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22 剣士バギンザと大クラン

 剣士バギンザのいら立ちは頂点に達していた。


「オレの……、オレの剣が……!?」


 つい先日の、ダンジョン探索で起きた信じがたい出来事。


 バギンザはスライムに敗けた。


 世界でもっとも弱いモンスターとされるスライムを一ひねりにしようと思って、逃げるのを追って、追いつめたと思ったら逆に待ち伏せに遭って取り囲まれて袋叩きにあった。


 気づいた時にはダンジョンから放り出され、パーティメンバーの呆れ顔に見下ろされていた。


 それだけでも耐えがたい屈辱だというのに、さらなる凶事が彼を襲う。


 装備のすべてを失ってしまったのだ。


 剣も鎧も。


 最前線で肉弾戦闘を行う剣士こそ、装備の良し悪しが命運を左右するクラス。

 その剣士であるバギンザが敵を斬り裂くための剣も、敵の直接攻撃から身を守るための鎧や盾も失ったのである。


 これが痛くないわけがない。


 結局のところ初心者ダンジョンで研修中の駆け出し冒険者に過ぎないバギンザだから、予備の装備をストックしていることもないし、買い直すだけの蓄えもない。


 丸腰でダンジョンに挑めば今度こそ確実に死ぬ。


 装備もなく資金もない今のバギンザは、いわゆる『詰み』の状態になってしまった。



「もう解散しかないわね」


 そう言いだしたのは魔導士テルス。

『枯れ果てた洞窟』を直接管理する冒険者ギルドにおいてであった。


「お、おい待てよ!? なんでそうなるんだよ!? わけわかんねえぞ!?」

「わけわからなくもないでしょう? 戦闘でもっとも頼りにすべき前衛役が使えなくなった。これでパーティを継続する意味がないわ。一旦ばらけて仲間を再構成する段階に来たってことね」

