32 剣士バギンザの最期
一方同じ頃……。
剣士バギンザは走り回っていた。
ダンジョン深層部の、迷路のように枝分かれした通路の中を。
走っては行き止まりに当たり、引き返してはまた走ってまた行き止まりに当たる。
それを繰り返して体力は消耗し、息は乱れ、体中汗にまみれていた。
汗みどろのグシャグシャになった顔を見れば、彼こそがモンスターであると多くの人が錯覚するだろう。
「どうして……、なんでこんなことに……!?」
ついさっき浴びせかけられた言葉。
――『お前のようなヤツは一流どころか一人前の冒険者になることもできん』
――『仲間を裏切るヤツなど絶対に許しておけない』
――『お前への審判は既に下されているんだ。お前は失格だ』
その言葉が今なおバギンザの胸を抉り、掻きむしり続けていた。
「違うオレは……、オレはああああ……ッ!!」
彼はまだ受け入れられなかった。
自分が冒険者失格であるということに。
「悪いのは全部アクモだ……! アイツがオレの邪魔をしたんだ……! だから排除して当然じゃないかあああああ……!」
バギンザのこねた理屈では、アクモは無能であり、常に仲間の足を引っ張ってきた。
これでは他の有能な者が一人前になるのを妨げてしまう。
だから排除する必要があった。
トップを目指すバギンザにとっては必要な処置だった。
しかし現実には有能なのはアクモであり、バギンザこそが無能だった。
長く冒険者業界に蔓延する、サポート職差別。それに付随した前衛職の無根拠な優越感。
それがまだまだ素人から脱しきれないバギンザの目を曇らせ、判断を誤らせた。
誤った万能感で危機を察せず、ひたすら突き進むバギンザを止めてきたのはアクモの用心深さ。
冒険者に不可欠な慎重さを、サポート職ゆえの臆病、鈍感の表れと取り違えたのがバギンザの間違いだった。
その間違いに『目障りなら実力で排除していい』というもう一つの間違いが加わることで彼の破滅は決定した。
パーティの仲間を傷つけた冒険者を、同じ冒険者はけっして許さない。
ギルドが法によって裁くことができなくても『哭鉄兵団』が乗り出せば証拠不充分でも私刑にできる。
まして、こんなダンジョンの奥深く。
かつてバギンザ自身がアクモにしたように、何をやろうと証拠は残らない。
自分がしたことをそっくりそのままやり返されているだけにバギンザの焦燥は極まっている。
「地上に……、早く地上に出ないと……!」
そしてダンジョン内で『哭鉄兵団』に遭遇したら、モンスターと遭遇する以上の危機となるのは目に見えていた。
モンスターにも『哭鉄兵団』の冒険者にも遭遇せずダンジョン入口まで戻る。
その困難さを推し量ることもできず、バギンザはダンジョン深層部を走り彷徨う。
そしてまた行き止まりに当たった。
「んがああああああッッ!? クソがッ! なんで行き止まりなんだよ! バカバカバカバカ!!」
その場で地団駄踏み、苛立ちを振り撒く。
パーティ行動中は一度も迷ったことのない彼だったが、それはサポート職であるゼルクジャースやアクモによってきっちりマッピングされていたがゆえだと最後まで気づくことはない。
「ふざけんなよクソが! なんで! なんで上の階に行く階段がないんだよ! 出てきて当然だろうがクソが! なんでだよ! クソが! クソがクソが!!」
疲れと恐怖で頭の働きも鈍くなる。
もはやモンスターや冒険者に出会うまでもなく野垂れ死にとなる展開に差し掛かると思いきや……。
「……無様だねー」
「はッ!?」
バギンザの背後から忍び寄ってくる人の気配。
『哭鉄兵団』の追ってかと思い身がまえるバギンザだが。
振り向いて安堵した。
そこにいたのは見知った顔だったからだ。
「ラランナ! ラランナじゃないか!」
バギンザが所属していたパーティで回復術師を担当していた少女ラランナ。
最年少であるせいか口数少なく、パーティ内でも影の薄い女であった。
「何故お前がここに……!? そうか、お前も付き合いきれなくなって逃げてきたんだな! だよなあ! 自分から死にに行くなんてどうかしているぜ!!」
最下層まで下りた者は誰も生きて帰ってこれない。
それなのにあえて進もうというのは愚か者の行為であり、バギンザにはまったく理解できない。
他に理解できない者がいても当然だと思った。
「ちょうどいい! ナイスタイミングだぜ! ラランナ、オレを上の階まで連れて行ってくれ、『哭鉄兵団』の連中にも見つからないようによ……、頼むぜ?」
ケルディオと共に乗り込んできた『哭鉄兵団』の精鋭冒険者数十人は、今も上階に布陣し網を張っているはずだった。
アクモの捜索。
バギンザの捕獲。
