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第18話『涙』

額を地面に擦り付け、助けを乞う少女は言うまでもなく必死だった。生き残るために俺に縋り付く覚悟を決めた幼い女の子は精一杯の誠意を見せる。五、六歳かそこらの少女が俺に土下座をする光景はどこか現実味がなくて····手が震えた。

怖くて手が震えたんじゃない····見慣れない光景にただただ胸が高鳴ったんだ····。興奮したと言うか、気分が高揚したと言うか····。とにかく言い表せない何かを俺は感じた。

と、同時に気持ち悪さを覚えた····。

人に物を頼むとき、お願いするのは当然だ。頭を下げるのも当たり前だろう。だが····土下座までする必要は無い。もちろん、その事柄や状況にもよるが····。

だが、今回は俺の方から話を持ちかけたんだ。最悪『うん』と頷くだけで良かった。なのにこの子は···土下座をしたんだ···どこの誰かも分からない俺に。

ごく自然に···当たり前みたいに俺なんかに土下座をしたんだよ!!これが何を意味するか分かるか?

頼むときは土下座が当たり前の世界ってことなんだよ!

これは完全に価値観の違いだが、俺はそんな世界が気持ち悪くて仕方ない。

子供は大人を頼るのが当然の生き物だ。むしろ、頼るのが仕事とも言える。歳を重ねるごとに成長し、やがて独り立ちしていくんだ。

子供は大人を頼らないと生きていけない····。それはただ単純に子供が何の力も持たない無力な存在だからだ。だから、周りの大人達は惜しむことなく手を差し伸べる。

それが俺の元いた世界での常識であり、当たり前のことである。

頭を下げたままピクリとも動かない幼い少女に俺はよく分からない歯痒さを感じた。

ただの価値観の違い····そう言ってしまえば、そこまでだ。

だけど─────────。


「頭を上げろ──────俺に頭を下げる必要はどこにも無い」


俺は少女を驚かせないよう、ゆっくりと慎重に歩み寄ると····腰を曲げて、地にひれ伏す少女に手を差し伸べる。恐る恐るといった様子で顔を上げた紫檀色の長髪少女は紫結晶(アメジスト)の瞳に俺を映した。曇りなき眼には俺の姿がくっきりと映っている。

相変わらず、俺は冴えない顔してんなぁ。


「俺に何か頼むときは『お願い』って言うだけで良い。で、そのお願いを俺が叶えたら『ありがとう』って笑顔で言えば良いんだ。だから、頭を下げるな。前を向け。俺の目を見て、しっかりお願いしろ」


「っ·····!!」


その綺麗な紫結晶(アメジスト)の瞳にはうっすらと涙が滲む。キュッと引き締めた唇は震えていて、今にも泣き出しそうだ。

今まで怖かっただろう?知らない奴らにいきなり襲われて····攫われそうになって····誰も頼る人が居なくて···怖かっただろう?

俺もな····ちょっとだけ、お前の気持ちが分かるんだ。スケールは違うけど····俺も頼れる人なんて誰も居なかったから···。だから、余計にお前のことが気掛かりだった。


「──────辛かったな」


「っ〜····!!うわぁぁぁぁぁん!!」


紫檀色の長髪少女は俺の言葉を聞いて、何かがプツンと切れたのか、地面に座ったまま俺に抱きついてきた。大粒の涙を美しい紫色の瞳から溢れさせながら、大声を上げて泣き出す。赤ワイン色のマントがずり落ちていくのも気にせず、縋るように俺に抱きついたままだった。

ずっと一人で頑張って来たんだもんな····大変だったよな。きっと俺が想像するよりもずっと、この子は苦労している。どんなに辛くても最後まで生きることを諦めなかったから、この子が今ここに居るんだ。

これから先は俺が守ってやらないとな。そのためにはやっぱりレベル上げが必要だ。

まあ、今はそれよりも────────。


「ちょっと触るぞ····よっ、と」


足元でギャン泣きする少女の両脇に手を差し込み、なんとか抱き上げる。抱き上げる際、ちょっと腰に来たのはここだけの秘密だ。

レベル上げと並行して身体能力の強化もしておいた方が良さそうだな····。さすがに幼女一人抱き上げるだけでヘトヘトとか、洒落にならん。

肩口に顔を埋めて大泣きする少女の背中をトントンと一定のリズムで叩きながら宥める。服が涙で濡れることなんか特に気にならなかった。嗚咽を漏らしながら号泣する少女を前に、衣服がどうとか考える余裕ないからな。それに服なんて洗えば良い話だ。


「よく頑張ったな····今は思う存分泣け」


この言葉を耳にした少女は今まで我慢していた分の涙を全て吐き出すように泣き叫ぶ。

泣き場所がなかった少女に思う存分泣かせてやるのが今、俺が出来る精一杯だった。


『····音羽は今まで傷ついてきた分、他人の痛みが分かるんですね····』


誰に言うでもなく一人言のように呟くビアンカの言葉に俺は内心苦笑を漏らす。

傷ついてきた分、ねぇ····。確かに俺はビアンカや他の奴等より、他人の痛みが分かるかもしれない。でも、それにだって限界はある。他人の痛みを100%理解するなんて、多分神様でも不可能だ。だから、俺はこの子の痛みを分かった気でいるつもりはない。実際分からないしな。

自分の経験と想像を駆使して、その痛みを分かったつもりでいる愚か者に成り下がる気は無い。


『愚か者、ですか····』


ああ。俺からすれば、他人の痛みを完全に分かったつもりでいる奴等は全員愚か者だ。

俺は過去に何度も『辛かったよね。分かるよ、その気持ち』と、よく分からない偽善者に同情されたことがある。俺からすれば『お前なんかに何が分かるんだよ?』と怒鳴りつけたくなる案件だが、小心者の俺がそんなこと出来る筈がなく···。偽善者の綺麗事にひたすら相槌を打つしかなかった。

『分かるよ』『俺もだよ』『同じだね』

偽善者は大抵、この言葉を連発する。それで俺たち弱者を慰めたつもりでいるんだ。滑稽だろ?馬鹿みたいだろ?愚かで仕方ないだろう?


だから───────俺は偽善者が嫌いだ。


自分の気持ちや行為は偽善なのだと割り切って接してくる奴はまだいい。俺だって、そういう奴の方が気が楽で良いからな。

ただ自分の行いを善行であり、正義だと信じて疑わない無自覚な偽善者は嫌いだ。綺麗事並べて、勝手に弱者である俺達の味方についたつもりで居て····自分は正義のヒーローもしくは心優しいヒロインなのだと勘違いしている。俺はそういう奴らが大嫌いだ。


『····なら、音羽がこれからしようとしている事も偽善なのではないですか?』


あぁ、そうだよ。それは否定しない。

つーか、最初に言ったよな?これは俺の自己満だって。俺も立派な偽善者だ。

だが──────偽善者でも何でもいいから助けたいって思ったんだよ、この子を。

俺は泣きじゃくる少女を抱き直し、ケホケホと咳を繰り返す彼女の背中を撫でた。


『なるほど。やはり、音羽はロリコンって事ですね』


違う!!何でそうなるんだよ!!お前の思考回路はどうなってやがる!!

どうしても俺をロリコンにしたいビアンカに腹を立てながら、俺は静かに息を吐き出した。

はぁ····とりあえず、この子が泣き止んだら今度こそ事情を聞くべきだな。

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