09 【合成】が役立ちそうなので
「進め!」
『ピッ』
「止まれ!」
『ピピッ!』
「休めぇー!」
『ピピピピッ!』
すげぇぞ、このスライム。
俺の言うことなんでも聞く。
『だから何?』と言われそうな気がしないでもないが、これはとにかく凄いことなのだ!
何故ってスライムというのは本来、命令に従うなんて知能ないはずだから。
所詮原生生物だからな。
ただ食欲の赴くままにノソノソ動いて、獲物を飲み込む程度の動作しかしない。
反撃の警戒とかすらしない。
とにかく単細胞で、知能がない生き物なのだ!
それが……!
「ちょっと意地悪するぞ……!」
『ピッ!?』
俺、ナイフをかまえる。
するとドブ色スライム、怯えたように後退して距離をとる。
「警戒している!?」
凄いぞ!?
「ごめんごめんウソだぞー? 危害を加えたりしないぞー?」
『ピピピ……♡♡』
ナイフを仕舞って両手を広げると、スライムは安心したようにこちらに寄ってきた。
可愛いな。
「これほどに知能の高いスライム……!? やはり【合成】による効果でしょうか?」
ナカさんが真面目に分析する。
「マスターは【合成】でスライムとゴブリンの生成データを掛け合わせました。出来上がったのはスライムですが、同じく基となったゴブリンの要素がどこかにあるはずです」
「それが知能か……」
小賢しいもんねゴブリン。
一般的なゴブリンのイメージ。
徒党を組み、道具とか使い、卑怯な手で冒険者を翻弄する。
不利とわかったら逃げ、有利となるとなお一層苛烈に攻め立てる。
集団になったゴブリンは、冒険者にとってもっとも身近な脅威だ。
「なるほど、この賢さはゴブリンから来たものか……!?」
無警戒に俺の手元に来たスライムを撫でる。
「スライムは原生生物ゆえの生命力と再生能力が脅威です。つまり『スライムのしぶとさ』と『ゴブリンの小賢しさ』を併せ持った生物。それがこの合成スライムなのかと!」
『スライムのしぶとさ』『ゴブリンの小賢しさ』。
それらを併せ持つとこんなに愛くるしくなるものなのだろうか。
なんか手を差し出しただけで向こうから体を擦り付けてくるんだけど。
「ナカさん……!」
「何です?」
俺は両腕を大きく広げてみた。
ナカさんに向かって。
【合成】スライムに懐かれて気が大きくなったのかもしれないが。
「来る?」
「行きませんよ!?」
なんだ残念。
「わっ、わたくしはアドミンですので。迷宮の管理者は一時の感情に翻弄されたりしません。マスターもお戯れなきようお願いします」
そう言いながらナカさんの尻の辺りがソワソワしているのは目の錯覚か?
いや、本人の言うように沈着冷静なナカさんが感情に翻弄されるなどありえぬことだ。
これ以上は侮辱と受け取られる危険性もあるので、ほどほどにしておこう。
「とにかくマスター。これは素晴らしいことです!」
改めてスライムと戯れようとしたところへ、ナカさんが迫ってきた。
「これほど知能の高いスライムを駆使すれば、今までになかった効率的な迎撃態勢をとることができます! 外からの冒険者たちも、まさかスライムが頭脳戦を仕掛けてくるなど思いもよらないでしょうし、一方的な戦いができますよ!?」
「うーむ」
ダンジョン内で計画的に襲ってくるスライムというのを想像してみた。
俺もまた現役冒険者。その経験と記憶から察するに……。
「めっちゃ厄介そう」
「でしょう!?」
うむ。
心強い味方ができて【合成】大成功といったところだろうか?