その二つの目的を果たすため。
「地上に出ちまえばこっちのもんだ! ギルドのルールがオレを守ってくれる! それまではラランナ、お前がオレを守ってくれよ! いい話だろ? オレに貸しを作れるんだぜ!? 将来一流冒険者になるオレに!」
ここまで来ても傲慢さを捨てきれないバギンザ。
しかし自分と周囲の認識の違いは冷酷だった。
「誰が助けるかよバカ」
「え?」
ラランナの答えは非情だった。
「『哭鉄兵団』の連中と意見が重なることは少ないが、アンタがクズってことには珍しく同意するよ。アンタみたいなヤツがこれ以上生きてちゃいけない。冒険者の品位が下がるからね」
「なななななッ!?」
バギンザ、突如危機感を感じ剣を抜く。
「まさかお前もオレの命を狙って……!? バカが!」
しかしバギンザは段々と余裕を取り戻す。
目の前にいるのはたった一人の回復術師なのだ。単体での戦闘力はサポート職にも劣る。
「そんな雑魚が、前衛職であるオレに立ち向かえると思ってるのかよ!? 考え直すなら今のうちだぜ! お前の回復魔法は地上まで戻るのに重宝するだろうから、オレに従うって言うのなら命は助けてやる!!」
「そうだねえ、たしかにヒーラーのアタシじゃアンタに傷一つつけることもできない」
だから……。
「久々に本職のスキルを使うとしますか」
「あぎゃあああああッ!?」
突如悲鳴を上げるバギンザ。
痛みに耐えきれず剣を落とす。
一体何が起こったのか本人にもわからない。
痛みの発する腕をよくたしかめ、そこに起きた異常を確認してますます混乱する。
「なんじゃこりゃ……!? 穴? オレの腕に大穴が……!?」
バギンザの右前腕に大きく開いた穴。
完全に貫通し、指二本も楽に入れられるほどの大きな直径であった。
こんな穴が人体に空けば重傷なのは間違いなく、彼の腕はもう使い物にならない。
しかしそれだけでなく……。
「うげぇッ!? ひぎゃッ!? ごばッ!?」
すぐさま第二、第三の穴がバギンザの体に空いた。
右大腿部、左肩、さらに左のアキレス腱を抉るように穴ができ、四肢の自由を着実に奪っていく。
立っていることもできない負傷で、地面に崩れ落ちる。
穴からは盛大に血が噴き出し、街まで遠いダンジョンの奥では益々助かりようのない負傷だった。
「いてえ、いてえええ……! 何が、一体何があああッ!?」
「やっぱりアンタ程度のザコじゃ何回見せても見切れないか。だったら見せてあげる。どうせ最後だもの。冥途サービスしないとね」
ラランナの手の中に、一つのボールがあった。
何の変哲もない、女性の手のひらに収まる程度の小球体だったが、質感から見て金属球であるようだった。
「まさかその鉄球で……?」
「あら、その程度の察しはつくのね。ではご注目。この鉄球、タネも仕掛けもありませんが……」
ラランナ、一度鉄球を握り締め、その瞬間手のひらに覆われた鉄球はバギンザの視界から完全に隠れる。
そして再び手を開いた時……。
「はぁい」
なんと掌中の玉は数を増やしていた。
各指の間に一つずつ。計四つの鉄球が並んでいる。
「はッ!? はッ!? はぁ……!?」
バギンザは益々わけがわからなかった。
一つだったはずの鉄球が前触れなく四つに増殖することも意味がわからなかった。
「わからない? 同業者の間じゃけっこう有名だと思ったけど、アンタみたいな素人じゃまだ知らないか……」
「は? へ?」
「『哭鉄兵団』に並ぶもう一つの大クランには、こういった悪癖があるのよ。無意味な手品を披露して、同業者だけでなくモンスターまで煙に巻く」
その大クランの名は……。
「『シルク・ド・ルージュ』」
「なッ!?」
それを聞きバギンザが凍る。
「お前も大クランの加入者だって言うのか!? お前も!?」
「『哭鉄兵団』に名高いゼルクジャース老がクランから離れた。何かあったのかと内偵するのは当然のことじゃない? まあ、そのためにヒーラーとして偽装するのはなかなか楽しかったけど……」
ラランナ、今までにない妖艶さで薄く笑う。
獲物を捉えたカマキリを思わせる微笑だった。
「まあ、必要な情報はあらかた揃ったし。そろそろお暇する前に冒険者としての善意活動をしようと思ってね」
「善意……? 何……?」
「お前みたいなクズをきっちり処理しとこうってことよ。『哭鉄兵団』の連中は詰めが甘くて仕方ないわ。ゴミはしっかりまとめて燃やしてこそ、ゴミ処理完了なのにね」
放たれた四つの鉄球がすべてバギンザの顔面に命中。
体の各所にあるのと同じ穴を四つ開け、後方へと駆け抜けていった。
目鼻もなくなり、ただ四つの穴が空いた顔面と化したバギンザは、穴から血を流しその場に崩れ落ちた。




