第67話『外道』
ケモ耳····?
頭に生えたクマのように角が丸い耳以外は特に普通の人間と容姿は変わらない。強いて言うなら、めちゃくちゃ美形ってことくらい。
白に近い灰色の長髪に黒っぽい銀の瞳を持つ男性は中性的な顔立ちをしており、儚い印象を持たせた。体格は普通に男っぽいのにこの顔を見ると、どうもな····垂れ目のせいだろうか?
敵ながら、すげぇ美形だ。あれで女なら、確実に惚れてたな。
なんて呑気に考える俺とは対照的にベルゼとアスモは表情を険しくしていた。他のメンバーも数名怒りを露にしている。
な、なんだ?なんか、怒るポイントあったか···?
「今は亡き同胞の身体を器として使うなど····!!絶対に許さん!!」
「そもそも、何で死体に憑依出来ているのよ!?霊魂移しの条件は生きた人間の体でしょ!?」
亡き同胞?死体に憑依?一体どう言うことだ!?
ベルゼが発した言葉から、ロイドが今憑依している体が魔族側の人間だったことが分かる。『置いていった』『拾う』という単語から、以前人族領に攻め込んだとき死んでしまった同胞の死体を置いて来てしまったんだろう。仲間思いのベルゼの事だから、同胞の死体を敵地に置いてきてしまったのは本意ではなかった筈だ。
そして、その置いて行かれた死体を死霊使いのロイドが引き取ったと·····。
話をまとめると、こんな感じか?
でも、霊魂移しって生きた人間の体じゃないと駄目なんじゃないのか····?
アスモと同じ疑問を抱く俺の後ろでマモンがひょこっと顔を出す。
「!?──────────ベルフェゴール!?」
「マモンも知ってる奴なのか?」
「知ってるも何もベルフェゴールは元幹部だよ!?」
「はぁ!?」
あの男が元幹部メンバー!?
じゃあ、ロイドは魔王軍元幹部の体を使ってるって訳か!?
でも、そう考えればベルゼやマモンが彼を知っているのも納得が行く。基本軍の上層部は同僚や各隊の隊長くらいしか顔や名前を覚えていないからな。どんな超人でも下っ端連中の顔や名前まで覚えるのは不可能だ。特にマモンは興味のない事に関しては覚えが悪いからな。
「ベルフェゴールは熊の獣人で、ベルゼと同期なんだ。ルシファーと同じ平和主義の奴だったけど、凄く仲間思いで戦場では大活躍だった···。でも、200年前の戦いでベルゼを庇って──────────死んだ筈」
熊の獣人で、ベルゼと同期。ルシファーと同じ平和主義者で、仲間思いねぇ····んで、ベルゼを庇って死んだ結果、敵に体を良いように利用されていると····。
ベルゼがさっきロイドの攻撃を避けられなかったのはその体がベルフェゴールのものだと見抜き、動揺したせいか。誰だって、亡き同胞の死体が敵に利用されていれば動揺で体の動きが鈍るだろう。
元魔王軍幹部ベルフェゴールの死体に憑依するロイドは俺達の反応に愉快げに目を細めた。黒に近い銀の瞳はうっそりと細められている。
「お前達は何か勘違いしているぞ。死霊使いの最上位魔法“霊魂移し”は生きた体が対象という訳では無い。霊魂移しは魂の器となり得るものなら、死体でも人形でも構わないんだ。まあ、死体は手入れが大変だから、あまり使わないがな····だが、この死体は面倒な手入れをしてでも手元に置いておく価値がある。この筋力量、身軽さ、スピード、体力····全てが実に好ましい。出来れば生きた状態で捕獲したかったが····まあ、そこまでワガママを言うつもりは無い。それに生きた器なら、今目の前にあるからな」
「っ·····!!この外道·····!!」
「外道?ははっ!可笑しなことを言う····この死体を捨て帰ったのはお前だと言うのに····」
「ベルゼはベルフェゴールの死体を捨てた訳じゃないわ!!あのときは私の魔力が残り少なくて····!!死体まで転移させる余裕がなかっただけよ!!」
なるほど。大体話は見えてきた。
ベルフェゴールの死体を持ち帰れなかったのは魔力不足が問題だったのか。幹部の死体だろうと生者を優先するのが普通だ。生者を優先した結果、死体を持ち帰れなかったのなら····それはもう『仕方ない』と言わざるを得ない。当時のことを詳しく知らない俺が言うのもなんだが、ベルゼやアスモは最善の選択をした。その結果、この事態を招いてしまったとしても····当時はそれが最善だったのには変わりない。
この話を聞けば、ほとんどの人が俺と同じ結論に至ることだろう。『仕方ない』『それが最善だった』と口を揃えて言う筈だ。だが、ロイドはそうじゃない。ベルゼやアスモの心を切り崩すため、辛辣な言葉をあびせた。
「『魔力が少なかった』『死体まで転移させる余裕がなかった』か····でも、それはただの言い訳だろう?死体を捨てたことに変わりはない。何度も言うように俺はお前達の捨てたものをただ拾っただけだ」
「っ·····!!」
「そ、れは·····!」
「そんなに返して欲しいなら─────────無理矢理にでも奪いに来い。それとも、亡き同胞の体に傷をつけるのが怖いのか?」
ありったけの皮肉を込めた挑発にベルゼは肩を震わせた。アスモはその挑発に乗るまいと必死に怒りを堪えている。ギュッと力強く握り締めた手の平からはポタポタと血が流れていた。
ロイドの言葉は辛辣だが、間違ってはいない。どんな理由があろうと、ベルゼ達が敵地に死体を置いて行ったことに変わりはないからだ。結果だけ述べるなら、ベルゼやアスモはベルフェゴールの死体を捨てたことになる。どんなに否定しようと、言葉を重ねようと、その事実は変わらないんだ。
だから·····だからこそ、ロイドの言葉は刃となってベルゼ達の胸に刺さる。変えられない事実だからこそ、彼女らの胸を締め付けるのだ。
ベルゼは剣を握る腕を震わせながら、そっと目を伏せる。何かを耐えるように····悔やむように····。そして、誰かに懺悔するように····。
「ああ、そうだな。お前の言う通り、私は同胞の死体を───────────捨てた」
「!?────────ベルゼ!?何を言って····!?」
ロイドから再度告げられた事実をベルゼは確かに受け止めた。まだ腕は震えているし、声も掠れているがベルゼは確かに受け止めたんだ。そして、その事実を認めた。
それは大きな進歩であり、ベルゼ自身を大きく進化させる一歩でもある。
ベルゼは俯かせていた視線をゆっくりと上げ、その茶色がかった瞳に今は亡き同胞の姿を映し出した。体は同胞のものでも、その中身はもうベルゼの知る奴ではない。悪意に満ち溢れた死霊使いのロイドが憑依している。
「ベルフェゴール、遅くなってすまない。迎えに来たぞ。我々と一緒に魔王様の元へ帰ろう」
そう言って、ベルゼは花が咲いたように柔らかく微笑んだ。いつもどこか固い表情をするベルゼが····普通の女の子みたいに笑ったんだ····。その笑顔の破壊力は半端ない。
ベルゼって、いつも気難しい顔してるけど笑うとこんなに可愛いんだな····。
そう思ったのも束の間。ベルゼはすぐに表情を元に戻した。眉間に深い皺を刻み込み、険しい顔つきをするベルゼは下に向けていた剣先を確かに前に向けた。
「ロイド・サイラス───────────我が同胞の体、返させてもらうぞ」




