03 最奥の先があったので
「勝った……!?」
まだ信じられない。
足元には水晶の残骸がボロボロと崩れ拡がっていた。
かつて水晶巨人だったものの成れの果て。
さすがにここまで砕け散ったら動けはしないだろう。
再生だって……しないよな?
しない。
しないと言ってくれ。
「とにかく勝った……!?」
この俺が?
冒険者といってもサポート職で、戦闘などロクにしたことのない俺が?
ガーディアンを倒せたのか?
「信じられない……!?」
間違いなく全力以上の力を出した。
一斬目をかわした時も、二斬目、三斬目四斬目の回避も、いつもの俺なら絶対間に合わなかったし次に繋げることもできなかった。
あんな動きが日頃からできるぐらいなら前衛職になっとるわ。
奇跡の四回……いや五回か?
最後に水晶の槍で一突きも大概俺の限界を超えていた。
いくら素材がいいものだったとしても、使い手が全身の力を連動させ突き出す力に乗せなければ突き刺さりはしなかったろう。
冒険者を志した始め、ギルドの養成場で適性を試されたが、木刀を何回か振る俺を見て教官が言ったものだ。
『全然動きが連動してないじゃないか。クズだな』と。
以来戦闘職コースから弾かれた俺はサポート職の道を歩むわけだが……。
そんな俺が、今回に限って全身のバネを奮った突撃を繰り出せるなんて奇跡だ。
百分の一の奇跡、それを五回重ねてやっと倒せた水晶巨人。
一度でもしくじったら俺の命はなかっただろう。
しかし……。
「そんなもんで倒せる相手なのか?」
胸から湧きだす疑問を抑えきることができない。
あの水晶巨人はガーディアンだったのだろう?
ガーディアンといえば冒険者の伝説に語られる最悪。
当時最強のクランが全軍を率いて討伐に赴いたが、全滅させられたという。以来絶対不可侵が厳守されるようになった冒険者の天敵。
それをサポート職にすぎない俺が、たかだか五回の奇跡程度で倒せる。
そんな生温い敵だったのかガーディアンとは?
「もしかしてガーディアンじゃなかった? もしくは『枯れ果てた洞窟』のだから他のダンジョンよりガーディアンが弱い?」
「そんなことはありませんよ」
「ッ!?」
いきなり話しかけられてビックリした。
心臓が飛び出るほどに。
誰?
今誰が話しかけてきた!?
ここはダンジョン最下層。俺の他に人なんかいないはず。むしろいちゃいけない。
それでもいるならお願いします俺を助けてください!!
「タフーは間違いなくガーディアンです。ここ『西淵』ヴィルハクシャの」
「うえええ……!?」
そこには間違いなく人がいた。
若い女性だ。
ロングスカートの地味な衣服の上にエプロンを着けて……。
この出で立ちは……。
「メイド!?」
なんでダンジョンの奥底にメイドが!?
「初めてお目にかかります」
存在自体が奇異というべきメイドさんが、俺に向かって恭しくこうべを垂れる。
「わたくしはナカ。アナタ様をお迎えするためにまいりました」
「お迎え!? どこに!?」
「ガーディアンを倒したことでアナタ様が立ち入る資格を得た領域へ」
メイドの視線だけが横を向く。その先は崩れ去った水晶巨人の残骸だった。
「タフーは実際、他のダンジョンに配備されたガーディアンと遜色ありません。あの子が生成する『デヴァン・クリスタル』は通常の水晶より何十倍も強固で、カットすれば何よりも鋭利な刃となって斬り裂けないものありません」
「はあ……!?」
「アナタ様が渾身を振るって突き立てた槍も、もし材質が地上の通常金属なら突き刺さることなく弾かれていたでしょう」
話の流れから察するに『タフー』とか言うのはあの水晶巨人のことであろう。
そういう名前だったの?
「あの子のクリスタルボディを貫けるものは同じ材質だけ。それを見抜き戦う前から切り札を用意していたアナタ様の御慧眼に感服いたします」
「いやいやいや……!?」
なんとなく用心のために拵えただけですよ?
そうか……、俺が勝利できたのはあの即席槍のおかげだったのか!?
