13 剣士バギンザの無駄買い
「買ったぜ!」
剣士バギンザは上機嫌だった。
それは最近では珍しい。
パーティメンバーであるアクモがダンジョン内で消息を絶って以来、パーティは喪に入って活動停止。
それは一刻も早くダンジョン攻略したいバギンザを大きく苛立たせるものだった。
日一日が無駄に過ぎていく焦燥に身を焼きながら喪の期間が過ぎ去るのを待ち詫びる。
同業者たちの間で定められた、冒険者が死した仲間のため喪に服す期間は十三日。
その十三日目が目前に迫っている。
その日が来たらいよいよダンジョン探索再開で、バギンザの心は誕生日を迎える子どものようにときめいていた。
先立って準備しようと彼がまず行ったのは、買い物。
武器を新調した。
わざわざ街の外へ注文を送り、届けてもらったのは鉄を超える強度を持った鋼の剣だった。
「はあ!? そんな金どこにあったのよ!?」
鋼の剣を見せられ魔導士テルス、驚きより先に困惑を浮かべる。
所詮は初心者ダンジョンに立ち向かう初心者パーティでしかない。
『枯れ果てた洞窟』から得られる利益は、純然にギルドから支払われるクエスト報酬しかなく、しかも『枯れ果てた洞窟』管理ギルドが扱うクエストと言ったら『スライム討伐』か『ゴブリン討伐』しかない。
当然懐に入ってくるものは少なく、日々の攻略準備を整え、生活費を支払ったらいくらも残らないはずだった。
よほど効率的にスライムゴブリンを狩り続けなければ武器を新調する余裕などできないし、そんなことができるならとっくに卒業条件を満たし、中級上級ダンジョンへ移動しているだろう。
特にバギンザは無計画な金遣いで毎日のように酒場で飲み、手元に一銭も残っていないはずだった。
アクモ健在時、彼に無理やり奢らせているところを目撃されたこともある。
そんな彼が何故、ベテラン向けの高級装備など購入することができるのか。
「はははは魔導士のくせに鈍いなあ。オレたちにはあるだろ、ありがたい臨時収入ってヤツがさ!」
「アンタまさか……!?」
ダンジョン内で消息を絶ち、実質死亡扱いとなったアクモ。
彼の個人的な持ち物が、地上にいくらか残っているはずだった。
「いやー、あのバカけっこう貯め込んでてなー。おかげでいい武器が買えたぜ」
「アクモの遺産に手を出したの!? 何の権利があって!?」
激昂するテルス。
本来、死亡した冒険者の持ち物は不文律によって厳重に管理されなければならない。
死亡者に家族がいた場合は最優先でそちらに渡る。どちらにしろギルドによる入念な調査の末、遺産は処理されるべきであった。
それなのにバギンザは何の断りもなく……。
「何言ってんだ? オレたちとアイツは同じパーティの仲間だったんだ。オレたちの役に立つならアイツも地獄で喜ぶことだろうよ。生きてる間は何の役にも立たなかったんだから余計にな!」
「この野郎!」
テルスが杖を持って立ち上がろうとしたが、それを抑えたのはまたもやレンジャーのゼルクジャースだった。
いぶし銀の中年は無言のままかぶりを振る。
「…………!」
アクモが消息を絶った時、最後まで一緒だったバギンザには今なお疑いがかかっている。
しかし疑惑は疑惑のまま、どちらにも傾かない。
ギルドによる聴取も先日行われたが、バギンザはのらりくらりとかわして乗り切ったようだ。
どれだけ疑わしかろうと疑惑のままで人を裁くことはできない。
そして本件でクロなりシロなりの確証を得るにはアクモ失踪の現場となったダンジョン深層部へ赴かねばならない。
たかが一冒険者のために、そこまで割ける余力はなかった。
それらのために、疑惑を受けながら逃げ切った形となるバギンザだった。
「何怒ってんだよ? パーティのリーダーであるオレが強くなったってことは、パーティ全体の強化に繋がるんだぜ? お前らだって喜んでくれてもいいだろ?」
「何がリーダーよ……! トラブルメーカーの間違いじゃない……!!」
テルスの小声も、有頂天のバギンザの耳には入らない。
「ま、喪が明けたらすぐさま初心者ダンジョンなんぞぶち抜いて、お前らまとめて上級ダンジョンへ連れてってやるからよ。感謝はその時でいいぜ? 偉大な冒険者バギンザ様ってな!!」
新品の鋼剣を担ぎ、高笑いしながら去っていくバギンザ。
その背中へ向けられる視線に殺気が満ちていたことを、彼自身が知る由もなかった。
◆
それでもまだ高級剣を手に入れた興奮冷めやらず、バギンザはさらなる見せびらかしの相手を求めた。
そこでギルド直営の酒場に赴いた。
そこには同業の冒険者たちが常に一定数屯っている。
