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19 剣士バギンザの活動再開

 アクモが消息を絶ってから十三日が経過した。


 それはつまり冒険者たちの間で定められた『十三日の服喪』の期間が過ぎ、冒険を再開できるということだった。

 かつてアクモが所属していたパーティのメンバーたちが。


「やっと無駄な時間が終わったぜ!」


 心から歓喜の声を上げるのは剣士バギンザ。

 服喪という、死者を悼む時間に何の意味も見出していない男だった。


 他のメンバーとて生活があるから、冒険者の活動をこれ以上休止するわけにもいかない。

 レンジャーであるゼルクジャースを中心に、着々とダンジョン入りする準備が進められていた。


「頼むぜゼルクのおっさんよ! 一気に地下六階を目指すぜ! そして今回を『枯れ果てた洞窟』最終攻略にするんだ!!」


 初心者用ダンジョンである『枯れ果てた洞窟』。

 そこへ潜るのは大抵が冒険者になったばかりの新米ばかり。


 危険なダンジョンを行き来する冒険者の生存率を上げるため、簡単なダンジョンで経験を積ませる。

 そのために課せられた条件が以下の二つだった。


・モンスター通算四百体の討伐。

・地下六階までの踏破。


 この二つのうちいずれかを達成した時点で『実力あり』と認められ、他のダンジョンへ入る権利を得る。


 バギンザが何よりも欲しているのはそれだった。

 疫病神だと一方的に決めつけていたアクモがいなくなった今、彼を阻むものは何もない。

 今日にでも屈辱的な初心者ダンジョン通いを切り上げ『自分にもっと相応しい上位ダンジョンへ』と胸躍らせているのだった。


 しかし……。


「地下六階へは行かんぞ」

「はあッ!?」


 口数の少ないゼルクジャースの、久々の返答にバギンザは揺れる。


「どういうことだジジイ!? 地下六階にさえ行けば、クソみてえな初心者ダンジョンの卒業資格を貰えてもっと骨のあるダンジョンへ行けるんだ! 地下六階に行かずにどこに行くってんだよ!」

「行かないのではない。行けんのだ」


 普段無口な中年冒険者だが、必要なことを言う際の口調はまことに厳然としている。

 傍若無人なバギンザですら気圧される。


「物資が不足していてな。食料もそうだが、ポーションや毒消し。ダンジョンへ入るのに必ず使う消耗品が軒並み足りておらん」

「足りないなら買い足せばいいじゃねえか! バカかよ!?」

「その金がないと言うておるのだ」


 そう言い返されてバギンザは露骨な舌打ちをした。


 やはり十三日もの空白を作ってしまったのがいけなかったのだ。その間に浪費してしまった金銭が……。

 アクモの呪わしい疫病は、まだ途絶えないというのか。


「勘違いしないで。服喪の空白は関係ないわ」


 魔導士テルスが会話に割って入る。

 喪が明けても、彼女のバギンザへの当たりは強くなる一方だった。


「喪に服す間の生活費はそれぞれの懐から出てるんだから。冒険者としての活動を行う際の、パーティ共有資産は関係ない」

「だったらなんで!?」

「わからないのバギンザ。アクモがいなくなったからよ」


 パーティ共有の資産があるとしても、所詮駆け出し冒険者が寄せ集まったパーティ。それほど蓄えられているわけではない。


 パーティが成果を上げるため、少ない資金をどうやりくりするかがサポート職の腕前にかかっていた。


「アクモは合成師だったもの。節約のために安い薬草を買い込んで、自分でポーションを作っていたのよ。寝る間も惜しんでね」

「なッ!?」

「彼がそうまでして作り置きしてきたポーションもそんなに残ってないわ。普通なら備蓄が溜まるぐらいだったのに。何故かわかる? アンタが考えなしにガバガバ消費してきたからよ!!」


 ここにいるパーティメンバーの誰もが知っている。

 バギンザが大したこともない傷……毛ほどのようなかすり傷でもわざわざポーションを使い回復していたことを。


 彼は冒険者を名乗りながら潔癖症のきらいがあり、ダンジョン内で野営するにもモンスター除けの聖水を雨水のように振り撒いていた。

 一パーティ中のアイテム消費量は、彼がダントツで上だろう。


「それだけじゃない。アクモは食料にも気を配って、自分で工夫して干し肉やらドライフルーツやらを作ってダンジョンに持ち込んでたのよ。それを一番バクバク食べてたのもバギンザ、アンタだったけどね!」

「うぐッ!?」

「アイテムがなくなればダンジョンから出るしかない。バカでもわかる簡単なことよ。アンタは誰より率先してアイテムを消費して、ダンジョンにいられる時間を減らしながら撤退するのを最後までゴネ続けてきたのよ!」


