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23 剣士バギンザ天国から地獄へ

 そして今……。


 剣士バギンザは再びダンジョン内へと入っていた。


「ひゃはははは! サイコーだぜーッ!!」


 その身には黒々と光る鎧が包み込み、その手には黒光りする剣が携えられていた。


 先のダンジョン探索で装備を失い、丸腰になったはずの彼が何故万全の装備を整えているのか。


「どうかなバギンザくん、我ら『哭鉄兵団』の標準装備は?」


 と言うのは大クラン『哭鉄兵団』の幹部ケルディオ。


 冒険者としては剣士クラスであるらしい彼は、バギンザと共に先頭を進み、直接敵を警戒する。

 しかしダンジョン内をズカズカ進みながらもいまだモンスターの気配はない。


「サイコーです! まるでオレのために仕立てられたみたいっすよ!!」

「予備にと用意しておいたのが役立ったな。今回の探索中は自分の装備だと思って存分に使ってくれたまえ」

「ありがとうございます!!」


『哭鉄兵団』から装備を貸し出されたバギンザは、意気揚々とダンジョンを進み続ける。

 向かうは深層。


『枯れ果てた洞窟』調査にやってきた『哭鉄兵団』は、調査のためにも実際にダンジョンの中へと入った。


 それに先立って、今まさに『枯れ果てた洞窟』攻略中の地元冒険者たちを雇い、ガイドとして同行させる。

 たとえ初心者訓練用に使われるほどの低難易度ダンジョンでも警戒を忘れないのは、一流冒険者ならではの隙のなさともいえる。


 そして雇われる側のバギンザたちとしても、上級者同伴とはいえ無事地下六階まで辿りつくことができたなら、彼も晴れて一人前の冒険者となり初心者ダンジョンなどからオサラバできる。


