第64話『練習の成果』
ルシファー····何で泣いて····?
ルシファーの泣き崩れる姿が脳裏にこびり付いて離れない俺に目の前の光景に構ってやれる余力はなかった。
「なっ、なんだ!?これは····!?」
「何で魔族がここに····!?」
「ええい!!考えている暇はない!!かかれー!」
パンドラの箱が保管されている聖堂の大広間に突然現れた魔族の軍勢。ここの警備に当たる人族の兵士たちは完全に混乱していた。
対する魔族陣営は沸き立つ興奮と憎悪に押されるまま、パンドラの箱奪還作戦を決行する。ルシファーに煽られた魔族達は好戦的な目をしていた。
「狩りの時間だぁぁぁああ!!」
「うおおおおぉぉぉおおお!!」
「パンドラの箱を魔王陛下の元にー!」
今回は特別に殺しの許可が出ているため、魔族陣営の盛り上がり方は凄まじい。もちろん、『殺し過ぎないように』とルシファーに釘を刺されているが···。だが、この調子だと生存者が残る確率は低いだろう。
ルシファーの泣き崩れる姿がどうしても気になって、その場から動けずに居る俺に矢が飛んでくる。ここ最近銃撃戦ばかりしているせいか、矢の速度がやけに遅く感じた。
『音羽!今はルシファーのことを考えている余裕はありません!戦いに専念してください!』
脳内に響く甲高い声にハッとし、俺は鞘に収まったままの短剣で矢を弾き飛ばした。カンッと鉄の鳴る音がする。
そうだ。今はルシファーのことよりも、戦いに集中しなくては···!ルシファーのことは魔王城に帰還した時にでも本人に聞けばいい!どうせ、ルシファー本人に聞かないと泣き崩れた理由なんて分かりやしないんだ。ここで俺が一人グズグズ考えてても意味は無いだろう。
俺は鞘から剣身を引き抜くと、それを構えた。
「オトハ。今、ベルゼとアスモが先陣切ってパンドラの箱がある部屋に向かってる。僕達も行くよ!」
「ああ、分かった」
俺を迎えに来たらしいマモンはこちらの返事を聞くなり、駆け出した。戦士たちの隙間を縫って最短距離で移動するマモンに俺も続く。
マモンは小柄だから戦士達の間をスイスイ走って行けるが、俺にはちょっと厳しいな···。つーか、あいつ早すぎだろ。時速何キロで移動してんだよ····。
マモンを見失わないよう、青髪を必死に追い掛けながら俺は道すがらに何人か斬り落とした。
さすがに魔物と人間では背負う罪悪感や恐怖は違うが、ウリエルを脳裏に思い浮かべれば問題は無い。あの少女を頭に思い浮かべると、自然と罪悪感や恐怖心が薄れた。
『もう自分がロリコンだと·····いえ、ウリエルを一人の女性として見ていると認めたら、どうですか?』
てめぇは一回黙ってろ!デーモンエンジェル!
戦場に行ってもビアンカのウザさ加減は変わらないと判明したところで、なんとかマモンに追いついた。早くも血の海と化した大広間を抜けた先には長い通路があり、俺とマモンは今そこを走っている。大広間の対応に追われているのか、通路はガランとしていて、人の気配がない。
まあ、さすがに─────────通路に兵士が誰も居ない訳じゃないが····。
『次の曲がり角に二人居ます。武器は散弾銃と大剣ですね』
了解!
武器を短剣から、拳銃に変えた俺はマモンより前に出た。散弾銃は近距離向きの武器だ。多少なりとも、距離を取って戦いところ····。
マモンは気配探知で敵の居場所は分かっているが、きっと武器までは把握していない。ここは俺がやるべきだろう。不老不死のマモンなら怪我しても大丈夫だが、あまり損傷が激しいと回復に時間が掛かるらしいからな····。何があるか分からない以上、最高のコンディションを出来るだけ保っておいた方がいい。
俺は曲がり角から出来るだけ距離を取った状態で敵の前に飛び出す。
そこにはビアンカの情報通り、散弾銃を構えた兵士と大剣を大きく振りかぶる兵士が居た。
大剣は見たところ、あまり長さがない。そこから剣を振り回しても俺に当たることはないだろう。なら、先に倒すのは──────────散弾銃を構える兵士の方だ。
「死ね!魔族!」
「んな弾、当たるかよ」
こちとら、マモンの風魔法でスピードアップした銃弾を今まで相手にして来たんだぞ?そんな遅い弾で俺を倒せる訳がない。
俺はダンッ!という発砲音と共に飛び出してきた弾を首を横に傾けることで躱した。狙いは悪くないが、あまりにも遅すぎる。この俺を倒したいなら、風魔法でも使って銃弾のスピードアップを測るんだな!