その槍も敵と相打ちになるように砕け散って原形をとどめていない。
ほんの用心のつもりだったのに、それが勝負を分けてたなんて俺幸運すぎる……!?
大丈夫? もう一生分の運使い果たしてない?
「い、いやでもガーディアンをブチ壊してしまいましたし……、悪いことしたと言うか……!?」
「問題ありません。あの子は本体が無事である限り何度でも再生しますので」
やっぱり再生するんだ!?
その前にここから逃げないと!?
「ご安心ください。一度でも勝ったからにはアナタ様はあの子の主。……いえ、あの子だけではありません」
「?」
「ともかく、ここでアナタ様が身の危険を心配する必要は一切ない、ということです。……聞こえたわねタフー?」
メイドさんが言うと、どこぞから『ビクリ!!』という気配が伝わってくる。
「わたくしは、この御方を奥へと案内いたします。アナタはさっさと『ザストゥン・ザッパー』を修復し、ガーディアンの務めを続行なさい。マスターがいらした今、二度と無様な敗北は許しませんよ」
中々に厳しい口調で、それに応えるようにどこからともなく恐縮する気配が伝わってくる。
言ってる内容は全然わからんが……。
「ではまいりましょう」
「はい!?」
さっきから何が何だかわからないが。
しかしメイドさんの案内を断ってここに留まったところで、俺に何ができよう?
相変わらず危険渦巻くダンジョンの奥底で孤立無援は続いている。
何より『行けるところまで突き進む』と決めた以上は、進めるならば進もうどこまでも。
「わかりました。お招きに与りましょう」
「はい、全身全霊を懸けて歓待させていただきますわ」
メイドさんの浮かべた笑顔は晴れやかだった。
次の瞬間、驚くべきことが起こった。
扉が現れたのだ。
何もなかったはずの壁面に。
「これは……!?」
「ダンジョン最奥へと続く扉ですわ。ガーディアンに打ち勝った者のみに入ることが許されますの」
「ダンジョン最奥!?」
ここが最後じゃないのか?
「詳しい話は中で。さ、入りましょう」
メイドさんに誘われるまま、俺は門を潜り向こう側へと入った。
同時に扉がひとりでに締まり、バタンと派手な音を立てた。
そして現れた時と同じように、霞のごとく消え去ってしまう。
「…………!?」
出入口が消えたってことは、もう帰ろうとしても帰れないってことでもある。
いや、今さらビビッて何になる。
帰れないのは、置き去りにされてからそうだったんだ。
今はひたすら前に進むだけだ。
「改めて自己紹介させていただきます」
若いメイドさん、俺に対し恭しく頭を下げる。
「わたくしはナカ、このダンジョンのアドミンを務めております」
「あどみん?」
「管理者、という意味ですわ」
ダンジョンの管理者?
「それって凄い人じゃないですか? 管理ってことは……、このダンジョンはアナタのもの?」
「そんなことはありません。管理と所有はあくまで別のものです」
ナカさんと名乗るメイド、にこやかに笑う。
「アドミンもガーディアンも、ダンジョンに付随する備品のようなものにすぎません。ガーディアンは守護者として、マスターが住まうこの領域を守り、侵入者を撃退するのが使命。そしてアドミンは管理者としてマスターを補佐し、ダンジョンを適切に運営するのが使命」
「それでは……」
「そう、わたくしもあの子も、主に服従する存在でしかありません。そして私たちが忠誠を誓う対象こそダンジョンの支配者にして主……。ダンジョンマスターなのです」
では……。
この話の流れを推測するに、俺たちがこれから向かう先にダンジョンマスターがいる!?
ここがダンジョンの最奥で、ガーディアンを倒した者だけが入れるとしたら……?
「俺をダンジョンマスターに会わせて、どうする気だ?」
「そのようなことは致しません。何故なら、このダンジョンのマスターはアナタなのですから」
「へ?」
そう言った途端にメイドさん、俺の前に跪く。
さっきやったおじぎとはわけが違う、全身使った平伏だ。
「ガーディアンを倒しこの領域に踏み込んだアナタこそ、新たにこのダンジョンを担う御方に相応しい。遥か昔に去られた先代マスターのご遺志に従ってダンジョンを支配してください。我がマスター」