29 真意が伝わったので
その頃俺は……。
ダンジョン最奥『聖域』で、ことの様子を詳細に窺っていた。
「なん、だと……!?」
地下七階でケルディオたちが交わした会話もしっかり聞くことができた。
俺はダンジョンマスター。
ダンジョン内で起きることは何でも把握できる。
それこそダンジョン内に侵入した者たちの会話すらも。
実際、目の前にはナカさんの開いたモニタがケルディオ、ゼルクジャースさん、テルスの三人を映し出していた。
「さすがマスター、仲間たちに慕われておりますわね!」
軽い口調で言うナカさん。
「これが人間たちの言う人徳というものなのでしょう。マスターが偉大なお方であらせられるから、この者たちも命を賭して助けにこようとするのです!」
「違うと思うけどなー」
俺が偉大かどうかはともかく。
彼らの人のよさというか人格の素晴らしさは今の会話でしっかり伝わってきた。
俺は仲間に恵まれたということなのだろうか?
その仲間によってダンジョンの奥底に置き去りにされたんだけどな。
「結局あれは、バギンザの単独犯だったってことか……」
バギンザだけが俺を目障りに思い、俺を亡き者にせんとした。
それはモニタ越しに聞いた会話で充分に伝わってきた。
「まあ、他の連中が関わってるなんてありえないとは思ったが……」
ゼルクジャースさんは俺を殺そうと思ったらもっと直接的に来るだろうし。
テルスはいい子だし。
ラランナは何考えているかわからんし。
「しかし益々何考えてるのかわからんのがケルディオだな」
アイツなんでここまで来た?
いまや『哭鉄兵団』の統率長として気軽でもないだろうに。
「あの男は、マスターのお知り合いで?」
「うん、古い付き合いというか……」
同期ってヤツか?
冒険者になることを思い立った時、ギルドの養成場でたまたま一緒になった男だ。
出来の悪い俺と違って才能があり、メキメキ頭角を上げて様々な成果を上げて大クラン入り、ついにはクラン幹部にまで上り詰めた。
「俺が『哭鉄兵団』に入ったのもアイツの紹介だったんだよな。それだけでなく最下層まで俺を捜索しにくるとは……!?」
面倒見がいいというレベルの話じゃないぞ?
まあ『哭鉄兵団』幹部クラスで感じのいい人といったら、それこそケルディオとゼルクジャースさんぐらいしかいないんだが。
いい人だけが来るべくして来たって感じか?
「それはともかくマスター、よろしいので?」
「何が?」
「このまま連中が降りていくと、まず間違いなくタフーにぶつかることになりますが」
ん?
「あの子もガーディアン、侵入者は漏らさず殲滅することが責務です。ただでさえそうなのに現状、マスターの改造を受けてイケイケブイブイなのですから、一層完璧な成果を求めようとするでしょうね」
「マジかよ!」
彼ら、俺を助ける目的で最下層まで下りてきてるんですけど!!
それで全滅とかしてしまったら明らかに俺のせいじゃないですか!? 寝覚めが悪い!!
「タフー!? タフーを呼んでくれ! ガーディアンの任務遂行を中止! 彼らを生きて帰して!?」
「もう遅いですね、交戦に入ってます」
「ウソぉ!?」
なんで双方そんなに手際がいいのか!?
モニタに映っているのは、たしかにくすんだ銀色に輝く水晶巨人へと立ち向かっていく冒険者たち。
「本当に始まってるうううううッ!?」
モニタ越しに、向こうの音声が聞こえてくる。
『ファイアボール!』
呪文を唱えたのはテルスだな?
魔法杖から放たれる高熱の火球が、鋼晶巨人と化したタフーにぶつかることなく弾け散った。
「あれは魔法防御!?」
「タフーの水晶には退魔力が付加されていますので、しかも最高クラスの。タフーを魔法で傷つけることはほぼ不可能です」
魔法が完全に効かないのッ!?
「マスターは魔法を使われませんので、マスターと対峙した時は全然意味のない特性でしたからね。鋼と【合成】しても退魔力に衰えはないようです。デメリットなくメリットのみを享受する、マスターの【合成】は完璧ですね」
「言ってる場合か!?」
これで相手の恐ろしさを痛感して逃げればいいものを、彼らはひるむことなく最悪敵に挑み続ける。
なんで!?
『邪魔だバケモノ! 私たちは引けない理由があるのだ!』
という声をモニタ越しに聞く。
あの声は……ケルディオ!?
『私は絶対にあの男を! アクモを連れ帰ればならんのだ! それを妨げるならガーディアンだろうとなんだろうと……打ち砕く!』
ケルディオの剣が光り輝く。
あれは、剣士たるアイツの最強スキル……!?
『「十王滅光断」!!』
剣士から派生した高位クラス、エクソキューターが使う断罪スキルだ。
あれを食らったらオーガとかの巨大モンスターすら一刀の下に両断できる。
統率長ケルディオの必殺奥義と言えるだろう。
それを鋼晶巨人は防ぐ動作すらなくまともに食らい……。
……逆に剣の方が砕け散った。
『なッ!?』
その事実を受けケルディオの表情が歪む
『「死の山」三十七階層で獲得した魔剣が陶器のように砕けた……!? なんという強固さだ!?』
『どけ若僧! おおおおおおッ!?』
ゼルクジャースさんまで!?
あの人が突進しながら小脇に抱えているのは……。
最下層の水晶だ。
『この階の水晶がアイツの生み出したものなら、それでこそあれを打ち砕ける! 自分の武器で死ねえええッ!!』
さすがベテラン、俺が偶然で当たった攻略法にさっさと気づいて実行するとは。
しかしゼルクジャースさんが突き出す水晶は、鋼晶巨人の表面に触れると共に、またしても打ち砕かれたのだった。
『何いいいいッ!? クソおおおおおおッ!?』
以前のバージョンのタフーならアレで倒せたんだろうが……。
水晶に鋼を【合成】してより強固となったタフーには『同材質攻撃作戦』も通じない。
「タフーめ、今の攻撃わざと受けましたね」
「そうなのナカさん!?」
「タフーの俊敏さなら、攻撃が届くまでにあの侵入者を十三回は斬り刻めたはず。きっと自分の強化具合をたしかめたかったのでしょうが、無用な余裕を見せつけて……!」
ナカさんが不機嫌。
しかし己が性能を充分にたしかめた鋼晶巨人は、もう用はないとばかりに反撃に転ずる。
四本の腕をがむしゃらに振り回し、まるで乱流のようではないか。
これではブレードの間合いに入っただけで細切れにされるぞ。
「逃げろ! 逃げるんだ! 全力で上の階に逃げ込めば……!」
しかしそれもできない。
彼らが通ってきた道には水晶が剣山のように鋭く立って、後退を防いでいる。
「俺の時と同じ……!?」
ああやって侵入者を一人も逃さず殲滅する。
なんという殺意の高さ!
「そうあれが、ガーディアンタフーの本来の恐ろしさです。魔法が一切効かず、そのブレードに斬り裂けないものはない。水晶の敷き詰められた最下層全体があの子の領域であり、千軍が押し寄せようと余裕で引き裂くことができる。他のダンジョンのガーディアンと比べても引けを取りません」
ナカさんが誇らしげに語るものの、マスターの俺は素直に喜べない。
「くっそ!」
脅威にさらされているのがかつてのパーティメンバーだからなあ!
「ナカさん扉開いて! 最下層に繋げて!」
「どうされるおつもりですかマスター?」
どうされるかって?
当然、絶体絶命の仲間たちを助けるのだよ!




