表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/100

第54話『迷いは残る』

戦況は言うまでもなく、魔族側が優位に立っている。そりゃそうだ。朝日たちと魔王軍では踏んできた場数や積んできた訓練内容が全然違う。おまけに数の差もあった。

朝日率いる勇者パーティーが5、6人に対して、魔王軍は100人近く居る。実力だけでなく、数の差も歴然だ。

朝日たちが勝利を収める可能性は“無”に等しい。

唯一の希望は勇者のみが扱うことの出来る全てを切り裂く聖剣だが····あの状態の朝日では剣を振るうことは出来ないだろう。女の子を前線に立たせ、守ってもらっている時点で朝日は完全に戦力外だ。


「はぁ〜····もうー!つまんないなぁー!」


何の捻りもない一方的な戦いにマモンは何故か痺れを切らして、立ち上がった。隠れていた階段の陰から姿を現し、ドスドスと大股で戦闘現場に近づく。

あっ、おい!マモン!!このタイミングで出てったら····!!

後先考えずに飛び出すあたり、実に子供らしい。

お前、ルシファーと同い年なんだろ!?なら、少しくらい状況を考えて····!!

マモンの行動につられるまま、俺も階段の陰から飛び出してしまった。


「ねぇー!君さぁ····女の子に守ってもらって、恥ずかしくないのー?何もせず突っ立って守ってもらうだけとか、同じ男として見ていられないんだけどー!」


「!?────────何でマモンが!?」


「それにオトハも····!!」


マモンの存在にいち早く反応を示したのは朝日やその仲間達ではなく、ベルゼとアスモだった。青髪の幼い少年と俺を交互に見やり、大きく目を見開く女性陣。

やっぱり、マモンの役割は俺の護衛だけじゃなく監視役も兼ねていたのか···。部屋に籠っておいた方が良かったみたいだな。

俺とマモンの登場が予想外だったのか、アスモとベルゼは驚愕の表情を隠せずにいる。美女二人がポカーンと口を開けて固まる光景は完全に異常だった。さっきまでシリアスな展開だったのに一気にカオスになってきたぞ!?大丈夫か!?これ!!


「おとは····?音羽って、まさか····?」


今の今までただ呆然と突っ立っていた朝日が初めて反応を示した────────『おとは』と言う単語に。美少女に囲まれた金髪のイケメンがゆっくりと俺の姿をその目に映し出す。黒曜石のように澄んだ黒を宿した瞳には俺の姿がくっきりと映し出されていた。

以前よりも格段に体つきが良くなった俺を目にするなり、朝日は血相変えて駆け出した───────俺の方へ。

焦ったような····でも、どこか安心したような表情を浮かべる朝日は無我夢中で俺の方へ駆け寄ってくる。


「音羽!お前、生きて····」


「───────はいはーい!それ以上、オトハお兄さんに近付かないでね〜!お兄さんに何かあったら、僕がルシファーに怒られちゃう!」


俺と朝日の距離が一メートルを切った時、朝日の前にマモンが立ちはだかった。一応俺の護衛としての任務は果たすつもりらしい。言われたこと以上の事はしないが、言われたことはきっちりこなすタイプだ。

青髪の少年は子供特有の無邪気な笑みを浮かべ、ブカブカの白衣の裾を引き摺って、朝日に歩み寄る。マモンの外見が子供だからか、朝日に警戒する様子はなかった。

朝日、見た目に黙らされちゃダメだ!そいつは魔王軍幹部だぞ!!


「なんだ?子供か···?俺は音羽に用があるんだ。そこをどけ!」


マモンをただの子供と思い込んでいる朝日は愚かにも、マモンの肩を掴んでしまう。ラノベ知識のない朝日は知らないのだ。魔族の中には外見年齢が止まってしまう種族が居ることを····。

そして───────────人智を超えた存在がどれほど恐ろしいか、を。

俺の目には確かにマモンがニヤリと妖しく笑う様が見えた。


「!────────朝日、逃げろ!!」


「えっ···?─────────ぐあっ!?」


俺が朝日に『逃げろ!!』と叫んだのとほぼ同時にマモンは朝日の腕をへし折った。朝日の二の腕に右手をかけ、下に力を加えることで簡単そうに腕を折ったのだ。そこら辺に落ちている細い木の枝を折るように簡単そうに····ほんの一瞬で。

