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10 冒険者たちの困惑

 これは、とある名もなき冒険者が体験したことである。


『名もなき』とは言ってもやはり名前はあった方がよかろう。


 彼の名はアジールという。

 アジールは今日もダンジョンに入ろうとしている。


 向かうのは『枯れ果てた洞窟』。

 世界中もっとも地味で、代わり映えがなく、宝箱の一つも置いていない空白ダンジョン。


 こんな何もないとわかっているダンジョンに好き好んで入る冒険者などいない。

 入るとすればそれは、冒険者ギルドの規定で『初心者が練習するためのダンジョン』と決められているからだ。


 すべての冒険者を志す若者たちはまず最初に『枯れ果てた洞窟』に入り、冒険者に必ず必要な技能、心得を獲得してから本格的なダンジョンへと移っていく。

 そう決められているので。


 今、『枯れ果てた洞窟』の入り口前に立っている冒険者アジールも、まだまだ駆け出しとして認められていない、半人前と言っていい。


 ただ、そこまでズブの素人でもなかった。


 アジールは既に十回以上『枯れ果てた洞窟』を出入りし、それ相応の経験を積んでいる。

 もはやここを卒業していい頃合いだが、それができないのはギルド側が明確に『卒業基準』というものを設けているからだった。


 ここ『枯れ果てた洞窟』で、充分な経験を積んだと証明される事績は二種類。


 一つはここで四百体以上のモンスターを討伐すること。

 二つ目は全八階層であるこのダンジョンの地下六階まで踏破すること。


 モンスター撃破数もダンジョン踏破数もギルドカードに記録されるので信用される功績だった。


 アジールはまず『ダンジョン六階踏破』で上のランクへ行くことを目指した。

 仲間を募り、パーティを編成してダンジョンの奥底へと分け入る。


 しかし当時の仲間の中に軽率な者がいて、ソイツが先走ってしまったがために攻略失敗。

 命からがら生還したものの、装備もアイテムも失って大きな負債を抱えてしまった。


 それ以来、昇格の方法を『モンスター四百体討伐』に切り替えてコツコツ進めている。

 四百体討伐は、数が数だけに時間がかかり、ダンジョン内外を何度も往復しなければいけないが自分のペースでいつでも切り上げられる安全な手段だった。


 討伐にはクエスト報酬が出て、経済的にも安定しながら進めることができる。


 対して上手くいけば一回の攻略で達成できる深層踏破は手っ取り早くはあるがリスクを伴う。

 六階まで行くには相応の準備を整えねばならず、金銭もかかれば負担もかかる。


 それらリスクリターンを比較し、どちらの道を選択するかも冒険者としての資質を磨くレッスンなのかもしれなかった。


 しかしアジールは、それらの過程に躓き、伸び悩んでいる。


「いつまで、こんなこと続けなきゃいかんのかなあ……?」


 駆け出し冒険者としてのアジールは、実力的にはもはや充分に初心者の域から出ていた。

 しかしギルドが定める初心者ステージ卒業条件を満たせない。


 最初の深層攻略で躓いたのがすべての元凶であろう。


 地下六階を目指す途中でパーティ崩壊し、撤退の中ですべてのアイテムを置き去りにしてしまった。


 武器防具すらも。

 アジールのクラスは剣士であり、最初のダンジョン攻略時には立派な鉄製の剣を携えていたが、それも撤退中やむなく捨て去ってきた。


 拾いに戻ることもできないし、新しいものを買い直すにしても攻略失敗の負債を埋め合わせるので金銭もロクに残っていない。


 今彼の手にあるのは、二束三文で買える練習用の木剣でしかなかった。

 その辺に落ちている木の棒と大差ない。


 こんな武器では当然討伐も捗らず、運よく群れから離れたゴブリンと叩き合って押し切るのが精々だった。


 そんな状態だから受け入れてくれるパーティもなく、ソロで戦うため益々効率は落ちる。

 背負った借金を返すだけで精いっぱいだった。


 こんなペースでは四百体倒して初心者卒業となるまで何ヶ月かかることやら。

 そして卒業できたとしても、『枯れ果てた洞窟』を遥かに超える危険ダンジョンに、この装備で挑んでは今度こそ生きて帰れない。


「冒険者、諦めようかな、オレ……」


 もはや心が挫けかけているアジールだった。


 そんな彼が今日も『枯れ果てた洞窟』に入るのは、まだ心の奥底に諦めない気持ちが宿っているからか、それともただの惰性なのか。


 とにかく昨日一昨日と同じようにうなだれながら、ダンジョンの入り口をくぐっていくアジール。


