第65話『合流』
さて、マモンはどうやって20人も相手にするのか···見ものだな。
目の前に立ちはだかる兵士の中には魔法を使える奴も居るらしく、詠唱を唱え始めた者もいる。多種多様な武器と能力を持つ彼らを前にマモンは臆することなく、飛び込んだ。
「わっ!?なんだ!?」
「突然風が····ぐはっ!?」
「な、なんだよ!これ!?」
マモンは目にも止まらぬ速さで兵士達の間をすり抜け、道すがらに首を斬り落としていく──────爪で。ヴァンパイアの特殊能力なのか特性なのか分からないが、急激に成長した爪は長く、鋭かった。
これ、本当にすぐに終わるんじゃ····。
兵士たちに反撃の隙を与えず、止まった的を斬り捨てるように簡単そうにマモンはこの場を制圧した。
い、一分もかかってねぇ····。
二人相手に三分かかった俺とは違い、約20人の兵士を相手に一分足らずで制圧して見せたマモン。マモンが何故『遅すぎー!』と俺を罵ったのか、よく分かった。
今回は敵が20人だったため瞬殺とはいかなかったが、二人程度なら瞬殺出来ただろう。
さすがは魔王軍幹部····。俺の実力じゃ、マモンの足元にも及ばないぜ。
床を赤く染め上げたマモンはクルリとこちらを振り返り、得意げに笑う。
「僕の手に掛かれば、この程度の敵1分もかかんないよー!」
「みたいだな」
「ふふっ!見直した?」
「ああ」
マモンの問いに素直に頷けば、奴は嬉しそうに頬を緩めた。戦場だと言うのにマモンはルビーの瞳を細め、嬉しそうに笑っている。
返り血を帯びた少年が死体の上で笑っているなんて異常な光景だが、何故だか不思議としっくり来た。相手がマモンだからだろうか?
俺もだんだん魔族に毒されて来たな····。
「オトハー!行っくよー!」
「ああ」
ニコニコと嬉しそうに笑っていたマモンだったが、己の役目を思い出したのか慌てて止めていた足を動かす。俺はその小さな背中を追った。白い背中には先程の戦闘で浴びた返り血がべったり付いている。
戦争にいつもの白衣姿で挑んだマモンだが、今日は珍しく袖を捲っていた。雪のように白い手からは細長い棒がそれぞれ五本ずつ伸びている。
「それにしても、爪長いな。急激に成長したが、これはヴァンパイアの特性か何かか?」
「んー?まあ、そんな感じだね〜。ヴァンパイアって、基本時が止まった生き物だからさ〜、爪とか髪とか全然伸びないんだよ〜。成長停止した時とあんまり外見が変わらないようにするためなんだけど〜。でも、爪や髪なんかは短時間なら成長可能なんだ〜。一定の時間が経過すると、元に戻っちゃうけどね〜」
「なるほどな」
ラノベでよく出てくるヴァンパイアは体の成長は止まるが、髪や爪は伸びるって設定が多いから、その考えは無かったな〜。この世界のヴァンパイアって、成長が止まった一族と考えられているのか。また一つ勉強になった。
知らない知識がまた一つ増えて嬉しい俺だったが──────────喜んでいる暇はないらしい。
『音羽、もうすぐ先行隊と合流します!』
ビアンカがそう脳内で叫んだ途端、遠目にだがベルゼとアスモの姿が目視出来た。
観音開きの大きな扉を守るように立ちはだかる敵とそこに斬り込む魔王軍の先行部隊。実力は圧倒的にこちらが上だが、敵があまりにも多過ぎる。数の有利はあちらにあるらしい。
連れてきた魔王軍のほとんどは大広間の戦いに追われているからな···。だから、こちらの数が少ないのは仕方の無い事だが·····。
「────────ちょっと敵の数が多すぎないか?」
パンドラの箱を保管する場所なのだ、兵士が多く派遣されていても可笑しくない。可笑しくないのだが···それにしたって数が多過ぎる。
今回、俺達は魔王軍の半分の勢力を連れてきた。で、その勢力は大広間に集中している。
その勢力を足止めするためにはそれ相応の人数が必要だ。だから、パンドラの箱の警備が薄くなる····筈なんだ。
ベルゼたち先行部隊の前に立ちはだかる敵の数は軽く100を超えている。
「オトハ、敵のことをよく見てみて。そうすれば、このカラクリが分かる筈だよ」
隣を走るマモンに促されるまま、俺は距離を縮める度鮮明に見えてくる目の前の光景に目を凝らした。
敵、敵、敵·····なっ!?これって·····!?
