11 剣があったので
「……上手くいったな」
ここはダンジョンの一番奥。
『聖域』などと呼ばれるダンジョンマスターの専用スペース。
そこで俺は、モニタからの映像越しに事の顛末を見届けた。
「便利だなー。こうやってダンジョン内すべての様子を確認できるのか。あんなに離れているのに直に見るのと同じじゃん」
「それぐらいできなけばダンジョンマスターは務まりませんから。映像管理、異常の発見はアドミンであるわたくしも全力サポートさせていただきますので、ご安心を」
隣に立つナカさんがフンスと鼻を鳴らす。
目論見が上手くいったのが嬉しいらしい。
「しかし想像以上によくできたなあの剣。普通の鉄の剣より数段切れ味いいぞ?」
「それもすべてマスターの【合成】あってこそです。異なる二つの生成データを使いまったく新しいものを生み出す。その威力は想像以上です!」
本当に想像以上だったらしくナカさんの声が弾んでいる。
最初の印象よりもずっと感情豊かな人なのかもしれない。
ダンジョンに配置する宝物の話だ。
俺たちはそこで一旦考え込んだ。
ダンジョンの宝は、一番重要なものだ。冒険者たちはそれを目当てにやってくる。
迷宮の奥底に眠る、人の文明遥かに及ばぬ超越物。
地上に出れば金貨数百枚で取引されることもザラで、一獲千金の夢も叶えてくれる。
奥深く、モンスターが徘徊する危険な場所だけども、その危険を越えた得があるからこそ命も顧みずやってくる。
危険を冒す価値のあるご褒美がなければ、誰が好き好んでダンジョンに入るものか。
だからダンジョンに宝物は絶対必要なのだ!
「先代マスターが去られてより二百年……。主を失ったエキドナ炉は新たに宝物を作ることもできなくなりました」
「はあ……!?」
「なのでダンジョン内に宝箱を配置することもできず、何の魅力もなく『枯れ果てた洞窟』などと嘲られるように……!!」
「……」
『枯れ果てた洞窟』って言うのは、まさに宝箱が一個もないことから定着した名前なんだが。
ナカさんは、その名前を相当侮辱的に感じていたようだな。
自分が管理者を務めているダンジョンなんだから当たり前か。
「だ、大丈夫だナカさん! 俺がダンジョンマスターになったからには、そこら中に宝箱を配置してやるから! もう『枯れ果てた洞窟』なんて言わせないぞ!」
「ありがとうございます……! でもどんなに宝箱を配置しても中身が空では意味がありません」
冷静だなあナカさん。
「そして中身が益体のない雑物でも意味がありません。人間たちが目の色変えて求める希少品であればこそダンジョンは、欲に塗れた者どもの盛り場と化すのです」
「言い方」
それは俺だってわかっている。
わかっているから相応のものを用意したんだろう。
そう、あの剣を。
ここでちょっと時を遡って……。
◆
最初、宝物を用意しなければならないと俺は戸惑った。
宝物自体はエキドナ炉で生成すればいいんだが、その元となる生成データをイドショップで購入しなければならなかった。
それがクッソ高いのだ!
