39 再生英雄が増えたので
新たに創造した三人の再生英雄を前にして俺。
これからどうすべきか考える。
「フューリーム? アンドゥナ? トムッキー?」
……いかん。
どれも知らん名前だ!?
彼らは過去実在した人物で、『枯れ果てた洞窟』の最下層まで到達してしまったがためにタフーにやられた人々。
しかしそこに至るだけでも相当な実力の持ち主で、自然名前だって後世に語り継がれているはずだった。
最初に再生させたレオスダイトさんみたいに。
しかし俺、新人の三人をまるで知らない。
これはいかん。
後世に知られていないと知ったらきっと彼ら落胆してしまう!
「あーあー! アレね!? そうそう、アレアレ! 知ってるよ! そうアレ!」
こんな感じで場を持たせるも時間稼ぎにしかならない!
くそッ! これはどうやって切り抜けたものか!?
「えーッ!? フューリーム!?」
そこへ現れたテルスが救いの女神のように思えた。
「知っているのかテルス!? いや! 俺も知っているけどね! 知ってるけど、説明よろしく!」
「フューリーム様と言えば、私のような魔法職なら知らない者のいない偉大なお方よ! あらゆる魔法を極めし大賢者フューリーム!!」
以下テルスの説明を引き継ぐと……。
今から百年以上の昔、魔法職において過去最高と呼ばれる使い手が存在したという。
それこそが大賢者フューリーム。
魔導士と回復術師、双方の魔法を自在に使いこなし、単独でダンジョンの奥深くへと進み、最上級魔法の書を見つけ出しては我がものとし、無敵の強さを誇った。
同時代人は彼を敬い恐れ『真理を知る者』『重ねて偉大』という称号を奉った。
彼が史上最初に会得し、そのまま後世に伝わらず消えていった魔法すらあるという。
そして彼自身も。
「伝承によれば大賢者フューリームはある時忽然と姿を消して、以来二度と現れることがなかったと聞くわ」
同時代の人々は『新たなる真理を求めて別世界に旅立ったのだ』とか『この世の知識を極め尽くしたために満足して入滅したのだ』とか言われたのだという。
しかし実際は……。
「ここにいて再生されたってことは……!?」
「左様、私はここで死んだのです」
そんな気軽に言うことなの?
「生前……私は天狗になっておりました。この世のあらゆる魔法を極め、知らぬことなど存在しない。……愚かにもそう思ってしまっていたのです」
フューリームさん、当時のことを懐かしむように語る。
「これ以上の知識を得るには、誰も到達に至らなかった世界。……そうダンジョンの奥底よりさらに果て。そこに行くしかないと思ったのですな。それでとりあえず奥底まで行くのにもっとも手間のかからぬ『枯れ果てた洞窟』に挑んでみようと……」
それでタフーとかち合って、このザマというわけですね?
「いやあ、ガーディアンに魔法がまったく通じないなど思ってもみませんでしたのでな。私など魔法が役立たねば完全にただのジジイですわい」
「アタシのクリスタルボディは退魔力カンストだからね~、相手が悪かったね~」
タフーと共にカラカラ笑う大賢者。
そんな軽い失敗談調でいいの? 自分の死に際を!?
「それでもおじいちゃんは健闘した方だよー。魔法がまったく効かないアタシ相手に三日も粘って、一時押し返した時もあったからねー。だからこそ強敵認識したんだよー」
「それは光栄ですわい!」
なんで自分を殺した相手に、そんな朗らかなんですか?
これが極限のさらに先を極めた冒険者の感覚なのだろうか?