 しかし、今日はこれまでとまったく違うことが起こる日となった。



『パンパカパーン! おめでとうございます!!』

「えッ!? 何!? 一体何!?」


 ダンジョンに入った途端、響き渡る声にアジールは心底肝を潰す。


 声はすれども姿は見えない。

 誰がどこから話しかけているか、まったくわからない。


 一瞬何かの罠かと身がまえるものの、そもそも罠もなければ宝もないのが『枯れ果てた洞窟』ではないか。

 だったらますます何が何なのかわからなかった。


『驚かないでください! このダンジョンは今日から新しく生まれ変わりました! アナタはリニューアル侵入者第一号です!』


 侵入者扱いなのに歓迎ムード。

 そのちぐはぐさがなおさら困惑を加速させる。


『新生した我がダンジョンへ最初に侵入してくれたアナタに、我々から記念としてプレゼントを贈りたく思います! これを使ってダンジョン攻略を楽しんでくださいな!』

「これ? うわあああああッ!?」


 アジールは驚いた。


 彼に向って何か鋭いものが猛スピードで飛んできたからだ。

 恐怖で反射的に後退するが、飛翔物は充分彼から離れた地面に突き刺さり、動きを止めた。

 そしてわかった。

 それが何なのか……。


「剣ッ!?」


 どこからともなく現れて、凄まじい勢いで地面に突き刺さったのは剣だった。

 しかもかなり立派な。


 刃渡りも長く、厚みもしっかりしていて何より金属製だった。

 現状アジールが仕方なく握っている木剣などとは比べ物にならない。


 彼が意気揚々と下層踏破を目指していた時に使っていた長剣。

 それに勝るとも劣らない水準の剣が。


「いいのか!? 本当にこれ貰っていいのか!?」


 返事を聞く前に柄を握り、土中から引き抜くアジールだった。


 しかし、あの正体不明の謎の声はもう響き渡ってこなかった。

『用件は伝え終わったぞ』ということなのか。


「この剣が……、オレの……!?」


 なんともしっくりくる握り心地。

 まるで何年も前から使い慣れているかのようだった。


「刀身がうっすら……透き通っている……!?」


 あまりに唐突な出来事のために考えもまとまらないが、そんな余裕もなく次なる異変が起こった。


「ッ!? モンスターかッ!?」


 ダンジョンの物陰から現れる、汚らわしい小人。

 泥水のような肌の色に、醜く歪んだ表情、それはダンジョンにてもっともオーソドックスな魔物ゴブリンだった。


 狡猾で残忍。

 人型であるためにものを掴むことができ、その辺のもので武装してみずからを強化する非常に厄介な魔物だった。


 今目の前に現れたヤツらも、過去に冒険者が落としていったのだろう武器を携えている。

 相当古ぼけて刃毀れしていたり赤錆塗れだったが、それでも素手より数段厄介。


 しかもゴブリンは三体もいた。


 いつものアジールなら二体以上のゴブリンに遭遇していたら一目散に逃げていた。

 木剣でゴブリンを倒すのであれば一対一でないと無理だったから。


 だから今回も逃げようとした。

 そこで視界に入ったのが、彼自身の握る剣。


 たった今送られたばかりの剣。


「これさえあれば……!?」


 萎びていた彼の心が一瞬にして奮起する。


「やあああああああッ!!」


 先手必勝。

 三匹のゴブリンの群れ目掛けて斬りかかる。


「じゃあッ!!」


 振り下ろす。


 最初の標的となった哀れなゴブリンは、それでも咄嗟に防御の姿勢をとった。

 刃毀れだらけの剣で斬撃を防ごうとするものの、武器ごと真っ二つに斬り裂かれた。


 完全なる致命傷。

 絶命したゴブリンは光の粒子となって散り、この世界から跡形もなく消え去った。


 ゴブリンはまだ二体残っていたが、いずれも恐れをなして逃げ去ってしまった。


 あとに残るのは、壮麗なる剣を携えた一人の冒険者だけ。


「凄い……、凄い剣だ……!?」


 かつて失った鉄剣と同じかと思ったが、それどころではない。

 段違いだった。


 ゴブリンを一刀両断した時、少しも抵抗を感じなかったし、斬り断った今見直しても刃毀れ一つ見当たらない。


「これはただの鉄剣じゃない……!? もっと強くて、鋭利な……!?」

『あ、そうそう言い忘れたことがあった』


 またダンジョン内に響く謎の声。


『その剣と同じものがこれからダンジョン内の宝箱に入ってますから、皆頑張ってゲットしてね! ……って他の冒険者に知らせてあげてね!』

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