「何言ってんだよ!?」


 バギンザ、顔面蒼白になりながら抗弁する。


「簡単に諦めてんじゃねえよ! 言うだろ、諦めたらそこで終わりだって! 諦めずに、どうにか先に進む方法を考えようぜ!」

「別に諦めてなんかいないわよ? 諦めてないからこそのパーティ再編成でしょう?」


 その言葉に、さすがの鈍いバギンザもその意図を読み取った。


 戦えなくなったバギンザを切り捨てようというのである。

 アクモ失踪の疑惑を巡り大きな溝のできたバギンザ。彼がいなくなることは戦力的な意味以外でも大きな改善となる。


「今度は誰入れんのー? アタシはイケメンがいいなー?」

「アジールさんでどう? 都合よくソロの剣士で実力があるし。それでもアクモの代わりになる人はなかなかいないだろうけど……」


 バギンザの目の前だというのに、露骨に次のメンバー候補の話をしてる。


 切り捨てられる。

 自分が。


 それを意識した時、バギンザの全身の熱が上がった。

 プライドの高い彼には許されないことだった。彼は常に見下し、審査し、選ぶ側だというのに。どうして見下され、審査され、選ばれることなく見捨てられるというのか。


「いい気になるなよバカ女ども……!?」


 そのまま行けばバギンザは、テルスたちに殴りかかって大乱闘を起こしていただろう。


 ギルド内での暴力沙汰は即刻冒険者資格はく奪されるだけでなく、捕まって牢屋行きということもある。


 確実に冒険者人生終わりとなるバギンザの凶行を止めたのは、外からの異様な騒ぎだった。


「大変だー! 大変だぁーッ!!」


 息せき切ってギルドに駆け込んでくる若者。


「クランが来た! 大クランが来た!!」


 と言うのだ。

 一体何事かと皆の注目が集まると、ギルド施設内に入ってくる物々しい集団。


 十人以上はいるだろうか。

 その全員が黒々とした地金色の鎧をまとい、統一感があった。


 動くたびにガチャガチャと金音を鳴らし、まるで黒鉄がさめざめと泣いているかのよう。


「あれは……、まさか……!?」


 他多くの冒険者と共に、バギンザも突如現れた精強兵たちを見て、身が硬直する。


「……大クラン、『哭鉄兵団(こくてつへいだん)』……!?」


 大クラン。

 それは全冒険者の憧れの対象。


 ダンジョン攻略という目的の下、一人一人の冒険者が協力し、まとまって、相互扶助の集団と化したものがクラン。


 冒険者を管理支援するギルドとは別の立ち位置にあり、また同じく冒険者が徒党を組むパーティとも規模の観点でまったく別ものだった。


 クランは大抵、大きなダンジョンを効率的に攻略するためのもので、いくつものパーティが連携して進むためにダンジョン内での危険を最小限にすることができる。


 その中でも百人以上の加入者を抱える大集団を大クランといい、広い冒険者業界でもそこまでの規模を持つクランは片手に余るほどしかない。


 そして、今現れた『哭鉄兵団』こそ、その片手で数え上げられる程度しかない最上ランク大クランの一つであった。


「その『哭鉄兵団』が何故ここに……!?」


 居合わせた冒険者たちの誰もが困惑した。

 初心者ダンジョンを攻略中の駆け出し冒険者たちが。


 何度も言う通り『枯れ果てた洞窟』は、宝箱もなければ多彩なモンスターも徘徊しない出涸らし洞窟。


 それゆえに一獲千金を夢見る冒険者たちからは見限られ、初心者用の練習ダンジョンとして使用されるのが精々。


 そこへ攻略急先鋒たる大クランが訪れるなどありえないことだった。


 実力的にも最強クラスの猛者たちが、最弱クラスのフィールドに降臨する。

 その矛盾する状況に誰もが戸惑いを隠せない。


 しかし乗り込んできた当人たちは、『王者が周囲を気遣うか』と言わんばかりに自分たちのペースのまま、物事を進める。


 黒鉄鎧の物々しい集団の中から一人、進み出る。

 その男は、さらに神々しい覇気を放つ、明らかに特別の中の特別という佇まいだった。


「ギルド幹部と話がしたい」


 男は静謐なる口調で言った。


「オレは『哭鉄兵団』のケルディオ。第七統率長を務めている。ここ最近このダンジョンで起こっている異変について、情報収集せよとの命を受けてきた」


 ギルド受付は肝を潰したような表情になって奥へと駆けていった。

 恐らくはギルド長なりを呼びにいったのだろうが、その間肝心の大クラン派遣者たちは放置である。


 あまりにも異質すぎる訪問者に、元からいる者どもの視線も集中して外されることはない。

 名もなき冒険者たちのヒソヒソした話し声が聞こえる。


「なあ、何しに来たんだと思う大クラン……?」

「そりゃあ決まってるだろ? 最近明らかにおかしいじゃねえか、ここのダンジョン……!」


 宝箱が一切湧いて出ず『枯れ果てた洞窟』などと揶揄されていたのに、いつの間にか宝箱が生えるようになり、しかもその中身が破格の性能を持った鉄晶剣。


 さらに冒険者を罠にかけてくる高知能スライムまで出没。


 冒険者たちもいい加減に『何かあった』と思い始めていた。

『枯れ果てた洞窟』が枯れ果てなくなった何かが。


「『枯れ果てた洞窟』で起こる変化を調査しに来んだよ『哭鉄兵団』は。大クランともなれば小さな異変でも察知して、自分でたしかめに来るのも厭わないってわけさ」

「スゲェ……! かっけぇな大クラン……! オレもいつかあの中に入りたいぜ……!」


『枯れ果てた洞窟』攻略中の駆け出し冒険者にとって、大クランは憧れの象徴。夢見る未来の自分の姿。

 あの黒鉄の鎧姿を、うっとりとしたため息と共に見つめる冒険者は多かった。


 バギンザもその一人。


 野心に燃える彼は、いずれ大クランに所属し、その上位へと駆け上がっていく未来を何度も思い描いていた。

 それこそ自分の本来の姿。才能がある自分は、いずれ有名な大クランの幹部になり、長となる宿命にあるのだと。


 未来の自分だと信じて疑わない、雄々しい姿が、今目の前にある。

 それだけでバギンザの全身は感動に震えあがった。


「…………」


 するとどうであろう。

 あの一団の代表を名乗るケルディオなる男が振り向いた。


 彼が向くのは明らかにバギンザのいる方だった。

 しかも相手は、そのままこちらへと歩み寄ってくる。


「え? え? ええええッ!?」


 困惑するバギンザ。

 もしや大クランの幹部が自分を見つけた。自分のあふれ出る才能に気づいたのか。


 溢れる喜び、優越感を隠しながら相手に応えようとしたところ……。


 大クランの幹部はバギンザを素通りしていった。


「えッ!?」


 そしてまったく別の人物に声をかける。


「ゼルクジャース老、ご無沙汰しております」


 ギルド幹部が声をかけたのは、バギンザパーティのサポート職。

 レンジャーのゼルクジャースだった。


「…………ふん」


 初老の境に差し掛かり、中年とも老年ともいえる微妙に盛りすぎた年頃のゼルクジャースは、ロクな返事もせずつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] え?何?あのじさまってば、とんだ大物? (※越後のちりめん問屋のご隠居みたいなモン?)
[良い点] ゼルクジャースさん そんな実力者だったのか! 影薄すぎw [気になる点] バギンザパーティ だったのかよw バギンザパンツ一丁で放り出されたんじゃないのかw [一言] 大人数で入られたらダ…
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