37 『哭鉄兵団』隊士の強敵遭遇
『哭鉄兵団』はまだ『枯れ果てた洞窟』から撤収していない。
地上では、いまだ黒い鎧を着た冒険者たちが忙しなく駆け回っていた。
「おい、統率長はどうした? まだ酒場にいるのか?」
彼らを率いてここまでやってきた第七統率長ケルディオは、何故か一度目のダンジョン探索を経て気が抜けたような状態になっていた。
そもそもいつ帰ってきたのかわからぬ。
ダンジョンの奥部まで潜っていったはずなのに気がつけば地上におり、隊士たちを不思議がらせたものだった。
その後ケルディオは『調査完了』の宣言を出し、撤収の準備を進めさせている。
ただ彼自身は率先して動かず、物思いにふけることが多くなった。
そのことを不思議がる隊士は多い。
「とは言ってもケルディさんは日頃から働きすぎだからな。少しぐらい気が抜けた時があってもいいだろう」
「撤収準備ぐらいオレたちでも充分進められるからな。統率長にはつかの間の休暇を満喫してもらおうぜ」
ケルディオに率いられてやってきた『哭鉄兵団』所属の冒険者。
彼らは、今回の出動の目的は『枯れ果てた洞窟』にて起こった変化の調査だと聞かされている。
実際、数班に分かれた『哭鉄兵団』のパーティは縦横無尽にダンジョン内を調べ上げ、調査の目的は充分に達成されたと全員が認識共有していた。
だからこのまま撤収するのに誰も不審と思わない。
「さて、じゃあオレはもう一潜りしてくるかな」
その中で一人の冒険者が、ダンジョンへ向かう。
「えッ? まだ潜るの? 調査終わったのに!?」
「うるせえ! オレはまだこのダンジョンで出てくるようになったいい剣ゲットしてないんだよ! 手ぶらでなんて帰れるか!!」
調査の結果判明したことは、『枯れ果てた洞窟』などと呼ばれて何のアイテムも獲得できないはずのダンジョンに、宝箱がポップするようになったこと。
それだけでも驚くべき変化だが、さらに注目すべきは宝箱の中身が非常に高性能であったことだ。
『鉄晶剣』などと銘打たれていることが……。
……既に鑑定スキルによって判明している。
鉄晶剣は強度切れ味において市販の鉄製剣を大きく上回り、その上軽い。
他ダンジョン奥部で発見される魔剣妖刀よりも性能がいいということで、鍛え抜かれた大クランの精鋭冒険者の間でも垂涎の的だった。
運よく調査中に宝箱にぶつかり、鉄晶剣を手に入れることができた隊士は早速自らのメイン装備としている。
そしてまだ手に入れてない者は、自分のことを不運だと認識していた。
「このまま成果なしで撤退なんかできるか……! オレも必ずあの剣を手に入れて、これからの探索で一歩先んじるのだ!」
そう言いながら独自の判断で洞窟に入る『哭鉄兵団』隊士は一人ならずいた。
ちなみに『哭鉄兵団』は、冒険者クラスの中でも前衛職の割合が高く、つまり剣士揃い。
それゆえ高性能の剣は人気となるのが必定であった。
◆
ダンジョンの内部を進む一人の冒険者。
所属は『哭鉄兵団』であり、お仕着せの黒い鎧がトレードマークであった。
「ないな……、宝箱……!?」
当然のように目当ては鉄晶剣。
しかし目当てがある時に限って宝箱に遭遇できないのは冒険者生活でよくある。
『哭鉄兵団』隊士は焦りと期待を膨らませながら進む。
「この分だと撤退実行まで何日とねえ……! それまでに何としてもお宝ゲットしないと……!」
とはいえ今日はソロ探索なのでそこまで奥深くにも行けない。
大クランに所属する冒険者として探索基本の鉄則は弁えている。
何とか日帰りの範囲で宝箱を見つけられないかとくまなく探している途中……。
……彼は、それに出会った。
「ん!?」
一目見た時は、同業者かと思った。
遠目に見るシルエットは明らかに人間のそれでありモンスターになど見えない。
鎧に身を包んだ偉丈夫と思えた。
立派な立ち姿だ。
「あっちもソロ探索か……? お~い、どうだ調子は~?」
何気なく近寄る冒険者に……。
容赦のない剣撃が加えられた。
「うぇええええええッッ!?」
「不用意な接近。減点一だ」
とはいえ実際には手心が加えられて、剣はギリギリのところで冒険者を避けた。
彼自身は突然のことで反応もままならなかったから相手があえて外したのだろう。
「ダンジョンでは一瞬の油断が命取りとなる。敵を相手に無防備なまま近づくとは何事か? そのような腑抜けが『哭鉄兵団』の鎧を着るなど嘆かわしいことだな」
「何を言ってやがる!? テメエこそ同業者を斬りつけるなんて正気か!?」
さすがの危険事態に、冒険者も剣を抜いて身がまえる。
充分に接近したがゆえに相手の詳細も克明にわかってきた。
「相手がモンスターならともかく、同じ冒険者になら警戒を解いて近づくのは当然だろ!? 無用のいさかいを避けるためにな! 冒険者同士の斬り合いはギルドから厳しく罰せられるぜ!?」
「何を言う? ……ははぁ、オレを人間だと勘違いしたな?」
