15 人並みの暮らしがしたいので
俺がダンジョンマスターを襲名してから早数日がすぎた。
その間ナカさんからダンジョンのことを学んだり、エキドナ炉でアイテム生産したりと没頭していたから、特に気にならなかったが……。
「そろそろ普通に生活したい」
と思うようになってきた。
だってこのダンジョンマスターの専用スペース?
『聖域』というんだっけ?
まったく生活に適した環境じゃない!!
そもそも『聖域』とかいう場所のイメージがいまいち掴めんのだが、俺が主に利用しているのがエキドナ炉のある区画ぐらい。
そこで【合成】の研究をしたり、冒険者たちに配るようのアイテムを生産したりで、スラブリンと戯れたりと精力的な数日間を送ってきたが、そろそろ限度が来た。
「フカフカのベッドで寝たい!」
これまではずっと眠くなったら床の上で仮眠した。
「温かいスープが飲みたい!」
携帯していた干し肉で空腹を誤魔化してきた。
まあダンジョン攻略中に置き去りにされたんだし、多少の保存食はな。
「綺麗な水で体を洗いたい!」
水浴びなんて贅沢言わないからせめて濡らした布巾で体中ゴシゴシ擦りたいな。
何度オアンネス槽にみずからダイブしたいと思ったことか。
「そして風俗に……ッ! いや、何でもないです!」
何でもないですッ!!
……いや、そういう状態を数日間でも保持して平気でいるのもどうかと思うんだが。
ほら、冒険者としての素養でね。野宿もできなきゃ冒険者なんてやってられないし。
しかしそろそろ限界。
腰を据えてダンジョンマスターをやっていくのにもうちょっと住環境を改善させたいんですよ。
ダンジョン自体の改造もいいけど、自分の身の回りもね!
「ダンジョン防衛体制を整えるのは急務だとわかっています。いますが……ッ! ここはちょっとだけ自分のことを顧みてもかまいませんかッ!!」
「……」
そう訴える俺へ、メイド姿のナカさんは膝を折って平伏した。
「申し訳ありません! わたくしの配慮が至らないばかりにマスターに不便な思いをさせてしまいました!」
「いや、そこまでしなくても!」
「わたくしはマスターの補佐失格です! いかなる罰でもお与えください!」
そう言うのは求めてないです!
それよか、あの、とにかく住環境の改善をですね!
「ベッドとかテーブルとかドレッサーとか……! そう言うのをパーッて出せないんですか?」
「出せません」
何おぅッ!?
部屋とか摩訶不思議な神具はパッと出せるのに!?
「能力不足にて申し訳ありません……! わたくし、その、地上の生活様式には見識がなく……!」
「メイドさんの格好しているのに!?」
いや、詮索はやめよう。
そもそもダンジョンなんてあらゆるものを超越する存在、その一部であるナカさんだってああ見えて超越存在だ。
そんな御方に下々の者たちの暮らしを把握できるはずもない。
「そっ、それではこういうのはどうでしょう?」
「こういうの?」
「人間は、あまり狭い場所に居続けると精神的息苦しさを覚えるのだと聞きます! マスターも長くダンジョンの奥底にいつづけたことで息苦しさを感じているのでは?」
「そこは別に……!」
閉所の圧迫感なんて冒険者やってくうちに馴れてくもんだし。
俺も大概馴れたもんだ。
「こちらをどうぞ!」
ナカさん、また何もない壁にドアを出現させた。
本当どういう仕組みなんだろうな。
「開けていいの?」
「はい、どうぞ! 開放的な気分をご堪能ください!」
では遠慮なしにドアを開けると……。
その先には草原があった。
「外!?」
しかも滅茶苦茶広大な!?
向こうの地平線が見え、見上げれば青空。
眩しい太陽が照り付け、一つ、二つの雲の切れ端が悠然と空を流れていく。
地面いっぱいを覆い尽くす草を風が撫で、ザワザワと耳心地のよい音を奏でる。
「って、ここどこ!?」
外!