俺のような凡俗冒険者の理解の範疇をさらに飛び越えていて怖い。
「しかし、ガーディアンを越えた先にはやはり私の期待した通りのものがあったのですな」
「え?」
「ダンジョンマスターという支配者の存在。ダンジョンの中にあるあらゆるものを統括する。それこそ私が求める究極の知識でした」
ダンジョンの中は、地上よりも広い。
そんな言葉がある。
無論総面積、総体積では外の方が断然広いのではあるけれど、ダンジョンに内包されている不思議は、地上すべてを集めたものより遥かに大きい。
それはフューリームさんのような知識マニアにとって心動かされないわけがなく、生涯をかけて挑む命題に相応しかった。
「結果、道半ばにして果てましたが私は後悔しておりません。私は最期のその時まで己が性分を貫き通せました。そして今またチャンスをいただけた」
「はあ!?」
「私が追い求めたダンジョンマスター。その御辺に侍ることができこのフューリーム望外の至福! 生前道半ばで終わった知識の探究を続けるためにもマスターの手足として働かせていただきますぞ!」
「お、おねがいしまーす」
仕事にモチベーションが重なるのはいいことだった。
大賢者フューリーム。
彼が我がダンジョンの防衛チームに加わったことを喜ぶとして……。
「次は私の紹介ですね」
次に出てきた再生英雄は女性。
たしかアンドゥナと名乗っていたが……。
「あー、はいはい知ってる知ってる! アンドゥナちゃんでしょ! 知ってるよ、知ってる!」
「さっき自己紹介しましたものね」
バレていた。
この彼女、顔の造りそのものは少女のように無垢なのに、浮かべる表情には妖しさが付きまとう。
やっぱりただ者じゃないってことなんだろうな!?
「私アンドゥナは、生前踊り子を務めておりました。ダンジョン探索に疲れ果てた冒険者たちを慰める、しがない生業にすぎませんわ」
そ、そうなの……!?
「だからマスターが私の名を存じ上げなくてもまったく問題ないのです。どうか堂々とおかまえください」
「そ、そう、そう言われると助かる!!」
俺は存じ上げなくて内心動揺していたことまで見抜かれていた!?
恐るべし、この踊り子。
「しがない木っ端でしかない私ですが、身につけた芸には自信ありますよ。踊りだけでなく歌も歌えます。生前は『歌姫』などと誉めそやされていたものですわ。それから奇術も」
「た、多芸なんですね……!?」
そう言うので精一杯だった。
「マスターの御所望とあればいつでも一曲吟じて差し上げますわ。アナタのお力で再び現世に帰ってきた以上、私の身も心も、すべてマスターの所有物なのですから……」
薄い微笑み。
その口元の動きでうっすら浮かび上がる唇の艶に、ゾクリとした。
「なんかあの人……、苛つくわね……!?」
「マスターのお傍に置いてはいけない感じです……!?」
傍でテルスとナカさんがヒソヒソ言っていた。
うむ……、アンドゥナちゃんがただ者でないのは何となくわかるんだが、しかし戦力的にはどうなんだろうな?
俺はあくまでダンジョンを防衛するための戦力として再生英雄を求めたのだが。
この女性は、英雄は英雄でも文化英雄?
彼女のことを考えると泥沼の深みにはまりそうだから一旦置いておくことにした。
その上で……。
「もう一人行ってみようか!」
三人いるうちの三人目。
つまり最後の一人。
踊り子アンドゥナちゃんよりさらに異質な少年。
見た目的にも十代前半のようにしか見えなかった。
そんな身も心も未発達そうにしか見えない彼が、何故再生英雄として採用されたのか?
さっきのアンドゥナちゃんから採用基準大丈夫? どうなってるのタフー? という気持ちが拭い去れない。
「……ボクの、名は、トムッキー」
「あ、はい……!」
さっき名乗ったばかりの名を繰り返し告げてくる。
「ん、ではトムッキーくん? キミのクラスは何でしょう? どんなことができるのかな?」
「……ボクは、トムッキー」
「うん?」
コミュニケーションが成立しない?
「ええと……キミの特技は?」
「ボクはトムッキー」
「うん!」
ヤバいぞ、この子ぉ……!?
さっきから目の焦点が合っていない。
俺のことを見ているようで見ていない。
その瞳の奥は真っ黒で輝きの一つもない。
空洞の黒だ。
あらゆる光を吸い込んだまま返さない……。
……無限の虚ろの瞳。
「ボクはトムッキー」
「よし、わかった」
全然よくないけど。
「既に戦列に立っているレオスダイトさんに加えフューリームさん、アンドゥナちゃん、それにトムッキーの四人で、益々ダンジョンを防衛していくぞ! おー!」
不安なんてないはず。
四人中まともに防衛してくれそうなのがレオスダイトさんとフューリームさんだけだなんてことは思ったりしない!!




