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第99話『幕引き』

「ち、力が·····!?」


「体を満たしていた何かが失われていく····!!」


「一体何があったんだ!?」


私の前で剣や魔法を揮っていた人族が突然攻撃の手を止めた。何か不測の事態が起きたようで、彼らは私を相手にしている暇もないらしい。

フッ····オトハくん、やってくれたんだね。依代の破壊を····。君は本当に凄いね。

我々が増援の足止めをしているとは言え、この短時間の間に依代の破壊をやってのけるなんて·····並大抵の実力じゃ、こうはいかない。

依代が破壊されたことで、職業やその能力を失った人族たちを私は眺める。慌てふためく彼らの中には剣や斧を落とす者まで居た。


「この剣、こんなに重かったか····?」


それは違うぞ、愚かな人族よ。

剣が重くなった訳じゃない。君達の力が弱まっただけだ。職業能力に頼りっきりだった証拠だね。

鉄製の剣もまともに持てないなんて····戦士として有り得ないんじゃないか?戦争云々より、まず基礎訓練をやり直した方がいいね。剣も持てぬ戦士など、何の意味もない。


「さて、君達···まだ私と殺り合う気はあるかい?無いのなら、私はもう行くよ」


私はあまり暇じゃない。早くオトハくんと合流して回復魔法を掛けてあげないといけないからね。マモンの報告書によると、勇者に転職(ジョブチェンジ)した後のオトハくんは必ず体調を崩しているみたいだし····。早く駆け付けてあげないと。

オトハくんの安否を気にする私の前で職業能力を失った戦士たちは狼狽える。ここで私に立ち向かうかどうか考え込んでいるらしい。


「ど、どうする····?」


「どうするって····俺らは一応城を警備する兵士だし、戦わない訳にはいかないだろ···」


「でも、この状態でか?」


「相手は魔王ルシファーだぞ?こんな状態で勝てる相手じゃない」


「でも、ここで戦わなければ後でなんて言われるか····」


私を通すことで発生する責任問題と私と戦うことで発生する死活問題のどちらを取るべきか、彼らは悩んでいるようだった。

はぁ·····言っておくが、職業能力があったとしても勝つのは私だよ。君らは私の相手をするには弱すぎる。

彼らの中で結論が出るまで待ってあげても良いが、やはりオトハくんの事が気になる····。仕方ない。

私は頭を抱えて悩み込む彼らに手を翳した。その手の平から、魔法陣を展開する。複雑な計算の元に練られた魔法陣は幾つにも分裂し、やがて彼らを取り囲んだ。


「な、何だ!?これは·····!!」


「魔法陣の檻····?」


「で、出られないぞ!?」


魔法陣の檻、か····。これはそんなに優しいものじゃないよ。それにまだ私は魔法を発動させていない。ただ魔法を“展開”させただけだ。

私はね····これでもかなり怒っているんだ。同胞達を君たちに何人も殺されたことを····。

でも、安心してくれ。君達を殺しはしない。君達はこの世界に溢れ返った魔素を消費するための道具(・・)だからね。

だから───────────。


「私の見た悪夢を君達にも見せてあげるよ」


そう言って、私は展開した魔法陣を発動させた。魔法陣は紫色の光を放ちながら、中に居る彼らを蝕む。


「ぅああぁぁぁああ!?」


「や、やめてくれぇぇぇえええ!!」


「俺の家族がぁぁぁぁああ!!」


魔法陣の中に閉じ込められた戦士達はそれぞれ狂ったように叫び出す。まるで何かに心を囚われたように····狂い始めた。

私が今発動した魔法は幻覚を見せるものだ。そして、この魔法には精神力を弱める作用がある。頭では『こんなの有り得ない』と分かっていても、その幻覚を信じずにはいられない。これはそういう魔法だ。

精神が脆い人族には少し刺激が強過ぎたかな····?私の記憶を元に最低最悪の悪夢を幻覚で見せているんだが····人族には少しキツかったか。

まあ、それらの記憶を実際に体験したことがある私もかはりキツかったが····。

私は狂ったように喚き叫ぶ彼らを一瞥し、転移陣を押し開いた。

ん····?マージョリーカが張った結界が解けている···?

ダメ元で特別棟の中に転移陣を展開した私だったが、私の予想に反して転移陣はあっさり開いた。キラキラと淡い光を放つ転移陣に異常は見られない。

マージョリーカ自ら結界を解いたのか····?でも、何故···?いや、そもそも誰がマージョリーカと戦ったんだ?


「いや、それはいい。今はオトハくんの事が最優先だ」


そう自分に言い聞かせ、私は転移魔法を発動させる。淡い光を放つ転移陣はその光で私を包み込み、目的地である特別棟の中へと導いてくれた。

私を包み込む淡い光が拡散していく中、私は目に映った光景にハッと息を呑んだ。


「こ、れは一体·····!?」


小瓶を握り締めて倒れる勇者、誰のものか分からない焼死体、そして───────────幼い少女を抱き抱えて涙する一人の青年。

安堵にも似た表情を浮かべ、ウリエルを抱き締めるオトハくん。安心し切っているのか、私の存在に気づく素振りすら見せない。ただただウリエルを抱き締めて、安堵しているだけ。

その異常とも言える状況に動揺を覚えつつも、ウリエルとオトハくんの無事を確認してホッと胸を撫で下ろす。

良かった····とりあえず、二人とも怪我は無さそうだ。

でも、返り血が酷いな。ウリエルなんて、服にベッタリ血がついている。


「オトハくん、お疲れ様。無事で何よりだよ」


「····ルシファーか」


声をかけるべきか迷ったが、いつまでも二人をここに置く訳にもいかず、やむ無く話し掛ける。すると、ピクッと反応示したオトハくんが声だけで私だと判断した。その墨汁のような黒目は未だにウリエルを見つめたままだ。オトハくんは私に視線を向けようとはしなかった。

珍しいね。あの礼儀正しいオトハくんが話し相手に目も向けないなんて····まあ、私は気にしないがね。

私は片手で転移陣を描きながら、眠った少女を抱き締めるオトハくんに歩み寄る。


「とりあえず、城へ戻ろう。報告や情報共有は帰ってからでも出来る」


「····そうだな。帰ろう」


私の提案に直ぐ頷いたオトハくんはウリエルを抱いたまま、立ち上がった。大切そうにウリエルを抱き直し、熱のこもった瞳でウリエルを見つめている。

以前から薄々勘づいてはいたが、本当にオトハくんはウリエルが好きなんだね。その切なげな表情を見ていると、オトハくんもただの男なのだと気付かされるよ。

君は色々規格外だったから、忘れそうになるけど····こんな事がなければ君もただの青年なんだよね···。


「?····どうかしたか?」


「ん?いや、何でもない。ただオトハくんも『男の子なんだな』って思ってね」


「どういう意味だ?俺は歴とした男だぞ?」


「ふふっ。そういう意味じゃないよ。まあ、気にしないでくれ。大した事じゃないから」


「?····そうか」


オトハくんは不思議そうに首を傾げながらも小さく頷く。これ以上、何か言うつもりはないらしい。

オトハくん、本当にあっさりしてるね。ウリエルに関係のあること以外は驚くほど、あっさりしている。まあ、そういうところ嫌いじゃないよ。

私は隣に立つ青年を一瞥し、右手に展開した転移陣を発動させる。その時、ちょうど昼の12時を知らせる鐘が鳴った。私達はその鐘の音と共にその場から姿を消す。

──────────戦争の終焉を告げる鐘が鳴ったとき、全ての幕は下ろされた。

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