16 地上に行けたので
地上へはやっぱり空間を歪めた出入り口によって移動可能らしい。
まあたしかに真面目にダンジョン内を上り下りしてたら面倒くさいこと山のごとしだからなあ。
さすがにモンスターを町中には連れて行けないのでスラブリンは留守番を頼み、俺とナカさんで出発。
「あれ? ナカさんも行くの?」
「当然です。マスターあるところ必ずわたくしの陰あり。いつでもどこでも必ず付き添い危機ある時はお守りさせていただきます!」
それはそれで怖いというか……。
まあいいか。
では行きましょう、今やすっかり懐かしき地上へ!
◆
「……本当に着いた」
ナナイの街。
『枯れ果てた洞窟』に付随する集落だ。
『枯れ果てた洞窟』に潜る冒険者が拠点とし、冒険者ギルドもある。それに伴って多くの施設が築かれている。
冒険者が寝泊まりするための宿屋、ダンジョン攻略に必須な物資を提供する武器防具屋にアイテム屋。
装備を調整する鍛冶屋。
それらに伴い住民が生活を支えるインフラも整って、一つの街を形成する。
ダンジョンの周辺では当たり前のように起こることだった。
「これでもやっぱ、他のダンジョン門前街よりは断然小さいんだけどな」
「人の営みはいつ見ても変わりませんね、大層雑然としています」
俺の隣を歩くナカさん、人並みの間を進みながら不機嫌そう。
人ごみが嫌いなのかもしれない。
「しかしよかったのかな? こんなめっちゃ地元の街に来てしまって?」
この街、『枯れ果てた洞窟』の門前街なる以上、その攻略をしていた俺は拠点にしていた。
自然この道も何度も歩いたことがあり、顔見知りとも会うことだろう。
ギルドには既に俺の死亡報告がされてることだろう。
死んでる俺が街中うろついてたら事件間違いなし。
アンデッドとして処理されるかも。
「……他に、行ける街はなかったんですかね?」
時空を越えられるなら、ここ以外の他の街も行けたんでは?
遠近の関係なんてないだろうし、その方が安全というか……。
「いけません。他のダンジョンに付随する街は、そちらのダンジョンマスターのお膝元。下手に領域を侵しては『敵意あり』と受け取られかねません」
「お、おう……!?」
やっぱいるんだ。
他のダンジョンにもダンジョンマスターが。
「でも、ダンジョンが近くにない街や村もいっぱいあるよ?」
「そういった集落は我々の感知には入りませんので」
眼中になかった。
それで結局、自分のお膝元に来たってわけか。
まあ、俺みたいな三流冒険者をしっかり覚えている人もいないだろうし、ビクビクせず鷹揚に構えていれば見つからないか。
「あらアンタ、冒険者のアクモさんじゃない!?」
見つかった。
誰かと思ったら、露店で果物売ってるおばちゃんだった。
ドライフルーツは栄養満点でかつ長持ちするわ持ち運びやすいわでダンジョンに持ち込むにはもってこい。
なので冒険者だった頃は、ここでフルーツを山ほど買い込み、自分で干して加工したものだった。
その方が安く済むから。
「最近顔見せないから心配してたのよぉ。冒険者って危険な仕事だって言うじゃない? もしかしたら洞窟の奥底で野垂れ死んだりしててねえ! アッハハハハハハ!!」
「あはは……!」
さすが露天商のおばさん恰幅がある。
この押しの強さでいつも余計に買わされるんだよな。まあその分おまけしてくれるんだけど。
「それで、今日もフルーツ買ってくれるのかい? アンタはたくさん買うから大好きだよ!?」
「いや、ええと……!?」
ちょっと迷ったが、買うことにした。
どうせ食べ物はいつでもどこでも必要なんだし、ダンジョンの奥底でドライフルーツ作りするのもいいだろう。
「ナカさん、払っておいてくれる?」
「かしこまりました」
財布はナカさんに預けてある。というか現金生成したのは彼女だし。
彼女が財布を取りだそうとガサゴソさせている間もオバサンのお喋りは止まらず……。
「なんだい、こんなベッピンさん連れて? 大丈夫かい? 冒険者のアンタに養う甲斐性なんてあるのかい?」
おばさんは勝手に勘違いして心配してくるが……。
……どう答えたもんかな?