 バギンザの脳裏に思い出される。

『ここまでです、地上に戻りましょう』と言うアクモの顔を。


 そういうアクモを、バギンザは吐き気がするほど嫌っていた。

 地上に帰りたがるのはヤツが臆病者で、根性なしだと思っていたからだ。


 しかし実際にアクモは物資の残りと消費ペースを見極め、注意深く撤退のタイミングを推し量っていたのだ。


「そ、それならそうと説明していれば……!?」

「ミーティングの時いつもバッくれてたのはアンタよね? 私が何度注意しても出ようとしなかった。あの時アクモはパーティの状況を誰より精密に説明してくれたわよ?」


 バギンザは細かいことが大嫌いだ。

 みみっちいことを考えるのは英雄的ではないと思っている。


 みみっちいことはみみっちい人間に任せておけばよく、それこそアクモのような弱虫唯一の使い道だとタカを括っていたのだった。


 そしてバギンザはみずからを英雄だと思っているから、みみっちいことはもっとも似合わない。


 アクモがまだパーティにいた頃、ことあるごとにバギンザに話しかけてきたが鬱陶しいと取り合わなかった。

 あの時ヤツは、情報をバギンザにも分け与えようとしていたのではないか。


「アクモが整えてくれた物資状況をアクモ抜きで再現するには、いつもの三倍の資金がいるわよ。ウチのパーティにそんな余裕はとてもない」

「じゃ、じゃあどうするって言うんだよ……?」


 恐る恐る尋ねるバギンザに、答えるのはゼルクジャースだった。


「少ない物資でも強行できる日帰り攻略を繰り返すしかないな。ダンジョンの入り口近くでモンスターを狩って、討伐報酬を稼ぐ」

「ちょ、待てよ!?」

「上手いこと金が貯まれば、地下六階まで続くだけの物資を整えられるし。それができなくともモンスター退治を続けていればいつか討伐数四百体になってこのダンジョンから抜け出せる。前に進むことになるさ」

「ふざけんじゃねえ! 四百体討伐なんてどれだけ時間がかかるってんだよ! オレは超特急で、今日にも、こんなクソダンジョンからオサラバしたいんだ!」


 ただでさえアクモの喪に伏し十三日間を浪費している。

 これ以上初心者卒業を先延ばしにするのは彼のプライドが許さなかった。


「何とかしろよジジイ!? お前だってサポート職だろ! しかもサポート系最高クラスのレンジャーが、あんなゴミ野郎にできたことをできないって言うのかよ!?」

「……」

「ヒィッ!?」


 ゼルクジャースからの無言の眼光が、バギンザを射抜いた。

 たしかに彼はサポートクラスのレンジャーだが、その気迫は前衛職でも容易く叩き潰しそうである。


「……レンジャーとて万能ではない。レンジャーが得意なのはダンジョン内の罠を見抜き、解除し……、あるいは地形を完璧に把握してパーティの生還経路を確保すること、だ」

「むしろダンジョン攻略前の下準備はメンバー全員でやるべきことよ。たしかにアクモはそれがずば抜けて得意だったけど、だからって彼一人に丸投げしていいわけじゃないわ」


 テルスとてダンジョンに入る前は魔法力回復アイテムを自作して準備に余念がない。

 ダンジョン攻略のその日まで遊び惚けているのはバギンザぐらいのものであった。


「クソッ、クソ……ッ!?」


 このままでは押し切られ、バギンザ一流冒険者の仲間入りがまた遠のく。


 初心者ダンジョンの卒業資格を得るには、地下六階を踏破するのがもっとも時間がかからない。

 上手くすれば往復に七日程度かけるだけで一人前と認められる。


 それに比べてモンスター四百体討伐など、何日かかることか……。

 初心者などという不名誉な称号が自分に付きまとうことを、もう一日だって我慢できないバギンザだった。


「そ、そうだ……!」


 バギンザの視線が向く先は、もう一人のパーティメンバー、回復師ラランナだった。

 相変わらずメンバー同士の会話に加わらず、爪磨きに余念のない彼女。


 そんなラランナに縋るようにバギンザは言う。


「ラランナ! お前の回復魔法さえあればポーションなんていらねえじゃねえか! ゴミだよゴミ! 役立たずのポーションなんか捨てて地下六階を目指そうぜ!」

「…………アタシの魔法力じゃ地下六階までの往復分なんてとてももたないよ?」


 所詮初心者ダンジョンの駆け出しパーティ。

 そのメンバーであるラランナもヒーラーとしてまだまだ力量不足。魔法を唱えるために必要な総魔法力が、一人前のレベルにまったく届いていなかった。


「そうじゃなくても回復魔法は、戦闘中とか危急の時に使われるべきもの。魔力節約のために平常時はポーションに頼るのが常識だよ」

「なんだとッ!? 舐めた態度してるくせに役立たずだな!」


 そう叫ぶとラランナの胡乱な視線がバギンザを捉える。

 汚物を見るような目の色。


「文句あんの? だったらアタシは今すぐにでもパーティ離脱するから。アタシは我慢なんてしないからね。回復してほしかったらその臭い口死ぬまで閉じてなよ」

「ぬががが……ッ!?」


 そうだった。

 バギンザは、この小娘ヒーラーの態度が気に入らないために怪我しても回復を頼めず、アクモが用意したポーションばかりに頼っていた。


 しかしもうアクモも、ヤツが用意するポーションもない。

 ダンジョン内で死にかけた時頼れるのは、この嫌味いっぱいの回復術師しかいないのだった。


「……で、どうするのバギンザ?」


 最後の確認をするようにテルスが聞いた。


「行くんなら浅階層でモンスター退治。行きたくないなら行かなくてもいい。パーティ解散でもいいわ。アンタが決めなさい。どうするの?」


 念押しで聞かれ、バギンザははらわたが煮えくり返りそうになる感覚を覚えつつ……。


「……行く」


 と答えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なくしてわかる、親と金とサポート職…本来、こういうトコロから反省してバネにしていくモンなんだケド…まぁ、絶対反省なんかしないわな(笑)
[良い点] 結局こいつの自業自得だったのか 膨れ上がった自尊心はそう簡単には縮まねえぞw [一言] はたして何階層までいけるのやら こりずにガバガバ使い果たして2階層までもいけなかったりw
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