俺は大きく目を見開いて固まるその男に狙いを定め、迷うことなく引き金を引いた。人族が持つ発砲音がうるさい散弾銃と違って、俺の銃は発砲音がない。完全無音のサイレントガンだ。
普通の人間に銃弾を避けるなんて芸当が出来る訳がなく、銃を持った兵士は見事俺に脳天を撃ち抜かれた。弾に込める魔力量を少し多く見積もり過ぎたせいか、俺の撃った弾は男の頭を貫通し、ジュッと壁を焦がす。コポコポとグラスにジュースを注ぐように頭に空いた穴から大量の血が流れた。
うえぇ····なかなかにグロいぞ、これ。俺、バトル漫画は好きだが、グロいのはそんなに得意じゃないんだが····。
なんて、見当違いなことを考える俺の前で頭から血を垂れ流した男はバタッと床に倒れ込んだ。
「な、なっ····なんっ、で····くそっ!!キースの仇ぃぃぃぃいい!」
ほう?こいつの名前はキースって言うのか。なかなか洒落た名前じゃないか。
目を血走らせながら、大剣を構える兵士は猛牛のようにこちらに突進してくる。戦友を目の前で射殺され、怒り狂う大剣使いは我を忘れた獣のようだった。
そうだよな····辛いよな?悲しいよな?悔しいよな?許せないよな?
でもな───────────それが戦争なんだ。
魔族の大半が今のお前と同じ気持ちだ。だから、お互い様なんて口が裂けても言えないが····。
「─────────弱者は強者に淘汰される生き物だ」
その理はどこに行っても変わらない。
俺は迫り来る猛牛を見据え、なんの躊躇いもなく心臓を撃ち抜いた。不老不死でもない限り、心臓を撃ち抜かれれば死に至る。心臓が生物全てに共通する急所だ。
「かはっ·····!!」
相手の命に敬意を払い、出来るだけ苦しませずに殺す。それが今の俺に出来る精一杯だ。
マモンは三分にも満たないこのやり取りに『やれやれ』と首を振り、再び走り出した。
「オトハ、遅すぎー!もっと早く片付けないとダメだよー!」
「遅いって····三分もかかっていないと思うが?」
「あんなの30秒で片付けないとダメ!雑魚に三分も時間かけて、どうすんのさ〜!?」
「じゃあ、次はマモンがやってくれ」
「良いよー!まっかせといてー!」
右手を胸に押し当て、ドーンと胸を張るマモン。よっぽど、自分の実力に自信があるらしい。
つーか、自信しかないよな。単純な戦闘能力だけなら、ルシファーと肩を並べられるらしいし····。近距離・遠距離、どっちも対応可能なマモンはまさにオールラウンダーと呼ぶに相応しい。
『実の角を左へ曲げれば、すぐに先行隊と合流出来ますが····20人ほど兵士が待機しているようです。恐らく、先行隊を挟み撃ちにする作戦でしょう』
なるほど、20人·····。
マモンの実力を測るには良い機会だ。ここらで少し本気を出してもらおう。まあ、雑魚が幾ら群がったところでマモンの敵ではないだろうがな。
ニヤリと妖しい笑みを浮かべる俺の前に約20人の兵士が立ちはだかる。足音など気にせず、廊下を走り回っていたものだから、俺とマモンが接近してくるのに気づいたのだろう。十字路のド真ん中で兵士達が次々と顔を出した。
さて─────────マモンのお手並み拝見と行かせてもらおうか。