「──────────死体!?」
「そっ!ここに来る前に言ったでしょ〜?超強い死霊使いが居るって。目の前の死体もそうだけど、建物内に居る敵のほとんどが死体だよ。生きている兵士は実質50〜60人程度かな?」
なっ!?50〜60人!?
じゃあ、大広間に居る敵もほとんど死体ってことになるんじゃ····!?話には聞いていたが、ここまで凄い奴だったとは····。
先行部隊との距離が30メートルに縮まったところで、マモンがぐんっとスピードを上げた。
「死体の敵は燃やすか、ミンチになるまで切り刻むか、聖魔法で浄化しないと倒れない。あぁ、もちろん術者本人を殺すのもアリ!」
「殺すって····その術者本人はどこに居るんだよ?」
「多分、あの扉の向こうじゃないかな〜?他に質問は〜?」
「ない」
「おっけー!んじゃ、死体狩りに行くよー!」
マモンはそう言うなり、手元に魔法陣を呼び寄せ、目の前に迫った死体の軍勢に飛び込んだ。と同時にドカンッ!と馬鹿でかい爆発音が響く。吹っ飛んだのは死体の軍勢だった。
あのとき、マモンが呼び出した魔法陣は火炎系の魔法だったのか····。
不老不死のマモンのことだから大丈夫だと思うが、その戦い方は余りにも捨て身過ぎないか····?不老不死だからこそ出来る捨て身という名の自爆行為。前々から考えがぶっ飛んでるとは思っていたが、物理的にぶっ飛ぶとは····。
死体に炎が有効だからって、ここまでするか?普通···。味方への配慮とか考えねぇーのかよ···。何人か髪がチリチリになってるぞ。
「相変わらず、マモンは考え無しだな」
「仕方ないわよ、マモンだもの」
「諦めずに教育してやれよ」
「「絶対に嫌」」
ベルゼとアスモのガールズトークに混ざって、マモンの再教育を促したが、全力拒否を受けてしまった。
マモン·····お前すげぇ嫌われようだな。まあ、あんな性格していれば当然か。
壁や天井が吹っ飛ぶほどの爆発を何の合図もなしにやってのけるマモンが好かれる筈がない。マモンの自爆のおかげで死体の半分が燃え尽きた····いや、吹っ飛んだが、味方にも割りとダメージが入っていた。
俺は少し距離が離れてたから、爆風を受けたくらいだが、先行部隊の何人かは火傷を負ったことだろう。それでも誰も何も言わないのはマモンと話すのが面倒臭いと感じているからだ。
「いやぁ、楽しいねぇ〜!爽快爽快〜!」
瓦礫の山から、ひょこっと顔を覗かせた青髪の少年はスッキリした表情で天を仰ぐ。壁や天井が吹っ飛んだせいで、夜の冷たい風が流れ込んできた。
とりあえず、マモンは大丈夫そうだな。
「まあ、何はともあれ敵は半分に減ったんだ!一気に攻め込むぞ!」
ベルゼの司令に誰もが力強く頷いた。
味方にも被害が出たが、敵の勢力が半分になったのは間違いない。この好機を逃す手はなかった。
白い光を帯びる長剣を構えるベルゼ、炎を纏った鞭を手にするアスモ、短剣を構える俺。
俺はベルゼやアスモのように魔法を武器に纏わせることが出来ないので、短剣でミンチになるまで切り刻むつもりだ。
こういう時、魔法が使えない自分が嫌になる。
まあ、転職を使えば良い話なんだが、このあと俺には大事な役目があるんでね。今、転職を使う訳にはいかない。
今は己の力のみで戦うしか無かった。
「──────────行くぞ!!」
ベルゼの号令と共に俺達は死体に向かって、駆け出した。




