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21 悲しいのは嫌なので

「スラブリンが出撃するようになってから侵入者は撃退されまくりですわねマスター」

「そだねー」


 意外な快進撃。


 スラブリンは一見ただのスライムに見えて、実はゴブリンの因子が含まれている。

 ゴブリンのように徒党を組んで、時にはやられたように見せかけて相手の油断を誘い罠にハメる。

 そんな小狡いこともしてのける。


「世間一般にスライムには、敵を陥れる脳ミソなんてないと思われているからな。なおさら効果覿面だ」

「侵入者は簡単に油断しますし、罠にかかった時さらなる混乱を望めますものね」


 これまでもダンジョンマスターの権限で現場を遠見してきたが、冒険者ども自分が騙されるなど夢にも思わずスラブリンを追っていき……。

 スラブリンの用意した待ち伏せエリアにノコノコと入り込んで……。

 パニックに陥りながら袋叩きにされている!


 アホな連中め!


「想定が足りないな。『スライムには知能がない』『作戦なんて立てるわけがない』。そんな思い込みで可能性を切り捨てている。あれじゃあ他のダンジョンに行ったところですぐ死んでしまうな」


 これよりもっとエグい罠は余所のダンジョンにたくさんある。


 今のところスラブリンの罠に入って抜け出せた冒険者は皆無らしいな。

 俺も全部確認したわけじゃないけど。


「スラブリンが参戦したことでダンジョンの防衛力が格段に上がりましたね」


 ナカさんが言う。


「あの子の分裂能力もものを言っています。一体程度の戦力追加で何ほどもののかと思いましたが、アレのおかげで一体でも数十体分の働きをして侵入者をねじ伏せています。やっぱり数は力ですね」

「あれかー」


 俺もモニタ越しに見たが、なかなか凶悪だな。

 たしかにスラブリンの能力欄には『分裂(S)』というのがあったが、あれはみずから二つ三つに体を分けて増やす能力なようだ。


 あれのおかげで誘い込んだ冒険者を四方八方から袋叩きにできる。


「通常のスライムは分裂(B)が精々のはずなのですが(S)ともなれば分裂速度も限界分裂数も桁違いですね。これもゴブリンの因子が交じった結果でしょうか?」


 生き汚いもんなーゴブリン。


 しかし冒険者の連中も、もう少し注意深くなれないもんかね?

 スラブリンには、普通のスライムとは違う明確な特徴……『体の色が違う』というのがあるのに、またモニタ越しに観察するにその違いに気付いた冒険者も少なからずいたのに。


 それらを怪しむことがなく考えなしに突っ込んでいく者が全員だった。


 あんな迂闊さではすぐに死んでしまうぞ?


『ピピピピピッ!!』

「おっ、スラブリンが帰ってきた!」


 よく頑張ったなコイツ!

 ご褒美に撫でてやろう!


 ……と、思ったらメッチャ数いた。

 分裂状態のまま帰還してきたらしい。


『『『『『ピピピピピピピピピピピピッッ!!』』』』』

「ぎゃああああッ!? 押し潰されるうううううッ!?」


 子犬の群れにたかられた状態になる俺。

 一通りもみくちゃにされたあと、分裂スラブリンたちは次々くっついて融合し、最後には元の一体にまで戻った。


『ピピッ!』

「よしよし、大活躍だったな」


 ご褒美を上げよう。

 先日外出から帰ってすぐ仕込んでおいた干し柿が、そろそろいい感じに熟すはずだ。


 食すがいい。


『ピピピピィーーーーーーーッッ♡♡』


 めっちゃ喜んで干し柿を体内に取り込むスラブリン。

 あれがスライム流の咀嚼&消化ということか。


 露店のおばさんから買った果物を全部干して加工してしまった俺である。

 ダンジョンマスターの領域は地下深くであるが、次元を歪めているから。風通しのいい屋外も部屋の中に作ることができる。

 そこに干しておけば鳥や虫に食われることもなくて安心だ。


 以前冒険者だった頃はダンジョンに入る携帯食として必要に迫られて作っていたが……。

 どうやら俺自身この作業を楽しんでいるフシがあったようだ。


 乾物づくり楽しい。

 上手くできた時の感動がひとしお。


 ダンジョンマスターになっても乾物作りは俺の趣味として末永く続いていきそうだ。

 冒険者時代と違って伸び伸びやれるから、今度は魚の干物でも作ってみるかな?


