第9話『無職の秘密』
ドゥンケルの森に梟とよく似た鳴き声が響き渡る中、俺は少女を背負ったまま歩みを進める。一歩進むごとに足取りが重くなっていくが、俺はそれを無視して歩き続けた。
『まず、この職業の前提条件を正します。“無職”はどの職にも就けない落ちこぼれ職業ではありません。むしろ、どんな職業にもなれる“最強の万能職”です』
最強の万能職····だと?
無職がか···?だって、無職の意味は『職業を持たないこと』なんだぞ?
元ニート予備軍であった俺は特に意味もなく、無職の意味について調べたことがある。だから、意味は間違っていない筈だ。
『では、逆にお聞きしますが何故『職業を持たない』=『何も出来ない』になるんですか?無職はただ職業を持っていないだけで何も出来ない訳ではありません。無職は謂わば、どんな色にもなれる透明な水です。自分の選択次第でどんな色にも染まれる。それが──────“無職”です』
頭を鈍器で殴られたような強い衝撃と興奮が俺の中を駆け巡る。
確かにこいつの言うことには一理ある。
若干綺麗事が入っている気もしなくもないが、確かにこいつの言うことは正しい。
無職は何にでもなれる魔法の水だ。無色透明でどんな色にも染まれる。
まさに夢の塊。オールマイティだ。
これほど、“万能”という言葉が似合う職業はないだろう。
『“無職”は先程も言った通り、どんな職業にもなれる万能職です。ですが·····遊び半分でポンポン使えるような職業ではありません』
だろうな。こんなチート職業、何のペナルティもなしに使えるはずが無い。
美味しい話には必ず裏があるように、最強の万能職にはそれ相応のペナルティがある。
そうじゃなきゃ、世界の均衡は崩れちまう。
まあ、そのペナルティには心当たりがあるが····。
『無職の特殊能力─────転職は音羽の生命力を贄として発動します。選択した職業や発動時間によって、消費生命力は異なります。特に戦闘系の職業は消費生命力が大きいですね』
なるほど····だから、戦闘系職業である忍者はたった数分で2000も生命力を消費した訳か。
──────って、なるか!!
俺がレベル上げしてなかったら、最悪死んでたぞ!あれ!
レベル1の生命力なんて980だからな!?
そこに消費生命力が2000だったら、と考えると肝が冷える。当然ながら、生命力が0になればゲームオーバー。このリアルゲームはネットゲームと違い、やり直しが効かない。最も危惧すべき点はそこである。
本気で危なかった····レベル上げしといて良かった。あと、この特殊スキルがあって良かっ···って、まさか!この特殊スキルを俺に与えた理由って····!
「俺が無職の特殊能力を使って、死なないようにするため····」
『正解です。神は貴方が死んでしまわぬよう、そのスキルを与えたのです。生命力などの基礎能力はレベルアップしなければ上がりませんから』
やっぱり、そうか。
いや、可笑しいと思ったんだ。レベルアップ初回ボーナス特典が二つなんて····どっちか一つでも十分豪華なのに。
これで謎過ぎるレベルアップ初回ボーナスにも納得がいった。
「なあ、ちなみに無職の特殊能力である“転職”に何か条件みたいなのはあるのか?想像すれば何にでもなれる感じなのか?」
『もちろん、条件はあります。まず第一にその職業の正式名称を知っていること。二つ目にその職業の特性や内容を理解していること。これが最低条件です。職業によってはある程度鍛錬が必要なものもありますが····例えば鍛冶師とかですね。技術面が必要とされる職業は特に練習が必要です』
「なるほど····技術面か···。それって職業による特性?だったか?それで補えないのか?」
『ある程度、補うことは出来ますよ。さっき、例に出した鍛冶師は手先の器用さや熱への耐性が上がったりします。ですが····鍛冶師の特性に頼ったレベル10が作る剣より、己の力で培った技術で勝負するレベル5の鍛冶師が作る剣の方がずっと綺麗ですし、頑丈です。あくまで鍛冶師の特性は手先の器用さや熱への耐性などを底上げするだけですので』
鍛冶師をやるのに必要な能力は底上げされるが、肝心の技術面は努力しないと磨かれないって訳か。変なところで現実的だな、この世界。
「まあ、大体仕組みは理解した。とりあえず、今のところ質問はこれだけだ。他に質問があれば、その都度言う」
『はい、分かりました』
俺は天使との話を····って、そういえば名前聞いてなかったな。ずっと『こいつ』とか『天使』って呼ぶ訳にはいかないよな。
さすがに天使相手に『こいつ』呼びは失礼過ぎるし····今更だけど。
「名前教えてくれるか?呼ぶときに不便だ」
『大変申し訳ありませんが、名前を明かすことは天界の取り決めにより、禁止されております。ですので、どうぞ今まで通り『こいつ』呼びで構いません』
「お前、実は根に持ってるだろ····。『こいつ』呼びしたのは悪かったよ。昔からの癖なんだよ」
『······そうですか。じゃあ、『天使』で構いませんよ』
いや、それはさすがに·····。
リアル天使だからって、『天使』呼びするのはなぁ···なんて言うか、せっかくだから固有名詞で呼びたいよな。
これから先、俺が死ぬまでずっと一緒なんだし。
『はぁ····分かりましたよ。じゃあ、適当に名前をつけてください。私はそれで構わないので』
あっ、勝手に付けていいんだ····。
変な名前付けたら嫌だな、とか思わないのか?この天使····。
俺は女子っぽい名前を付けられて、結構親に怒りを覚えてるのに····。まあ、直接文句を言ったことはないが···。
『名前なんて、ただの固有名詞ですよ。それ以下でもそれ以上でもありません。“名は体をあらわす”と言いますが、そんなのデマカセです。だから、私は『クソ』でも『ゲロ』でも『こいつ』でも構いませんよ』
いや、それはどうかと思うが·····ていうか、やっぱり『こいつ』呼び根に持ってるじゃないか!
何で『クソ』『ゲロ』と来て、『こいつ』なんだよ!完全に根に持ってるよな!?
『そんなことありませんよ。ていうか、さっさと決めてください』
はぁ····分かったよ。すぐ考えるから、待ってろ。
天使····天使だろ?天使って言えば『白』のイメージがあるよな。
ただここでそのまんま『白』って名付けるのも、ちょっと····犬や猫の名前みたいだし····。
じゃあ、英語に変換して『ホワイト』か?いや、それはさすがに簡単過ぎるか····。
「じゃあ──────“ビアンカ”でどうだ?」
『·····ビアンカ、ですか?』
「ああ。俺が元いた世界でイタリア語ってのがあるんだが、“ビアンカ”はイタリア語で『白』って意味なんだ。天使のお前にピッタリだろ?」
天使と言えば『白』なんて、単純だが良い名前だと思う。昔やったゲームのキャラにビアンカって居たし、変な名前ではないだろう。あくまで日本人の感覚だがな。
そして、リアル天使はうんと間を開けたあと、
『分かりました。これからは私のことをビアンカとお呼びください』
と、少しだけ嬉しそうに答えた。
おっ?気に入ってくれたみたいで何よりだ。
「改めて···これから先よろしく頼む、ビアンカ」
『はい。こちらこそ、よろしくお願い致します、音羽』
こうして、俺はリアル天使─────ビアンカを異世界生活のサポーター要員として手に入れたのだった。