17 金はあるので
まだまだ地上を満喫中の俺たち。
続いて家具店にやってまいりました。
もっともこういうところは一部の上流階級ご用達な場所で、俺なんぞ冒険者時代一度も足を踏み入れたことがなかったが。
「いらっしゃいま……うわぁ」
迎えに出てきた店員も、俺を見るなり瞬時にして表情を変える。
そりゃそうか。
俺の身なりは冒険者としてダンジョンを攻略していた時と少しも変わっていないのだから。
「あの……、来る店を間違えていませんか? ここはアナタのような人の稼ぎで買えるような安物は置いていませんよ?」
言葉遣いは丁寧だがズバリと来る。
そうでもしないと商売成り立たんのだろうな。
冷やかしなど客ではない、という断固たる態度。
しかしそんな相手に大層腹を立てる人がいて。
「当店はナナンの街の最高級店です。ギルド幹部や大宿の支配人が出入りする、選ばれし御方のみが利用できる店なのですよ」
「何ですかその態度は?」
ナカさん。
こっちも遠慮なくズイズイ押し迫る。
「我がマスターに何と不敬な態度。地上の人間の分際で身の程を弁えなさい」
「そういいましてもねえ、私どもにとってはお金を払って品を買ってくれる方のみがお客様ですので……」
さすが店員。
面倒な客の意味不明な主張は聞き流すかまえができている。
しかしウチのナカさんもそれで引き下がる輩でなく……。
「冒険者など寝るなら毛布一枚で充分でしょう? アナタのような汚い人にうろつかれると店の品位が下がります。大衆店などと誤解されたら営業妨害です。速やかに退店されなければ衛兵を呼ぶことになりますよ?」
「フン、買えばいいのですか。ならこれならどうです?」
と言って店員に向けて何かしらポイと投げ放つ。
それに反応できない店員はキャッチもできず己の胸にポフと当て、それは床へと落ちる。
金色の輝きを放ちながら。
「これはッ!?」
「金貨です。アナタたち地上の人間は、これが命より大事なのでしょう? ほら、ほら」
「ひえええええええええッッ!?」
続いてさらに金貨をポイポイ投げ放つナカさん。
ここに来る前、千枚作ったからなあ。
まだまだ尽きまい。
「これで、この店にある一番高級な商品を買えますか? 足りなくても問題ありません。今日はその十倍をもってきてありますので」
怖い。
それでもかなり少なめに見積もっていることが。
「うへえええええッ!? 失礼を、失礼をいたしました! ご案内させていただきます!!」
「一番の高級品だけを出しなさい。二級以下など我がマスターに使われる資格はありません。生半可なものを出せば店ごと叩き潰しますよ」
「ぼへえええええッ!?」
金の力で相手を粉砕。
そんな現場を目撃することになろうとは。
「あのー、俺はあまり仰々しいのはパスで……」
『一番いいのを持ってこい』とか言ってたけど……、むしろ俺はあんまり高級すぎると落ち着かない。
「何をおっしゃいます。マスターは我がマスター。何をするにも最高のものこそが相応しいのです」
「お待たせしました! こちらなどどうでしょう!」
もはや完全に態度が変わった店員が、滅茶苦茶馴れ馴れしく寄ってくる。
「こちらのベッドなどどうでしょう!?」
「案の定高級そう!?」
「枠組み部分には最高級のオークキング杉を使用し、水鳥の羽だけを詰め込んだマットを敷いてあります! そして天蓋付き! 当店が用意できる最高の品です!!」
いや無理。
小市民の俺が、こんな高級ベッドで寝たら落ち着けずに逆に睡眠できない。
サイズ自体も四~五人は並んで寝れそうな幅あるし。
『もっとリーズナブルなのはありませんかね?』と恐る恐る聞こうとしたところ……。
「みすぼらしいですね、もっと高級なものはありませんか?」
「あれえええええッ!?」
ナカさん強気の再要求。
あれで満足しないなんて、どれだけいいものを求めているの!?
