33 就職希望されたので
ケルディオとゼルクジャースさんが帰っていったよ。
そしてテルスが一人残った。
「なんで?」
彼女は、俺が以前所属していたパーティの一員で、魔導士だった。
魔法職はなかなかレアな人材で、色んなパーティから引っ張りだこになりがちだが、そんな魔法職である彼女がパーティに来てくれたのは僥倖だったであろう。
バギンザなどが舞い上がるのも無理のないことで、剣士による直接攻撃が通じないモンスターでも攻撃魔法なら容易く焼き尽くせることもある。
必須というわけでもないが、いればダンジョン探索が格段に捗る。
それが魔導士という存在。
その魔導士テルスが、帰ろうとしない。
「なんで?」
「だって! この場所は宝の山よ!!」
力説するテルス。
「さっき見せてもらったイドショップ! この世のありとあらゆる魔法書が取り揃えてあるじゃない!」
「魔法書?」
何のことやわからぬため、視線だけをナカさんの方へ。
『お願い助けて』の念を視線に込める。
するとさすがナカさん、俺の意図を汲み取ったのか咳払いして……。
「彼女が執着しているのは、これのことでしょう」
ナカさん、モニタを開いてイドショップに接続。
わんさと並ぶ銘柄の羅列は、単位をイドとする心象エネルギーとの交換で手に入る商品リストってことだろうが……。
「ソートを魔法書で並べてあります。魔導士クラスである彼女には、これが垂涎らしいですね」
「魔法書ねえ」
それって何ね?
魔法については門外漢でしかない俺にはフレーズだけじゃ想像もつかん。
「魔法が記された書物のことです。地上の魔法職すべてはこれを読んで魔法を覚えるようですね」
「つまり魔導士にとって魔法書は命! あらゆる魔法は魔法書を読むことでしか覚えられないの! だからすべての魔法職はあくなき探究心をもって魔法書を求めるのよ!!」
途中からテルス本人によって力説された。
「やはり軽々しく見せるものじゃなかったようですね。地上の人間にイドショップのラインナップは。目が血走っています」
「だってそうでしょう!? そのリスト、賢者や大魔導士が使うような上級魔法の書まで入っているじゃない! それを読めば私も上級魔法を使えて上級魔導士の仲間入りができるのよ!」
イドショップで、その魔法書の生成コードを購入すれば。
そしてエキドナ炉で実体化する。
「危険を冒してダンジョン這いずり回るよりずっといいわ! ねえお願い! 私をここにいさせてよ!」
「んッ? ダンジョンを?」
どういうこと?
魔法書が欲しくてダンジョンを探索するってこと?
「マスターは魔法職ではないためご存じないのですね。魔法書はダンジョンからしか入手できないようになっているのです」
「そうよ! ダンジョンを探索し、宝箱を開けて、その中に魔法書が入っていたら大ラッキーよ! その場で魔法書を読んで新しい魔法を覚えられるんだから」
ちょっと待って?
さっきから俺のことを世間知らずみたいな扱いになってるけど、俺だって知っているのことよ?
たしか魔法って、大きな街に魔法学校とかがあって、そこで学んで覚えるものじゃなかったっけ?
「テルスも魔法学校出身だろう? 今使っている初歩的な魔法も、そこで習って覚えたんじゃないのか?」
「魔法学校で覚える魔法も、すべて魔法書で覚えたのよ。ダンジョンから持ち帰られた魔法書が学校に運ばれてくるの」
テルスの説明を引き継ぐと、ファイヤーボールとかその辺の初歩魔法は、ダンジョンでめっさ出てくるらしい。
それらをまとめて都市に運び、魔法学校が買い取り、教材として使っているのだということ。
「っていうかそれ、覚えあるな俺……!?」
俺もサポート職としてダンジョンでゲットしたお宝をまとめ、ギルドに納入したことが数えきれないほどあった。
そのお宝の中に魔法書が紛れ込んでいたことも何度も……!?
