見えないので手間取る。
どうすべきか困っていると……。
「おーおーおー!」
その場全体に響き渡る野太い声。
「そこにおわすは『哭鉄兵団』の俊英ケルディオ殿ではないか! 奇遇奇遇! いや奇遇でもないか! どうせ同じ目的で来たんだろう!?」
周りに聞こえるのもかまわず大声で騒ぎ立てるのは、声にも負けない隆々とした体躯の大男。
豊かな黒ひげを蓄え、頭を布で包んだその風体は他のクラン団員のようにひょうきん。
戦闘者の出で立ちではない。
それに加えて両脇に年若い女を侍らせていて益々浮かれた様子だった。
「……アナタは」
ケルディオは顔を顰める。
見覚えがあったこの男は、大クラン『シルク・ド・ルージュ』を取りまとめるクラン長。
『リングマスター』を名乗るバーゲミストであった。
「クラン長がみずから……!?」
まずそのことに驚くケルディオ。
彼の『哭鉄兵団』ですら幹部であるケルディオが直接出向いたのは彼の私情が絡んだ先走りに過ぎない。
初心者ダンジョンの変動調査など、それこそ本来下っ端にやらせておけばよく、クランの頂点、クラン長が出てくるなど万に一つもありえなかった。
しかしそのありえぬことが実現している。
「ぬがっはははははは! ワシがここにいることがそんなにおかしいかな!?」
「ええ、まあ……!?」
クラン長バーゲミストは、大柄な体格の割に表情を読むのに長けている。
伊達に大集団をまとめる役割を負っていないということか。
そして指摘にバカ正直に答えすぎるケルディオ。
「まッ、気まぐれみたいなものだ。我らが『シルク・ド・ルージュ』は愉快が信条のクランなのでな。面白優先で意味のないこともするものだよ!」
「愉快、ですか……!?」
「真面目一徹の『哭鉄兵団』にはわからないかもしれんがな! キミもユーモアを学びたまえユーモアを! まっすぐ進むだけがダンジョンの攻略法じゃないってことだ!」
「そうかも、知れませんが……!?」
迫力と勢いに圧されて反論の言葉も浮かばないケルディオ。
「では『リングマスター』も、『枯れ果てた洞窟』で起こった変化の調査に……?」
「まあな。特に今回、珍しいものが発見されたそうじゃないか。ワシもそれを是非とも手に入れたくてねえ」
「それは……ッ!?」
鉄晶剣のことかと思ったが、バーゲミストのクラスは剣士ではなかったはず。
剣士でもないのに剣を手に入れて何の意味があるのか。
「では別の……!?」
「じゃあ、ワシらも早速ダンジョンに潜ってこよう。戻ってくるときには『リングマスター』ではなく別のマスターになっているかもな?」
ぞろぞろと団員を引き連れていくバーゲミスト。
その時ケルディオは一瞬だがあることに気づいた。
クラン長バーゲミストに侍り、肩を抱かれている女性。
その顔に見覚えがあると。
最近の記憶であった気がする。
「そうだ……!?」
アクモの捜索のために『枯れ果てた洞窟』に入った時、彼の失踪直前パーティメンバーの一人にヒーラーの若い女性がいた。
あの時の法衣と違い、やたら体表のラインが出る露出度の高い服装であったが……。
彼女と同じ人物ではないか。