 千載一遇のチャンス。

 バギンザは、これまであった様々な失敗など根こそぎ忘れて浮かれたっていた。


「……知らなかったわよ、ゼルおじさんが『哭鉄兵団』のメンバーだったなんて」

「…………」


 その後方では魔導士テルス、レンジャーのゼルクジャース、回復術師ラランナといつもの顔触れが続いていく。


 バギンザのパーティに大クラン幹部ケルディオを加えた変則チームが、今ダンジョン内を進んでいる者たちだった。


「ゼルクジャース老は、世界最高レンジャーの一人だ」


 代わって答えるのは『哭鉄兵団』のケルディオ。


「その手腕を買われて『哭鉄兵団』に加入し、二十年以上クランを支えてきた後方支援のスペシャリストだよ。我がクランにおいて彼を尊敬しない冒険者はいない」

「なんだよオッサン! そうならそうと最初に言ってくれよ! そしたらオレもそれ相応の扱いをしてやったのによ!」


 バギンザは有頂天になっている。

 何のコネにしろ大クラン『哭鉄兵団』に接近するチャンスを得られたのだ。

 ここで実力を示せばクラン幹部の目に留まり、鶴一声で一挙に大クランメンバーへと駆け上がれる。


 夢のようであった。

 まさに運命が才能ある彼に、専用のヴィクトリーロードを伸ばしてくれたのだと。


「キミたちもすまないね。我々の都合に付き合わせてしまって……」

「いえ、これは正式なクエストですから。冒険者は受けたクエストを粛々と遂行するだけです」


 大クラン『哭鉄兵団』の目的は、やはり『枯れ果てた洞窟』で起こっている異変の調査であった。


 ダンジョン内から採取される宝も、徘徊するモンスターも、ある時から急激な変化が起き始めている。


 何が起こっているかを突き止めるために派遣された『哭鉄兵団』の一隊。

 それを指揮するのがケルディオだった。


 そのケルディオと共に進むバギンザたち。


「懐かしいよ。私も駆け出しだった頃はこの洞窟に潜り、冒険者のイロハを学んだものだ」

「ハハッ、ケルディオさんならこんなゴミ洞窟すぐパスしたでしょう!?」

「……」


 バギンザの軽口にケルディオは答えず、先に進む。


 彼以外にも『哭鉄兵団』のベテラン冒険者は数多く乗り込んできたが、今は細かく分かれ、五~六人単位のパーティとなっていくつも散らばりダンジョン内を調査している。


 ダンジョン内をくまなく調べるための処置だった。


 その中でもバギンザたちとケルディオのパーティは、より深層を進み調べる班。


『哭鉄兵団』の第七統率長ケルディオは、顔も端正に整った好青年。

 若くはあるが経験不足という気配もなく、知勇のバランスがとれて隙が見当たらない。

『哭鉄兵団』のお仕着せである黒鎧も様になり、まさに百戦錬磨の形容が相応しい美剣士。


 女性にもさぞかしモテるだろうと思われた。


「あの……、聞いてもいいですか?」


 そんなケルディオに、魔導士テルスがおずおず尋ねる。


「何かな?」

「ケルディオさんが私たちを同行者に選んだのって、やっぱりゼルおじさんがパーティにいたからなんですよね?」


 ゼルクジャースは『哭鉄兵団』のメンバー。

 それで腑に落ちる点はあった。


 ゼルクジャースは見た目で推し測っても五十代に達しているのは間違いない。

 老境の冒険者だった。

 腕前の年齢相応の熟達で、レンジャーとしてのパーティ補佐能力、状況を読む眼力はベテランと言う他ない。


 大クランに所属していたという経歴は、老練冒険者の実力を納得させる追加情報ではあった。


 しかし益々わからなくなることもあるが……。


「なんで大クランの幹部が『枯れ果てた洞窟』に出入りなんかしてるんです? ここは初心者用ダンジョンです。年齢も実力もゼルおじさんに不釣り合いすぎる。それなのに何故……!」

「おいおい、そんなことどうでもいいじゃねえかよ!?」


 浮かれ切ったバギンザが言うのだった。


「クラン幹部って言っても所詮サポート職だぜ? そんなのがどこにいようと大した問題じゃねえだろ!? それよかいつモンスターが来るかわかんねえんだからちゃんと警戒してろよ!」

「そろそろ地下五階か……」


 ケルディオ、周囲を見渡しながら言う。


「なら話してもいい頃か。我々が『枯れ果てた洞窟』に来た本当の目的を」

「まずワシから話させろや」


 若き俊英を差し置いて、語り出すのはゼルクジャース。


「まずは隠し事をしていてすまなんだな皆の衆。ここでワシらの素性を明かすと煩いことになるだろうからよ」

「へッ、気にしすぎだよオッサン。たとえ『哭鉄兵団』の一員でもうじ虫のサポート職に誰が気にかけるかってんだ」


 ゼルクジャースの素性を知ってもバギンザの態度はそれほど変わらない。

 サポート職を心底から見下していた。


「ワシは見た通りの歳でな。若い時ほど体も動かんし、気力も萎えてきた。そこでそろそろ引退しようと思っていてな」

「引退……」

「どこにも所属しない独り身冒険者なら進退も簡単だったんだがよ。生憎ワシは『哭鉄兵団』の後方支援を担う大サポートチームの指揮役だ。指揮者がいなくなれば組織も滞る。辞めるなら代わりを用意しなきゃならん」


