26 さらに硬さが欲しいので
「ナカさん、下層へ向かっているパーティは、あとどれくらいでここまで来る?」
「お待ちください……。地下六階に入ってから急に周囲を徘徊するようになりましたね。これなら当初の想定より大幅に遅れそうです」
時間はあるってことだな。
よし、その間に俺なりの発想と能力でタフーを強化し、彼女の自信を取り戻させよう。
「その前に確認したいんだけど……」
「うん?」
「キミが本当に、あの水晶巨人でいいの?」
いや、既に説明を受けてはいるんだが……。
さすがにこのちょっと怠惰でムッチリめな女性と、あの水晶巨人が同一だというのは直観的にも受け入れがたく。
「なによー、じゃあ証拠を見せてやるわよー」
タフーがみずからの右手と左手を併せ、一種独特な形に組む。
そして何かブツブツ唱えると……。
「……おおおおおおッ!?」
彼女の目の前で何やらキラキラしたものが発生し、それが集まっていきみるみる大きな塊になっていく。
塊は透明に輝いていて、例の水晶だということがすぐわかった。
水晶はなおもキラキラを吸収して巨大化し、独自の形を形成し……。
仕舞いには人型になった。
見上げるほど巨大で、かつ腕が四本。
俺がかつて見た水晶巨人と同じではないか!?
「融合合体!」
タフーがそう叫ぶと、同時に彼女の怠惰ムッチリ体が煙のように掻き消えた。
同時に、それまで瞳に光のなかった水晶巨人がギンと意志の輝きを放つ。
まさかタフーの意識がそのまま水晶巨人の中に。
『どうマスター? これがアタシの最強形態「ザストゥン・ザッパー」だよ!』
先がブレード状になった四本腕を掲げながら言う。
やはり威圧感が物凄い。
「タフーの能力は、最強硬度を持つ水晶『デヴァン・クリスタル』を無から生成すること。あのようにして水晶で作った分身体に己が意識を憑依させて直接戦闘することもできます」
ナカさんが補足説明。
「『デヴァン・クリスタル』はただの水晶ではなく、鋼鉄を超えた硬度、割れば研いだ刃物以上に鋭利となり、かつ素材そのものが退魔力を有します。地上には存在しない超常素材といえましょう」
「おお!」
「ただし、やはり水晶というか衝撃に脆いというのが欠点です。いえ、並大抵の衝撃では割れないのですが、色々条件が重なるとどうしてもその弱点がネックになり……!」
たとえば、俺と戦った時のような……!?
それでは、そんな彼女の弱点を補強するように改造を行っていくとしようか。
「じゃあ、タフーちゃん?」
『ちゃん』づけでいいのかな?
「タフーちゃん、その姿のまま、これに浸かってくれる?」
『オアンネス槽? アタシの生成データとるの?』
中に入ったものの生成データを読み取るオアンネス槽。
ガーディアンであるタフーまで読み取れるかと不安であったが、まあ試しにやってみよう。
水晶巨人またの名を『ザストゥン・ザッパー』になったタフーは巨大だが、それでもきっちり水槽の中に収まった。
自分で『入れ』と言っときながら凄いなと思った。
あるいはあの水槽内も時空が歪んでいて無限に収納可能なのかもしれない。
「頭まで潜って十数えてね」
『ふぁーい』
子どもをお風呂に入らせるみたいなノリだ。
その間に水槽内でコードを読み取る。
「マスターが何をなさるつもりか見当がついてきました」
隣に並んでナカさんが言う。
「タフーが憑依する『ザストゥン・ザッパー』と何かを【合成】させるおつもりなのですね。それによって強化を図ろうと……」
「そういうこと」
俺にできることはそれだけだからな。
冒険者時代から合成師だった俺にできることはいつだって合成のみ。
忘れてはいけない俺の根底だ。
「鉄の剣辺りと【合成】させれば鉄晶剣と同じようになり、強度も上がると思うんだ。冒険者たちに大盤振る舞いした鉄晶剣が当たっても大丈夫?」
「しかし水晶は水晶で砕くことができました。同じ材質では不安が残るのでは?」
ナカさんもそう思う?