「あれはギルドを通して魔法書が魔法学校へ渡っていくルートだったのか……!?」
「魔法は重要なものだから、ギルドや学校を通して国がしっかり管理しているのよ。魔法を使う魔導士やヒーラーも貴重だしね」
だから国が学校を運営してまできっちり管理している。
「私も、魔導士を志して入学したまではいいけれど、ダンジョンから送られてくる魔法書は、いいものほど上級生や特待生が独占しちゃうのよね……。私のような劣等生に回ってくるのなんか、本当に初歩魔法の書ばっかり……!」
「えッ? 劣等生……?」
テルスが?
パーティを組んで一緒に活動した感じ、なんでもそつなくこなす優等生のイメージだったんだが?
「だから私は冒険者になったのよ。冒険者になってみずからダンジョンに潜り、魔法書を発見したら、その場で自分のものにできるでしょう? って言うか魔法職が冒険者になる動機って九割がたそれよ」
「はああ……?」
「魔法学校で待つだけなら何年かかるかわからない上級魔法を、運と実力さえあれば数日のうちに覚えられるかもしれない! その可能性を信じて魔法職はダンジョンに潜るのよ!!」
テルスのなんと野望に燃えていることか。
別職種ゆえによく知らなかったことが不覚だが、魔法職もそんな感じでダンジョン探索に燃えていたんだな。
上級魔法の書か。
ウチも仕入れたら景品の目玉になるかな。
「ちなみに上級魔法と呼ばれているものをイドショップから購入すると、こんな感じになります」
「たっけえ!?」
やっぱり『高級』なものは滅茶苦茶心象エネルギーがかかるな!
最低一万イドからの世界じゃないか!?
「これを潤沢に仕入れようと思ったら何十万イドかかるんだ?」
「そうですね、ダンジョンの改造などにも費用は掛かりますから、これらを仕入れるとなると随分先のことになるでしょう」
そういう俺とナカさんのやりとりを見比べてテルスが『え? え?』としている。
「というわけでテルスさん、キミの要望を叶えて上位魔法の書を仕入れるのは先のことになっちゃうけどどうする?」
「最短で十年単位となりますかねえ? 普通に余所のダンジョン攻略した方が早いように思えますが」
暗に『諦めて帰った方がいいよ?』と勧めているのであった。
それに対してのテルスの反応は激烈だった。
「いやあああああッッ!! 待ってええええッ!!」
と叫びながら縋りついてきた!?
「こんな美味しいものを見せつけられて今更ちまちまダンジョン探索なんてできないいいいいッ! お願い! 私もできる限り協力するから、何とか上級魔法の書を優先してくれないでしょうかああああッ!?」
凄いなりふりかまっていなかった。
テルスってこんな性格だったっけ? パーティ組んでた時はもっと落ち着いた感じだったような。
「彼女も魔導士ですからね。開かれた神秘を目の前にしては平静さを保っていられないでしょう」
魔導士って、そういう人種なのか?
「ですが、この申し出もちょうどいいかもしれません。今はまだ手が足りていますが、これからダンジョンが大きくなっていくと行き届かなくなってくる場合が多くなります」
とナカさん。
「もちろんマスター補佐のためこのわたくしがおりますが、いかにダンジョンが誇るアドミンのわたくしでも視野の範囲、手の数には限度があります。そんな時、行き届かない部分をなくすために有効な方法……」
ごく単純に、人手を増やす。
「彼女をサポーターとしてはいかがでしょう?」
「さぽーたー?」
「ダンジョン運営のために使われる補給人員というべきでしょうか? ダンジョンマスターと特殊な契約を結ぶためマスターには絶対服従します。裏切ることは不可能です。それをもってダンジョン運営の手伝いをさせるのです」
たしかにゆくゆく大規模ダンジョンになっていったら、俺とナカさんだけでは到底管理の手が及ばない。
その時のためにお手伝いさんを増やしておくのは必要か……。
「その時になってからでいいんじゃない?」
「そんなご無体なことを言わないで! 一生懸命働きますからああああッ!!」
必死なテルスだった。
「いいでしょう。マスターのために働き、マスターのために絶対服従し、マスターのためなら命も捧げると誓いますか」
「誓います!」
即答かよ。
こんな感じでテルスが我がダンジョンのサポーターになった。
これも一種のダンジョン強化と言えるのだろうか。