 責任ある者の使命。

 組織の継続のために後継者を擁立すること。


「ワシは部下の一人を抜擢して、次のサポート指揮官に任命しようとした。能力人格申し分ないヤツだが、一つ問題があってな。クラスがレンジャーじゃないんだ」


 レンジャーはサポート系の最上職。

 サポートチームをまとめるものならやはりレンジャーであることが好ましい。


「ワシは何度も説得して、レンジャーにクラスチェンジするよう呼びかけたが一向に聞き分けねえ。そこでワシはソイツを連れて、ここ『枯れ果てた洞窟』にやってきた」


 初心者用の安全度の高いダンジョンで、彼にレンジャーへのクラスチェンジする説得を続けながら、レンジャーとしての奥義を叩き込むために。


「アイツがさっさと聞き分けてくれたら、ワシはとっくに安心して引退できたのによ……! 本当に強情で、なんであんな不人気クラスに拘ったんだか……!」

「ゼルおじさん……!」


 テルスが、枯れた声で問いかける。


「その人の……ゼルおじさんが後継者にしたがってた人のクラスって……!?」

「合成師だよ」


 その瞬間、その場にいた全員の脳裏に浮かんだ顔は同じものだった。

 ゼルクジャースと共にこのパーティにいたもう一人のサポート職。


「ふざけるな!!」


 バギンザが叫ぶ。


「あのアクモが! アホでどんくせえ臆病者のアクモが『哭鉄兵団』のメンバーだったってのかよ!? 大クランはあんなクズでも入れるくらい緩いのかよ!?」

「アクモは、優秀なサポート職だ」


 代わって語るのは美剣士ケルディオ。


「実直で思いやりがあり、何より冒険者に必須である慎重さを持ち合わせる男だ。ゼルクジャース老が抜ければ、彼はいよいよ『哭鉄兵団』に欠かせない才能になる」

「アイツはなあ、アクモはなあ、こんな初心者ダンジョンで遭難するような男じゃねえ。テメエのような素人とは経験も心構えも違うんだよ……!」


 ゼルクジャース、バギンザの襟首を掴んで言う。

 いや叫ぶ。


「何をしやがった! お前が何かやったんだろう!? 誰よりも慎重で正しい判断をするアイツが! そうじゃなきゃしくじるものか!」

「うわ! うわあああ!?」

「アクモはテメエみてえなクズとは経験も才覚も違うんだ!! 自分の実力を勘違いしちまうクズとはな! お前のせいでアクモに何かあってみろ! ぶっ殺してやるからな!!」


 それまで溜まりに溜まっていた憤懣が噴出するかのようだった。


「ここは地下五階、逃げようとしても逃げられんぞ」


 続いてケルディオも言う。


「私の目的は、変化の起きた『枯れ果てた洞窟』の調査もだが、別にもう一つある。その奥で失踪したアクモの捜索だ」

「ひッ!?」

「私とアイツは同期だ。同じ冒険者養成所からスタートし、駆け出しの頃を一緒に凌ぎ切った。アイツを『哭鉄兵団』に誘ったのも私だ」


 だから彼は決意する。

 絶対にアクモを見つけ出すと。


「バカな……! アイツがいなくなってから何日経ってると……!」

「アイツは生きている。間違いなく生きている。本物の冒険者のしぶとさはニセモノのお前にはわからんだろうがな」


 ニセモノ冒険者。

 憧れの対象である大クラン幹部から叩きつけられた言葉。


 バギンザの喉元に剣の切っ先が突き付けられる。


「お前は、失踪する最後までアクモと一緒にいたそうだな。では是非とも我々の探索に協力してもらおう。断ればどうなるかわかっているな?」


 ケルディオの剣が凶悪な輝きを放つ。


「お前の価値などその程度のものでしかないんだ。サポート職を見下す勘違い冒険者など『哭鉄兵団』は絶対採用しない。ダンジョン攻略がどうやって行われているか理解しないバカタレは、必ず途中で死んでいく」


 天国から地獄へ、真っ逆さまに落ちた気分のバギンザ。


「お前も間違いなくその一人だ。ここから生きて帰れたら冒険者などすぐにやめるんだな。しかしその前に、クズでも最低限の役に立て」

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[気になる点] 1話2話で主人公自らが、 自分には誇れる成果も経歴もない。 先輩同僚後輩から蔑まれる10年間だった。 と書かれているので、今回の内容と合わないですね。 蔑まれる10年間は主人公が思い…
[気になる点] 先輩同僚後輩から蔑まれ続けてきたんじゃなかったの?…アレ?
[一言] 本来の仲間が良い奴らだなぁ。
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