思いっきり外ではありませんか!
俺、ダンジョンの奥底にいたはずだよね!?
地中深く立ったはず!?
それなのになんでドアを開けたらこんな野外なんです!? しかも相当な面積の平地。
「驚かれましたかマスター?」
「驚きました!!」
ナカさん何だか得意げ。
「『聖域』には次元の制約などありません。あらゆる空間を作り出すことができ、あらゆる場所と繋がることができます。このように一見野外と見えるような場所も」
じゃあここも……。
ここも依然として室内だと?
「全座標軸をループさせてありますので、どれだけ走り回っても大丈夫ですよ! さあ、ここで思い切り羽を伸ばし、普段の疲れを解消してください!」
「やめときます」
「えッ!?」
って言うかここ怖い。
あまり広すぎると不安になる。
冒険者として多くの時間をダンジョンで過ごし続けてきた弊害か。
すっかり開所より閉所を好む性質になってしまった……!
「気持ちはありがたいけど、ここはたまに新鮮な空気を吸いたい時だけ来ることにしよう。それよりもやっぱほしいのは家具だな」
俺のように庶民の生活沁みついてしまった者のために。
ちょうどいい間取り、ちょうどいい数の家具で満たされ、ほどよい密度を保った部屋が欲しい。
「イドショップで家具の生成コードとか買えないのかな? 大したものじゃないなら少ないイドで買えるだろう?」
「すみません買えません……!」
大したものじゃないからこそ置いてない。
大したものしか置いてないイドショップ恐ろしや。
「……お待ちください、お待ちください! ここでマスターの意に応えられなくてはアドミンとしての存在意義が消えます! 今一度私にチャンスをお与えください!」
そんなに深刻にならんでも……!
いいんだよ、結局のところは俺の我がままなんだし……!
「あッ、こういうのはどうでしょう!?」
次のナカさんの提案は?
「地上に買いに行くというのは!?」
「えッ?」
あまりに真っ当すぎる提案に俺、却って困惑。
「していいの、それ?」
「はい」
じゃあ最初から言えよ、という言葉を飲み込んだ。
外に出ていいんだダンジョンマスター?
何となくダンジョンの中に縛られて外に出れない的な存在だと思っていたが、案外自由だな。
しかしそれができるなら、問題は解決したも同然じゃないか!
いや解決しない!?
「先立つものがない……!?」
地上に出て家具を買うにしても、そのためにはお金が必要だ。
金。
貧乏冒険者に一番縁のない言葉。
ダンジョンでは何をするにも心象エネルギーが必要なのと同様に、地上では何をするにもお金が必要なのだ。
「お金……、一銭も用意できんよな……!?」
ポケットに地上から持ち込んだビタ銭数枚はあるものの……。
この程度の金額で買える家具なんか一つもねえ。
コツコツ貯めた貯蓄も地上にはあるが、俺今頃死亡扱いにされてどうなっているやら……。
俺に家族はいないからパーティメンバーの手に渡ったかな?
せめて世話になったゼルクジャースのおっさんかテルスちゃんが有意義に使ってくれることを祈るばかりだ。
「……はあ、ってことはやっぱり無理かな家具ゲット……?」
すべては泡沫の夢と消えるかと思ったその時……。
「ありますよ、お金」
「はい?」
「人間たちが地上で使っている通貨ですよね。エキドナ炉で作れます。イドショップで生成コードが1イドで売っていますから早速購入しましょう」
「マジで!?」
そうしてナカさんがイドショップから購入し、エキドナ炉に記憶させたのは金貨の生成コード。
金貨ッ!?
「一回の起動で千枚ほど作れます」
「ぶっこわレートッ!?」
こうして金銭の問題からは解放された。
じゃあ、せっかくだし行ってみるか。
地上。