第21話『ローブ』
ビアンカの言動から、『エンジェルナビ』より『デーモンナビ』の方が絶対似合ってると思う。事ある毎に俺をロリコンにしたがるビアンカはまさに悪魔だ。ビアンカからネロに改名してやろうかな···。
『改名はお好きにどうぞ。それより、もうそろそろ路地裏から出た方が良さそうですよ。日が傾いて来ましたから。幾ら音羽が強いと言えど、これ以上ここに留まるのは危険です』
確かにそうだな。夜の危険な路地裏に小さい女の子を連れて歩く訳にはいかない。俺一人ならまだしも、今はウリエルが一緒だからな。極力危険は避けたいところ····。
紅蓮色に染まる空を見上げながら、思い悩む。
問題は今日の寝床だが····。出来ればウリエルをフカフカのベッドで寝かせてやりたい。だが、それにはリスクが伴う。魔族の娘を連れて、宿屋に泊まるのは危険が大きい。
せめて、ウリエルが完全に人間に変化出来れば良かったんだが····それは厳しそうだな。
チラッと額に生える二本の角を見て、宿屋に泊まると言う選択肢を脳内から削除した。仕方ない···ウリエルには悪いが、今日もまた街道近くの土手で夜を明かそう。小さい女の子に野宿させるなんて、気が進まないがこればっかりはどうしようもない。
ビアンカ、昨日夜を明かしたあの場所まで案内してくれ。
『畏まりました。では、分岐点まで道を戻ってください』
分かった。
俺は腰を曲げて、ウリエルをそっと地面へ降ろすと彼女が手にするマントを掴む。赤ワイン色のマントはどこかへ引っ掛けたのか、糸のほつれが多く見受けられた。ウリエルにはまだ大人サイズのマントはデカいか····。まあ、でもローブ代わりにはなるし、彼女の外見を隠すには持ってこいの代物だろう。
突然地面へと降ろされ、マントを奪われたウリエルはコテンと首を傾げている。だが、俺の事を信用してくれているのか警戒する素振りは一切見せない。最初は警戒心の強い野良猫のように全く懐かなかったのにな。信頼されている事実に頬を緩めながら、俺はウリエルにバサッとマントを被せた。
「ひょわっ!?」
額に生えた角が隠れるよう、頭からマントを被せたためウリエルが可笑しな悲鳴を上げた。可愛らしい悲鳴だな。
『ロリコ···』
ロリコンじゃない!!何度言えば分かるんだ!!お前はどんだけ俺をロリコンにしたいんだよ!!
ビアンカの念話に被せるように心の中でそう叫び、俺はウリエルの身支度を整えていく。マントに備え付けられている赤い紐を留め具代わりに使い、彼女の首元辺りでリボン結びにした。長い裾を切れ味のいい短剣で切り落としながら、マントについた埃を払う。
やってる事が完全にオカンのそれだが、ツッコミは入れない方向でお願いしたい。
「どうだ?少しは動きやすくなったか?」
切り落とした布と短剣をマジックバックに放り込みながら、ウリエルに感想を問う。そのままよりかはマシになったと思うが····俺もそこまで器用じゃないからな。少し不格好になってしまった。見た目はローブや裾の長い頭巾に見えなくもないが、やはり不慣れな素人が作りましたって感じが凄い。商品価値は無に等しいな···。
せめて、裁縫セットがあればなぁ····。道具さえ揃っていれば、それなりの服に仕立てることは出来た。って、それはただの言い訳か。今、ここに無いものを願ったところで意味は無い。言い訳なんて見苦しいな、俺····。
『ですね。大変見苦しいです』
だ、か、ら!何でお前はそうやって、俺にトドメを刺そうとするんだよ!天使なら慰め····いや、黙っててくれ!
『はぁ····音羽は注文が多いですねぇ···そんなんじゃ、モテませんよ?』
余計なお世話だ!つーか、注文が多いってなんだよ!多くないだろ!むしろ、少ないだろ!!天使様はこの程度の注文にも応えられないのか!?
『この程度って····はぁ····。それより、ウリエルの様子が可笑しいですよ。ずっとソワソワして落ち着きがありません。音羽の作ったローブが気に入らなかったんじゃないですか?』
えっ!?マジで!?
慌てて意識を現実へ引き戻し、幼い少女をこの目に映す。紫檀色の長髪幼女はその場でくるりと一回転したり、ローブの裾を掴んで広げてみたり、首元にあるリボンを指先で弾いたりと····ビアンカの言う通り、落ち着きがなかった。深くフードを被っているため、顔色を窺うことは出来ない。
も、もしかして····ビアンカの言う通り、本当にこのローブが気に入らなかったんじゃ····?
動きやすさを重視して、布を切りすぎたのがいけなかったか!?それとも、リボンの位置!?首元より胸元の方が良かったって事か!?そうなのか!?そうなんだろう!?
一人でプチパニックを巻き起こす俺の前でウリエルは今日何度目か分からない一回転を見せる。ふわりと揺れる赤ワイン色のローブが自然と目を引いた。
綺麗な赤だな····。
「オトハ、ありがとう!すっごく気に入った!オトハって手先が器用なんだね!」
「えっ····?」
俺の耳に届いた声は弾んでいて、お世辞で言ったのではないと告げている。大股で俺に歩み寄ってきたウリエルは俺の腰あたりにギュッと抱きついた。その反動でパサッとフードが取れる。
下から俺を見上げる少女の顔は喜びで満ち溢れていた。紫結晶の瞳を嬉しそうに細め、ニコニコと笑顔を振り撒いている。特徴的な八重歯が夕日に反射してキラリと光った。
喜んでくれたのか····?こんな不格好なローブを···?
子供は良くも悪くも正直な生き物だ。嘘を言うことは有り得ない。何より、この裏表のない無邪気な笑顔が嘘やお世辞ではないと強く語っていた。
『こんなのいらない!』と突き返されるかと思ったが···その心配はなかったようだな。
「ありがとう、ウリエル····」
「?····何でオトハが『ありがとう』なの?『ありがとう』って言うのは私だよ?」
「ははっ!それもそうだな····じゃあ、“どういたしまして”」
「ふふっ!うん!」
俺は少し屈んで、ウリエルの頭を撫でてやる。すると、彼女は嬉しそうに俺の手に擦り寄ってきた。
紫檀色の柔らかなくせ毛が手に馴染む。子供の毛って、こんなに柔らかかったっけ?ウリエルの髪質が柔らかいだけか?
髪の毛一本一本が糸のように細いウリエルの髪は柔らかくて触り心地が良い。トイプードルの毛皮みたいにもふもふだ。この触り心地は癖になるな。
『うおっほん!お楽しみ中に申し訳ありませんが、もうそろそろ動かないと本当に日が暮れてしまいますよ』
お楽しみ中って言い方は語弊があると思うが····まあ、それは一旦置いておこう。確かにこのままじゃ、日が沈んでしまう。早めに動いた方がいいな。
そう判断した俺はウリエルにフードを被せた。きちんと角が隠れるよう、フードを深く被らせる。
「ウリエル、移動するぞ。嫌かもしれないが、はぐれないように手を繋いでくれ」
「うん。分かった」
手を差し出すと、ウリエルは素直に手を重ねてくる。自分の手より、ずっと小さいそれを片手で包み込み俺は来た道を引き返した。
さてと···とりあえず、日が暮れる前に俺達の寝床に戻るか。
──────夕日に照らし出された俺たち二人の長い影が今日の終わりを予感していた。