近くで見れば見るほど相手は人間にしか見えなかった。
むしろ美青年の部類に入り、それでも相手は警戒を解きそうだ。
異常な点をあえて挙げるとしたら、肌の色がやけに汚い……沼のように濁った色だというぐらいか。
「なるほど同業者同士の接し方となれば今ので正解か。しかし観察力が足りない。相手が、人間によく似たモンスターだった場合、今ので貴様は死んでいるぞ」
「な、なんだと……!?」
「このオレの姿を見るがいい、オレは人間ではなく……、ゴブリンだ!!」
「お前のようなゴブリンがいてたまるかッ!!」
長身で筋骨隆々で、顔はひたすら美しい。
あらゆる点がゴブリンの特徴と対局ではないか。
「あと、ゴブリンはそんなに流暢に喋らないッ!」
「自分自身の持っている価値観に囚われたまま進むのは減点五だな。ダンジョンは奥に行くごとに常識を打ち砕いていく」
そして何故こんなに説教臭い。
「仮にオレのようなゴブリンが絶無だったとしても、ダンジョン奥部にはドッペルゲンガーやヒトカマキリなど、人間の形を擬態して獲物を騙そうとするモンスターが一種ならずいる。どのような時も警戒は解くべきではない」
「うう……!?」
一瞬『そうかも』と納得しかけてしまった冒険者。
しかしすぐにより大きな違和感に気づいてかぶりを振る。
「いやいやいやいやッ! 仮にそうだとしても、なんでお前に注意を受けなきゃいかんのだ!? お前はゴブリンなんだろう!? まったくそうは見えないが!? ゴブリンだったら何も言わず襲い掛かってきたらどう!?」
それでもまだ半信半疑であった。
冒険者である彼としては、目の前の美青年がゴブリンなどというのは。
素人冒険者による悪質ないたずらだという方がまだ現実感がある。
「たしかにオレが受けた使命は侵入者の排除……。しかし、同時に主からは『命まで取るべからず』という条件も課されている。ならばいっそ、次代の進んだ冒険者たちの腕前をじっくり見分しようと思ってな……!」
「はい?」
「さあ、このオレに貴様の実力を見せるがいい! 時代とともに冒険者のレベルがどれだけ上がったかたしかめてやろう!」
そして今度こそ剣をかまえた美青年ゴブリン、騎士の礼に則って剣をかまえてから斬りかかる。
「我、剛なる剣聖レオスダイト! 剣の女神と我が主の名の下に、これより尋常なる立ち合いに臨む!」
「え? ちょっと待って、その名前は……!? おぎゃああああああッ!?」
◆
結論から言って、冒険者は惨敗した。
「踏み込みが足りない減点一! 視野が偏りすぎている減点一! 減点合計が十になったので死亡だ!」
「うぎゃあああああッ!?」
最初から勝負にならないほどの実力差だった。
レオスダイトを名乗った謎のゴブリン(?)は、その名に恥じぬほどの剛剣の持ち主で、受け手に徹して凌ぐだけでも精一杯。
しかしそれも長くは支えきれなかった。
彼とて『哭鉄兵団』に加入することを許された実力者。
経験豊富で『枯れ果てた洞窟』程度の初心者ダンジョン、ソロでも卒業規定の『地下六回踏破』まで成し遂げられるはずだった。
しかし、最初の階層でゴブリンに惨敗。
「いや、これマジでゴブリンじゃないだろ!?」
頑なに信じられないことだった。
事実を受け入れられないまま吹っ飛ばされる。
「あんげええええええッッ!?」
「弱いッ! その程度の実力ではオレが人間の頃率いていた精鋭部隊には入れなかったぞ!『哭鉄兵団』の実力水準が、ここまで落ちていたとは嘆かわしい!」
対するゴブリン(?)の方は傷一つないというか、一度も打ち返されないまま勝利。
圧倒的な実力差を見せつけただけだった。
「オレが不殺の指令をマスターより受けていなかったら確実に命がなかったぞ! 我がマスターの寛大さに感謝することだな!」
「一体何なの……!?」
屈辱の惨敗を喫した冒険者。
『哭鉄兵団』の一員としてこれほど悔しいことはない。
「しかし、剣筋からはなかなかの見どころがあると察した。期待の証としてこれを進ぜよう!」
「え? ……これは!?」
ゴブリン(?)が差し出したのは、今このダンジョンで話題沸騰の鉄晶剣ではないか。
これを得るため血眼になって宝箱を探していたレアアイテムが、期せずして手中に。
「武器の性能に追いつけるよう技を磨くことだ。精進するがいい。……ではスラブリン隊長!」
『ピピピピピピピッ!!』
横からヌルリと出てくる沼色スライム。
「この失格者を地上まで叩き出していただきたい。お願いいたす!」
『ピピピピッ!!』
こうして『哭鉄兵団』の冒険者は、スライムに飲み込まれて身動き取れないまま運ばれ、地上へと放り出されたのだった。
ちなみにいつものルール通り身ぐるみはすべて剥され、授けられたばかりの鉄晶剣も没収となった。
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