普通のスライムと明らかに違うコイツを、判別のために専用の呼び名をつけてやらないとな。
スライム+ゴブリンで……。
「スラブリンというのはどうだろう?」
『ピピピーッ!』
自分だけの名前を付けられてドブ色スライム改めスラブリンは、嬉しそうに飛び跳ねるのだった。
「可愛いなあ……!?」
見ているだけで心がほんわかする。
「エキドナ炉を稼働して早々、このように有用な戦力を生み出されるとは。マスターの手腕に感服いたします」
有用な戦力?
嫌だい! こんな可愛いスラブリンを危険の矢面に立たせられるか!
この子は安全な俺の手元に置いておくんだい!
「ですが戦力を整えただけでは真のダンジョン完成とは言えません。先にもご説明申し上げた通り、ダンジョンの目的は多くの侵入者から多くの心象エネルギーを吸い上げること」
「そうだね」
それがダンジョンをより強く、大きくしていくことに繋がるんだね。
「ただ堅固なダンジョンというだけでは侵入者どもは疲れやる気をなくし去っていきます。そうなれば心象エネルギーも得られずダンジョンはまた廃れていきます。そうならないためのもう一工夫が必要かと」
万難を排してでもダンジョンに入りたくなるような目標がいるということですな?
「つまりお宝……!」
「新たなマスターは理解が早く、尊敬いたします」
そりゃ冒険者だったんですもの。
冒険者がダンジョンに入る理由なんて、宝箱に入っているお宝以外にない!
断言するが。
ダンジョンの各所に散らばって置いてある宝箱。
その中には世にも珍しい、かつ有用なお宝が入っている。
もちろん種類は千差万別。価値もピンからキリまであるが。
正真正銘のお宝をゲットして持ち帰れば一生遊んで暮らすことだって可能だ!
「あれ見て思うもんさ。そりゃどんなに危険だろうと冒険者になろうとする者があとを絶たないはずだって」
「ダンジョンが生み出す宝物は、今の人間たちの文化レベルで生み出せないものばかりですからね。法外な値が出るのは当然です」
希少な金属。
今の人間たちの知識ではどうなっているかもわからない複雑なカラクリ。
魔導書。
万病もたちどころに治す薬。
全部ダンジョンの宝箱に入っている。
それを求めて冒険者はダンジョンを進むのだ!
「誰もが求める秘宝と、それへと続く道を阻むモンスター。ダンジョンはこの両極によって成立しています。新たなモンスターを生み出すことも大切ですが、侵入者を呼び込むためのエサもしっかり用意しなくては……」
「お宝もエキドナ炉で生み出せるんだよね」
「はい」
すげえなエキドナ炉。
これこそダンジョン最高のお宝ではないか。
このエキドナ炉を自分のものにして、好きなように扱えるからダンジョンマスターは凄いんだなと思う。
「エキドナ炉で宝物を生み出すにも生成データが必要です。イドショップで心象エネルギーと引き替えに手に入れなければいけません」
また心象エネルギーかー。
「ちなみにどんなのがあるの?」
「ではイドショップのソートを切り替えてみましょう」
ナカさんがピコピコ操作して、モニタ上に映るアイテムリスト。
「うわ、すげえ……!?」
並んでいるのは冒険者が夢見るレアアイテムの数々だった。
「オリハルコン! 世界樹の枝! ネクロノミコン! 超一級のお宝ばかりじゃないか!?」
「この辺りは、人間たちが総力を挙げて探しに来るランクですね。その分値が張りますよ?」
うわー、ホントだ!?
横についてる値段が……何イド!?
ゼロがパっと見……数え切れないほどある!?
「これほどの秘宝を奥底にしまい込めば、それこそ大挙して侵入者がやってくることでしょう。ですがそこまで行くために必要な心象エネルギーが……」
そうだよなあ。
こんな天文学的数字、コツコツ貯めていくとなったら一体何十年かかるやら。
何百年?
これは何かしら斬新なアイデアが必要ではないのか?
「それでは、このような案はどうでしょう?」
有能なナカさんが俺の表情を察して提案してくれた。
そうしてとった方法は……!