『ピピピピピピピッ!』


 なんだまだ欲しいのか?

 干し柿一個じゃ満足できないのか、このいやしんぼめ!

 では次は三個やろう!


「スライム風情が生意気ですね。マスターみずからが作られた干し柿を貪るなど……!」


 その隣でナカさんが何やら不機嫌そうであった。


「大丈夫だよ、ナカさんの分もちゃんとあるよ」

「恐れ多いですマスター!」


 恐縮するナカさんの眼前に干し柿を差し出し……。


「はい、あーん」

「!?!?!?!?!?」


 ナカさん、多少戸惑う様子だったが、やがて口を開けて……。


「あ、あーん」


 食した。

 人間素直が一番だ。


「マスターから下賜された干し柿……、とても美味しいです……!!」

「種は食わずに吐き出してね?」


 とは言うが、ナカさんの口の中からガリッゴリという何か硬いものを噛み砕く音が露骨に聞こえてきた。

 スラブリンですら種は噛まずに吐き出しているというのに……!?


「それよりもマスター、一つ伺いたいことがあります」

「何かな?」

「スラブリンは、侵入者の多くを撃退していますが、その中で死者は一人も出ておりません。マスターのご指示ですか?」

「そうだよ?」


 俺が特に念を押して、不殺を命じておいた。


「僭越ながら、侵入者を生かしておく理由が見当たりません。ヤツらは究極的にダンジョンを侵害する害虫。無論心象エネルギーを収奪する目標ではありますが、ヤツらは殺したところであとからすぐ湧いて出ます。手心を加える必要もないかと」

「そうだけど……」


 ナカさんの言うことはまったく正しい。

 冒険者は、ダンジョンにから見れば言い訳のしようもないほど明確な不法侵入者なのだ。


 だからダンジョンも自己防衛はするし、冒険者たちも殺されたって文句は言うまい。


「あと、侵入者が死んだ時まとまった心象エネルギーが手に入りますよ」

「そんな特典が!?」


 しかしそれでも、俺は自分の支配するダンジョンで生き死にを繰り広げたくない。


 たとえばここにいるスラブリンとかナカさんが死んでしまったらすごく悲しいし、彼女らを危険にさらしたくないのはもちろんだが。


 このダンジョンに侵入してくる冒険者たちにも、それぞれ大事な人がいて、彼らを失えば悲しむんだろうなーと。


 そう言うのを想像したら、とても最後までやり合うなんてできない。

 だからスラブリンにお願いして、とりあえず意識を失うまで締めあげたら外に放り出す程度でいいかなと考えている。


「もちろんノーペナルティとはいかないがね」


 スラブリンには、意識を失い『死亡扱い』になった冒険者からは全装備を剥ぎ取って丸腰にするよう命じてある。

 冒険者にとって、武器や防具といった装備はパーティの仲間たちの次に頼りになるもので、絶対に失いたくないものだ。


 仮に失ったとして、新しく買い直すには莫大な資金がかかる。

 それができずに装備のグレードが下がり、攻略するダンジョンを変えなければならなかったり。

 時には冒険者廃業の憂き目を見ることもある。


 それだけ装備を失うことは痛いのだった。


「それくらいのリスクがなきゃ冒険者とは言えないからね」


 ノーリスクで俺のダンジョンから巣立っていき、別のダンジョンで即死亡とかなるのもいい気分ではないからね。

 失敗することの恐怖はしっかり学んでもらおうと思う。


「しかし、成果は着実に上がっています。心象エネルギーは着実に増加しています」

「えッ? ホントに?」


 むしろ邪魔を増やしたのに。


「難易度が高まったことで、逆に侵入者たちの情熱に火がついたのでは? さらにスラブリンに襲われ、リタイアが増加したことにより宝箱の消耗も鈍くなっています。その分心象エネルギーが節約されているのもよいですね」


 ホントに。

 いい傾向だなあ。


 このまま心象エネルギーが増えていけば新しいレアアイテムやモンスターの生成コードを買えるし、ダンジョンを拡張できる。


 どんなふうに改造するかな! 夢が広がるな!



 そうやって調子に乗っていた時だった。

 ウチのダンジョンに、これまでにないまったく新しい侵入者がやってきたのは。


 彼らは『哭鉄兵団』。


 冒険者同士で構成される、パーティよりも大きな集団……。

 クランだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公甘いなぁ
[良い点] みぐるみはいで叩き出されるダンジョン… うぅ、ももんじゃ
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