医学知識のない俺にはマモンがどこの骨を折ったかなんて分からないが、折られた朝日の腕がぶらーんとぶら下がっていることから、肘近くの骨を折ったのだと想像がついた。


「うあぁああああああ!?」


「あーもー!うるっさいなぁ〜!ただ腕の骨を折っただけなのに大袈裟なんだよ〜!」


情けない大声をあげる朝日は痛む腕をもう一方の手で掴み、その場にしゃがみ込んだ。目尻には水の膜がうっすら張っている。

マモンからすれば『腕一本へし折られたくらいで···』と思うかもしれないが、俺や朝日からすれば骨折は大怪我だ。痛いに決まってるし、折られたら動揺するに決まっている。俺達異世界人とマモンでは価値観が違い過ぎるんだ····。


「痛い····痛いよぉ···。おかぁさ、ん···もう帰りたいよぉ····何でこんな目に····遭わなきゃいけなっ····ぐすっ」


今まで我慢してきた何かが弾け飛んだようにその場で蹲り、グスグスと泣き出した朝日は見ていて痛々しい。

俺を異世界召喚に巻き込んだのは朝日だが、こいつだって巻き込まれた被害者だ。それは変わらない。

俺はこの世界に来て良かったと思える瞬間に出会えたが、朝日はそうじゃなかったのかもしれないな····。


「あーあ、泣き出しちゃった〜。ま、いっか。それより────────オトハお兄さん、何でこいつに『逃げろ』なんて言ったの?お兄さんって、僕達の仲間なんだよね〜?」


朝日に興味をなくしたのか、マモンはぐるんっと首を回し、肩越しにこちらを振り返った。赤にも似たマゼンダの瞳は氷山のように冷え冷えとしている。凍てつくような冷たい笑みに俺の顔は強ばった。

こ、れ····本気で怒ってるやつか···?

いや、怒るのは無理ないだろう。俺と朝日は敵同士で、助け合う関係性ではない。元クラスメイトだから、なんて言い訳マモンに通じる筈がなかった。それは俺と朝日の都合で、マモンや魔族の皆には一ミリも関係ないのだから····。

世界を救うか、滅びるかの瀬戸際で私情を挟んでいい理由なんてない。マモンの反応は当然だろう。

ニコニコと不気味なくらい笑顔を振りまくマモンは何を考えているのか分からなかった。ただ一つ分かることがあるとすれば、それは────────彼が俺に激怒していること。ただそれだけ。


「····悪かった。覚悟が足りなかった俺の落ち度だ···」


勇者朝日を切り捨てる覚悟を····俺はまだしていなかった。いや────────あえて、知らん振りをし無意識の間に避けていたのだ。

俺はどこまでも行っても日本人で····他人を切り捨てることの出来ない甘ちゃんだ。だから、さっき····朝日に『逃げろ!!』と叫んでしまった。叫ぶだけで庇おうとはしなかったが·····。これが俺が迷っている何よりの証拠。

俺はマモンに向かって、静かに頭を下げる。これが今の俺に出来る精一杯だ。


「····ふ〜ん?あっそ。僕は別に良いけどさぁ····迷ってたら、何も救えないよ。それだけは言っておく」


顔から笑みを消し去ったマモンはその幼さが残る顔立ちに真剣な表情を浮かべた。その表情だけなら、大人にも見えるほど····って、実際大人なんだけど···。

ルビーの瞳には強い意志と決意が宿っており、俺なんかよりずっと綺麗だった。


「心に留めておく」


まだ迷いの残る今の俺では『分かった』と言うことも出来なかった。だって、言ったとしてもそれは嘘になるから····嘘はつきたくない。

曖昧な返事を返す俺にマモンは一つ頷き、視線を朝日に戻そうとした─────────そのとき!


「─────────撤退!!」


こちらの様子をじっと窺っていた勇者パーティーのメンバーが一斉に動き出した。目にも止まらぬ速さで床に転がる朝日に駆け寄り、ビー玉サイズの小さなボールを床に叩き付ける。その瞬間、思わず目を瞑ってしまうような眩い光がこの場を包み込んだ。


「っ····!!逃げられる!!早く魔道具発動の解除を!!」


「無理よ!!間に合わない·····!!」


「せめて、一人だけでもこの場に残·····」


マモン、アスモ、ベルゼが短い会話を終える頃には眩い光は消え去り──────────朝日達の姿もなくなっていた。


─────────これが俺と朝日の最初の再会。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