そうだなあ、タフーが自信を取り戻すほどの完全最強になるためにはもっといい素材……できれば鉱材と【合成】した方がいい。
「ナカさん何かいいのない?」
「マナショップで購入しますか? このオリハルコンなどどうでしょう?」
「高値! とても手が出ない!!」
俺たちが話し合っていると、その足元にすり寄ってくる者が。
スラブリンだ。
『ピピピピピピピッ!!』
「ん? なんだ?」
おやつの時間にはまだ早いだろう? と思ったがよく見るとスラブリンが、その粘液状の体で物騒なものを引きずっていた。
「うわッ!? 剣じゃないか!?」
そんな危ないものを部屋で持ち歩いちゃダメだぞ!?
「しかも鋼の剣!?」
「スラブリンはここ最近で多くの侵入者を撃退し、その装備を奪ってきました。その中に交じっていたのでは」
鋼の剣って、鉄の剣より遥かにいいものだぞ?
『枯れ果てた洞窟』を攻略する段階でこんな高級品を買うなんて、景気のいい冒険者もいたものだなあ。
「しかしこれこそ今俺の求める素材!」
鋼鉄なら、ただの鉄より遥かに高強度。
凄いぞスラブリン!
俺の求めているものを即座に差し出してくれるなんて、なんて主人想いかつ気の利くスライムなんだお前はッ!
あとでご褒美に、いつもよりたくさんのお菓子を与えてやらねばな!
『はーち、きゅーう、じゅう!!』
「よし、タフーの上がったあとに鋼の剣をどぼーん!」
……なんか昔どこかで読んだ物語で、金の斧ほしさに愛用の斧を泉に投げ込む欲張り木こりになったような気分だった。
「『ザストゥン・ザッパー』と鋼の剣の生成コード、読み取りに成功しました」
「では早速【合成】してみよう!」
エキドナ炉に移り、作業開始。
然るのちに生成されたものは、シルエットこそあの水晶巨人であったが、色、質感はまったく異なる。
全体的にくすんだ銀色、しかしやはりどこか透明感のある巨人は、しかし空っぽの全身鎧のように沈黙しているのだった。
『アタシが入ってないから当然よー』
と水晶巨人の方に入っているタフーが言う。
『じゃーちょっとそっちに移ってみようかなー』
「えッ? そんなあっさりと?」
俺が驚く間に水晶巨人から瞳の輝きが失われ、まさに入れ替わりとなるように鋼晶巨人の瞳に輝きが宿った。
「とりあえず憑依は成功したようですね。どうです?」
『やっぱいつものボディと違うかな? 違和感バリバリー』
手足が動くと、たしかに水晶巨人の時よりも重くザリザリとした稼働音が響く。
『でも一番重要なのは性能だよねー。そこんとこ試してみよう』
「ええ……、えッ!?」
俺が驚いたのは、タフーが出ていったはずの水晶巨人の方が動き出したからだ。
『アタシが直接入ってなくても遠隔操作可能なんだよー。まあ精密な動きはできないけど』
「戦闘中も役立ちますよね。いくつもの遠隔操作体を並べて殲滅するのはタフーの最強戦法です」
万全に動けるだけなのは一体だけどして、何体もの水晶巨人が列をなして襲い掛かる。
想像するだけでも震える。
『マスターが拵えた、この変なボディが最強なら。強化前のアタシの攻撃なんて簡単に防げるよねー?』
それもそうだ。
遠隔操作の水晶巨人、現在タフーが憑依している鋼鉄水晶巨人目掛けて……。
ブレードを振り下ろす!
パキィン! と。
鋭い音をたてて砕け散った。
水晶のブレードの方が。
「すげえ!?」
鋼と【合成】した巨人の方は傷一つない。
通常の水晶巨人が同じ材質の水晶の一突きで完全崩壊したんだから、断然たるパワーアップだ!?
「水晶の弱点である衝撃の脆さがカバーされているのは鉄晶剣と同じですが、さらに強化されている感じですね」
『凄いよマスター! これでアタシは無敵だよ! ありがとうマスター! 愛してるー!!』
感極まったタフーが俺に抱き着こうとするがやめてくれ!
キミまだ鋼晶巨人形態なんだから。
四本ある腕の全部がブレード状なんだから、そんなのでハグされたら俺、八つ裂きになる!?
とにかく新しいボディを得たことでタフーの自信は回復。
今、最下層へ迫っているという侵入者たちへの準備は整った。
しかしながら彼らはなんで最下層を目指しているんだ?