まともに購入していたら、必要な心象エネルギーを貯めるのに何ヶ月かかるかわかったものじゃない。
しかも心象エネルギーはモンスターを生み出したり、新しいモンスターの生体コードを手に入れるにも必要なのだ。
本当どれだけあっても足りやしねえって感じ。
だから真面目にやってたらお手上げだって、ナカさんに聞いてみた。
『何か裏技とかありませんか?』と。
そこでナカさん答えるに……。
「こういうものがございますが」
と見せてくれたものは、水槽だった。
『何これ?』と聞いたさ。だって見ただけじゃなんもわからんし。
そして彼女が答えるに……。
「これはオアンネス槽と言います。エキドナ炉に付随する神具ですね」
さらに説明を聞くと、そのオアンネス槽とやらは『イドショップで買う』以外に生成コードを取得する唯一の手段であるらしい。
「イドショップに並ぶ聖獣、聖具はいずれも人智を越えたもの。本来この世に存在しないものです。だからこそその生成コードには破格の値が尽きます」
言い換えれば、この世にないものしか並んでいないイドショップを利用する以上、エキドナ炉はこの世にないものしか生み出せない。
既に地上にある既存のものは生み出せないのか。
そんなことはない。
そのためにオアンネス槽があるのだという。
「あの水槽の中にものを入れると、その生成コードを読み取ることができるのです。コードはエキドナ炉に記録され、生成可能になります」
とのこと。
つまりオアンネス槽とは既成物の生成コードを読み取る装置で、エキドナ炉とセットで複製装置になるということか。
この世にある色んなもの無限増殖。
「しかしこれはあまりお勧めできる方法ではありません」
「なんで?」
「既存のものを増やしたところで大したことはないではありませんか。地上のものは地上で手に入るのです。ダンジョンに潜ってまで求める価値はありません」
たしかに。
希少価値的に美味しくないだけでなく、複製するためにはオアンネス槽とエキドナ炉、二つもの神具を最低一回作動させなくてはならない。
そのためにも心象エネルギーを使うのだ。
要するに燃費が悪いということだろう。
「オアンネス槽は神具ではありますが、そういう意味であまり価値あるものではないのです。ダンジョンマスターのみに許される秘儀をもって雑器を作り上げてどうします?」
とナカさんはなかなか辛辣な口ぶりであった。
なるほど普通であればそうだろう。
しかし俺には普通でないことが一つできる。
ささやかなことだけど。
【合成】だ。
この技を駆使すれば、たとえ既存のものからでもまったく違う新しいものを作り出せるのではないだろうか!?
「というわけでなんか、いい素材になりそうなものない?」
「ではこちらなどどうでしょう?」
ナカさんに案内され、さらに別の部屋へと移動。……転移?
するとそこには、剣やら盾やら鎧やらたくさん積まれていた。
見上げるほどに山積み。
「何だこれは!?」
「二百年分のゴミの山です。侵入者たちの忘れものです」
主不在といえども、このダンジョンにはそれなりの冒険者が出入りしている。
累計すればけっこうな数にはなるだろう。
その冒険者たちは、ダンジョン攻略の過程で不覚にも装備を手から離したりする。
回収の余裕もなく、涙を呑んで放置することもあるだろう。
「そうして溜まったのがこれと……!?」
「放置しておくと美観を損ねますので。とはいえ実際のところは収集癖のあるゴブリンたちが拾い集めてくるのですがね」
ちなみに金属以外の皮や木材、食いカスなどはスライムが取り込んで浄化するらしい。
エキドナ炉にデフォルト登録されているこの二種。
実はそれなりに意味があるんでは……。
「それでマスター。この中にお眼鏡にかなうものありますでしょうか?」
「そうだなー?」
ガラクタの山と化している中から引っ張り出す、一振りの剣。
「これなんかどうだろう?」
けっこう最近のもののようで劣化少なく、錆もないし刃毀れもない。
手入れが行き届いている。使い手はよほどこの剣を大事にしていたのだろう。きっとこれを失って悲しい思いをしたに違いない。
「これをオアンネス槽に読み取らせるとして……、もう一つ読み取らなきゃいかんよな」
【合成】を使うんなら。
二を併せて新しい一を創造するのが合成なのだから。素材も一ではなく二揃えねばならない。
「何かいいものがあるかな……、あ、そうだ!」
閃きました。
この俺がダンジョンマスターになるまでに通過してきた通路。
そこに滅茶苦茶価値のあるものが転がっていたような……。
「水晶だ!」
あの水晶、普通のものより硬いわ鋭いわ、どう見ても特別なものだった。
あれをオアンネス槽で読み取り、剣と【合成】したら……。
早速最下層へ移動し、適当に水晶を回収。
よく考えたらこの水晶単体でも充分、冒険者を呼び寄せるお宝になるんじゃないかと思ったが、今は【合成】を試してみたいので、そのまま行ってみよう。
鉄の剣と、水晶。
揃った二つの生成コードを掛け合わせて。
「エキドナ炉、起動!」
再びウォンウォン駆動音が鳴って……。
「できたー!」
完成したのがあの剣だった。
水晶の鋭さと、鉄の堅さを併せ持った剣。
水晶だから鉄よりも軽く、鉄だから水晶よりも頑丈だ。
合成前の水晶は、特別ながらも水晶ならではの脆さから無縁でいることはできなかった。
衝撃への弱さといってもいいが。
それが鉄と合成されることによって弱点を克服された。
完全無欠ってことか?