「我がマスターが使うものですよ。最低でも魔力が通ったものを所望したいのにそれすらないではありませんか。こんな粗悪品しか扱えないで、よくも偉そうにできたものです」
「そあくひんッ……!?」
泣きそうになっている店員さん。
なんか可哀想になってきたのでとりなす。
「な、ナカさん……! これでいいよ。とにかく今はできるだけ早く揃えたいって気分だし……!」
「そうですね、間に合わせの品としてはギリギリ認めてやってもよいでしょう」
「間に合わせ!!」
ナカさんの暴虐が留まるところを知らない。
「マスターの御心の広さに救われましたね。感謝なさい」
「あ、ありがとうございます……!?」
「では、この粗悪ベッドは買うとして……、他にもご所望の品がありましたよねマスター? テーブルと椅子でしたでしょうか?」
「今すぐご用意いたしますううううッ!?」
店員さん駆け出して行った。
なんか益々可哀想だな……?
「面倒になってきたのであるもの全部買っていきましょう。ここに金貨百枚あります。これで買えるだけのものを出しなさい」
「店ごと買い上げられてもおつりがくるんですが!?」
こうして金の力でボッコボコにされた店員さん。
あまりに可哀想になったので、俺からの提案で家具各種を一つずつ買うことで話をつけた。
それでも最高級品の全種類が売れたということで大儲けではあろうが。
「では持って帰りましょう」
買った家具すべてをマジックバッグに詰め込む辺りで店員さんは泡吹きだした。
ベッドも丸々収納できるって凄いなマジックバッグ。
◆
家具を買い揃えたところで外出の目的は果たしたわけだが。
それですぐ帰るのももったいないので寄り道していくことにした。
「お店でメシでも食べていこうぜー」
「マスターのお望みであれば」
ナカさんを連れ立って、一般の人が出入りするような大衆料理店へと入る。
酒の出ないところに冒険者が入るわけもいないので、旧知と遭遇することはないだろうと判断。
「はあー、ちゃんとした料理を食すのも何日ぶりか。お腹だけじゃなく心も満たされるな……!」
「人間とは不便なものですね。こうして栄養素を経口摂取しなければ活動を維持できないなど」
隣でナカさんがつまらなそうにしている。
「今回の外出で何となく感じたが……もしかしてナカさん人間嫌い?」
「好きも嫌いもありません。ただダンジョンの一部たるわたくしよりもずっと下等だという感想を持つだけです。もちろんマスターは違いますが」
俺のこともマスターじゃなかったらめっちゃ軽んじてきそう。
まあ、性格とかの問題ではあるまい。
これがダンジョンという人智を越えた存在……その一部としての平然とした感覚なんだ。
「特にこの『料理』などと言うのは効率性の欠片もなく理解に苦しみます。活動のためのエネルギー補給なら純粋に栄養素のみを摂取すればいいものを、他の余計な成分が多量に交じっているのは見ただけでわかります。人間は何故、このように余計な工程を挟みたがるのでしょう?」
「まあ、そう言わずに食べてみなよ。そしたらわかるんじゃないかな?」
俺も、既にテーブルに届けられている料理に舌鼓を打つ。
じゃあまずシチューでも行ってみるかな?
……ちゅるちゅる。
うむ。
牛の骨からとったのであろう、こってりスープが美味しい。
大衆店でここまで濃厚な出汁をとれているのは強いこだわりの証拠だな。
いい店だ。
「このスープ美味しいよ? ナカさんも飲んでみなよ」
「マスターがそう言われるのなら……。ダンジョンのアドミンであるわたくしに、人間の生態など共感できるはずがありませんが……!」
ナカさん、スープを一匙、口に運んで……。
「美味しい!」
めっちゃ共感しとるやんけ。
「なんでしょうこの……!? 美味しい!? これが『美味しい』という概念なのですか!? このような快楽神経の刺激の仕方があるなんて……!?」
ナカさん感動荒ぶりながらさらにスープを啜る。
あっちのスペアリブや向こうのサラダなんかも……!?
「マスター! これは是非ともダンジョンに取り入れましょう! きっと多くの心象エネルギーを収奪できるに違いありません!!」
ナカさんが人間の料理にハマってしまった。
考えを改めよう。
ナカさんは人間たちと上手くやっていけそうだ。