第84話『ウリエルの参加理由』
「ウリエルの参加理由は──────────責任だ」
穏やかな赤に凛とした何かが混ざった時、銀髪赤眼の美丈夫は口を開いた。硬い声色でルシファーは確かに『責任』と口にした。
せき、にん····?責任だと!?
まさか、ウリエルは前回の戦いで人質に取られた責任をこの戦争に参加し、活躍することで果たそうとしているのか!?
目を大きく見開く俺を真っ直ぐに見つめ、ルシファーは言葉を重ねる。
「私だって、こんな危険な戦に未来ある子供を参加などさせたくない。が····ウリエルに言われたんだ。自分を子供ではなく、一人の大人として扱って欲しいと····大人として扱われる覚悟はもう出来ていると彼女は言った」
「大人なら、自分の仕出かしたことに対する責任を取るのは当然だ。自分のせいで世界を救う希望を一つ消し去ったのなら、世界を救うために尽力するのは当たり前だろう」
「あの女の子は責任を取るためにこの戦いに参加したいって自ら志願してきたんだよー」
「戦での失態は戦で取り返す····まあ、それが普通よね」
皆、思い思いに言葉を並べているが難しい表情をしている。俺と同様にルシファー達もウリエルの参加に納得していないんだ。だが、一人の大人として責任を取りたいと言われれば、ルシファー達は安易に反論できない。
一応筋は通ってるからな。
でも·····それでもっ!!納得出来る訳ねぇーだろ!!ウリエルは俺の宝物なんだ····!!俺に幸せをくれた、たった一人の女の子···。
例え、筋が通っていたとしても俺は反対だ!!
「責任とか、そんなの関係ねぇーよ!!そもそも、パンドラの箱を壊す決断をしたのは俺だ!!ウリエルに非はない!!」
「でも、そういう状況を作ったのはあの子でしょー?あの子が人質なんかになって無ければ僕らは勇者パーティーを一掃出来た。違う?」
「っ·····!!それはっ····!!」
「守れなかった私達にも非はあるけど、そういう状況を作り出した原因は確実にウリエルちゃんにあるわ。それは捻じ曲げようのない事実。責任を取らせるのは当然のことよ」
「でも、ウリエルはっ·····!!」
「まだ子供···そう言いたいんだろう?それは私達も分かっている。だが、ウリエルが望んだことだ。自分を大人として扱い、責任を取らせてくれと····あの子がっ····望んだんだ·····!!」
「ベルゼ·····」
普段ポーカーフェイスを崩さないベルゼがくしゃりと顔を歪める。行き場のない感情を我慢するように唇を噛んだベルゼは口端から血を垂れ流していた。
それだけでベルゼがどれだけ辛いのか····我慢しているのか、よく分かった。
あいつだって、本当なら愛弟子を戦場なんかに連れて行きたくない筈だ。今回の戦は前回以上に過酷なものとなる。激しい戦になるのは避けられないだろう。幹部メンバーであるベルゼ達ですら、生きて帰れるか分からない戦だ。そこに子供のウリエルが参加なんて····死にに行くようなものである。
危険な戦になることはベルゼもよく分かってる。それでも、ウリエルを戦線に出すと決断したのは彼女の意思を尊重するため·····。
親子二人が話し合って出した結論がこれなのか····。
なあ、ベルゼ····責任の取り方なんて、もっと他にあっただろ?なのに何で“これ”なんだ····。俺はウリエルを死なせたくないんだよ·····苦しんで欲しくないんだ!!
ただ笑ってくれれば、それでいいのに····お前もそれは同じだろう?
「·····ベルゼ、一つ聞かせてくれ」
「····なんだ?」
「何でウリエルの戦争参加を許した?その理由はなんだ?」
お前は俺と同様にウリエルを大切に思っている。目に入れても痛くないくらい可愛がっているだろ?だから、俺とお前の感じている葛藤や行き場の無い感情は同じの筈だ。お前はどうやって、それを抑え込んだ?どうやって、自分を納得させた?
ベルゼは俺の質問に直ぐには答えず、顔を俯かせている。口端から垂れた血がテーブルの上にポタリと落ちた。
なんて答えようか迷っているのか、あるいは····答えて良いのか考えているのか····。まあ、どちらにせよ早く返答を聞かせて貰いたいものだね。今の俺はあまり気が長くない。
苛立ちを表すように俺の体から殺気や怒りが滲み出ている。人の感情に疎いマモンですら、気づくほどの殺気だ。
「·····本当はウリエルから『誰にも言わないで欲しい』と口止めされてたんだが····やむを得ん」
ウリエルから口止め····?どういう事だ?
謎が謎を呼ぶとはまた違うが、更に疑問が深まった。
ベルゼは覚悟を決めたように俯かせていた顔を上げると、口端に垂れた血を無造作に手で拭った。
「ウリエルがこの戦に参加する····いや、参加したいと思う理由は失態を取り返すこと以外にもう一つある。それは───────────オトハ、お前を守りたいからだ」
「·····はっ?俺を守る····?」
「ああ。ウリエルはただ単純にお前を守りたくて、この戦に参加したいと申し出てきた。責任云々はまあ····正直ただの口実···建前に過ぎない」
「建前って····俺を守りたいという理由が本命だとでも言うのか?」
「その通りだ。ウリエルはただオトハを守りたくて、この戦いに参加したいと申し出たんだ」
俺を守りたくてって····そんな理由でこんな危ない戦いに志願だと····?ウリエルは馬鹿なのか!?死ぬかもしれないんだぞ!?なのに何でっ·····!?
ギュッと爪が手の平にくい込むほど、強く手を握りしめる俺にベルゼは真っ直ぐ言葉を投げかける。
「ウリエルは言っていた。オトハは自分の命を軽く見過ぎだと····。役目を果たしたら、死んでしまうんじゃないかと言っていた。あと、ウリエルはオトハは無理しているとも言っていた」
「俺が無理してる、だと·····?」
「ああ。本当は誰かを傷つけたり、殺したりすることに心を痛めているんじゃないかと····ウリエルは言っていた。『オトハは優しいから、本当は誰も傷つけたくないと思っている筈だよ。ただそれを口に出さないだけ。オトハは優しいから····優し過ぎるから····何度も何度も自分の心を殺して来たと思う。私達のために····。オトハは相当無理している筈だよ』とウリエルは泣きながら言っていた。自分達のせいでオトハを苦しめている事実に····ウリエルはじっとしていられなかったんだ」
·····気づいてたのか、ウリエルは····。上手く隠せていたと思ってたんだが····いや、上手く騙せていたと言った方が正しいだろうか?
俺はコカトリス戦からずっと自分を騙してきた。もちろん周りの皆も、な。
自分は普通に生き物を殺せる。殺しに躊躇いを持たない。殺しを恐れない。
そう自分に言い聞かせて····ずっと自分を騙してきたんだ。自己暗示にも似た嘘と偽りを今までずっと突き通してきた。
でも、それには限界があるんだ。
俺はどこまでも行っても平和ボケが抜けない日本人で····人殺しなんか出来ない臆病者。一時期的に自分を欺けても、それは長く続かない。いつか絶対限界が来て、罪悪感とか後悔とかが己を蝕む····。
悪者にも英雄にもなり切れない俺には人殺しなんて無理なんだよ····。
だから、俺は────────────。
「勝っても負けても、この戦が終わったら死のうって決めてたんだが····ウリエルにはバレていたようだな」
俺の小さな呟きはこの広い空間によく響く。
俺の口にした言葉にルシファー達は明らかな動揺を見せた。