「えーと……、おうおういたいたアイツでいいや。……アジールじゃーん、久しぶりー!」
「ゲッ、バギンザ……!?」
バギンザが目を付けたのは、かつてパーティを組んでいた仲間の冒険者だった。
しかしわけあってパーティは解散。
バギンザは今のパーティを結成し、アジールはソロ活動をしていると聞いている。
「酒場で飲んでるなんて景気いいじゃーん? 貧乏カツカツだと思ったのにどうしたの?」
「一体誰のせいでそうなったと……!?」
アジールは、その直前まで上機嫌だったのが、急激に不機嫌となったのを隠そうとしない。
彼と共に卓を囲んでいた冒険者たちも露骨にヒソヒソしだす。
「なあ、あれって……!?」
「アジールが前組んでたパーティを解散に追い込んだ張本人だよ。要領だけはよくてさ……」
「いい噂は聞かねえぜ? 最近も、ヤツのいるパーティで死人が出たとかいうし……」
同業者内におけるバギンザの評判はすこぶる悪い。
そのことに気づいていないのは本人だけだった。
「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。かつてのパーティメンバー同士旧交を温め合おうや」
「誰が! 折角の酒が不味くなるからどっか行ってくれや!」
アジールは不快さを隠しもせずバギンザを拒否した。
それでもバギンザは馴れ馴れしさをやめず……。
「まあまあアジールくん? なんか気になるところないかな?」
「はあ?」
「これだよこれ! これにすぐ気づかないようじゃ、やっぱ冒険者として才能ないんじゃないの!?」
そう言って、腰の鞘に納めた鋼の剣を露骨に示す。
わずかに鞘から出して、鋼鉄の輝きを見せつけもした。
「鋼の剣か……?」
「そうそう! やっぱりオレクラスの冒険者になれば、武器もそれ相応のヤツでないとな! ようやく装備がオレの実力に追いついたって言うか!? こうなったらもうオレの快進撃を止めるものはないぜ! お前と会うのもこれで最後だろうが、遠方から聞こえるオレの活躍をチェックしてくれよな!」
「ブフッ……!」
漏れる失笑。
予想外の反応にバギンザは眉を顰める。
「あ? なんだよ……!?」
「お前最近ダンジョンに入ってないんだってな? それじゃあ情報が遅れるわけだ。……これ見てみろよ」
「はぁッ!?」
相手と同じように、自分の腰に差した得物を示すアジール。
鞘から僅かに抜き放たれた刀身。その輝きにバギンザはたまげる。
「何だその剣は!? 鉄!? いやその割にはうっすら透けて……!?」
「鉄晶剣って言うらしいぜ。武器屋で鑑定してもらったからな。斬れ味、攻撃力は銀の剣と同等で、しかも強力な魔祓い効果もあるそうだ。換金すると金貨五枚はくだらないとさ」
「どッ! どこでそんな剣を手に入れたんだ!? お前みたいなボンクラが……!?」
バギンザはかつてアジールとパーティを組んでいた。
剣士二人を並べて前衛強化するのは布陣として悪くはない。しかし功を焦ったバギンザが突出することでクエストは失敗。
それ以来人間不信に陥ったアジールはパーティを拒否し、ソロで冒険者をしているはずだった。
落ちぶれていくアジールを横目にバギンザは新たなパーティを立ち上げ、しかも前以上の精鋭を揃えたことで優越感を覚えていた。
かつての仲間と差をつけ見下してすらいた。
しかし気づけば差をつけられ、見下される側になっている。
「ダンジョンの中で宝箱が配置されるようになってな、その中身がこれさ。今のところ百パーセントこれが入ってて、冒険者たちは沸き返っているぜ」
「なッ!?」
「周りを見てみろよ。剣士皆この剣ぶら下げているだろう?」
指摘を受けて首を回すと、たしかにそうだった。
ギルドに屯する剣士は全員、強力な鉄晶剣を装備していた。
一人だけ鋼の剣のバギンザ。
実にみすぼらしい雰囲気が漂う。
「う、ああああ……!?」
バギンザはブルブル震えると、何も言わず歩き去っていった。
一方的に話しかけたアジールに別れの挨拶すらなく。
背後から響いてくる笑い声が、ますますバカにされているような気分を助長させた。
そんなことよりもバギンザの胸中には、どす黒い感情が渦巻いていた。
「アイツのせいだ……! アイツの……!」
アクモ。
ヤツの服喪などという無駄な時間があったためにダンジョンに入れなくなり、絶好のチャンスを逃した。
「それがなければこんなゴミを買うことも……!!」
鋼の剣を腰から外し、鞘ごと地面に叩きつける。
「ダンジョンだ! ダンジョンに入るぞ!! オレにこそ相応しい鉄晶剣を手に入れるんだ!」