「……実は冒険者を辞めて、違う職に就くことにしたんだ」
「あらまあ」
「彼女は、新しい仕事を手伝ってくれてるんだよ……」
うん、ウソは言ってない。
「……まあ、アンタはその方がよかったのかもしれないねえ。アンタは優しいから冒険者なんてシノギ稼業向いちゃいなかったんだよ。いい選択をしたよ」
そんなハッキリ『向いてない』とか言われると、それはそれで傷つく。
「いいじゃないか。嫁さん貰って地に足つけて、そっちの方が男としちゃ何倍も偉いよ! 新しい人生しっかり気張りな!」
おばさんまだ色々誤解している。
しかし勝手に誤解してくれた方がよい部分もあるため、あえて訂正はしなかった。
そこでやっとナカさんが財布を取り出す。
「お待たせしましたご婦人。代金はこちらでよろしいですか?」
「おー、アンタたちの結婚祝いにちったあまけとく……ヒィッ!?」
おばさんが今まで聞いたこともないような悲鳴を上げる。
ナカさんが差し出したのはピッカピカの金貨一枚だったから。
「これで足りますか? 足りないならもう一枚出しますが?」
「バカお言いでないよ! 露店で金貨なんか使うバカがどこにいるってんだい!?」
そりゃそうなるよなあ。
しかし、エキドナ炉から生成したのは金貨オンリー。それ以下の硬貨など持ち合わせがないから、これで支払い通すしかない。
「まあ、そう言わずに貰っておいてくれよ、おばさん。釣りは……そうだな、今までお世話になったお礼ということで」
「そんなッ、金貨なんてアタシゃ怖くて持ち歩けないよぉ。今日の分全部売ってもまだ釣りが出るよぉ」
「いやいや、いつも買ってる分だけで充分だよ」
そう言って店先に詰まれたフルーツを十玉ほど抱える。
いやしかしどうしよう?
買い物袋なんて持ってきてないぞ。
「マスター、こちらへどうぞ」
おお、ナカさんが持ち合わせていたか。
……って何その小さなポシェット?
「ご心配なく、すべてこの中にお収めください」
そう言っても明らかに今買った果物十玉、そのポシェットの容量越えるよ?
いや入った。
全部。
なんで?
「あ、もしやマジックバックか?」
魔法のかかったカバンもしくは袋で、見かけよりも遥かにたくさんものを入れられるとか。
あれも一応ダンジョンの宝箱から出てくると聞くが、実際そんなものを使ってる人に出会ったことはついぞない。
「あんまり見せびらかすなよ、変なのに絡まれたくないから」
「承知しました」
とにかくフルーツを全部収めると、俺たちは露天商のおばさんに挨拶して再び歩き出す。
おばさん最後まで目を白黒させていた。
「……よろしいのですか?」
「ふむ?」
「あのご婦人、マスターのことを見知っておりましたし、死んだことにしておきたいなら彼女の口が危険なのでは?」
ナカさんの口ぶりの方が危険ですよ。
口封じとか考えてないよね?
「大丈夫だよ、俺が買い出しに行くときは常に俺一人だったし、あのおばさんは俺のパーティの仲間の顔も知らないはずだ。接点なんてまったくない」
だからおばさんから変な情報がギルドへ漏れ伝わることもなく、まあ問題あるまい。
「マスターがそう言われるのなら……。私はマスターの決定に全面的に従いますので」
「そうか」
しかしこうして、地上を出歩いてみてわかったこと。
俺とナカさんが並んでいると夫婦に見えるんだな。
……。
留意しておこう。