第15話『再会』
衣類や防具をその場でマジックボックスに詰め込んだ俺はビアンカの案内の元、ドゥンケルの森へ向かっている途中なのだが·····。
何であのウェイトレスのお姉さんが目の前に居るんだ····。
飯屋の仕事が終わったのか彼女は今、私服姿である。深緑のシンプルなワンピースを身に纏い、キョロキョロと辺りを見回しているようだった。
あれ、何か····もしくは誰かのこと探してる感じだよな···?物探しなのか人探しなのか分からないが、俺の勘が正しければ····。
『音羽のことを探しているようですね』
だよなぁ···。なんとなく、そうなんじゃないかって思ってたんだよ。
サッと物陰に身を潜めた俺は『はぁ····』と深い溜め息をつく。なんであのお姉さんは俺みたいな根暗陰キャを探してんだよ···。
『どうやら、手羽先をあんな高額で吹っ掛けてしまった事に罪悪感を抱いているようです。恐らく謝罪がしたいのでしょう。良い子ですね』
どこがだよ····。高額請求に加担した時点で悪い子決定だろ。
大体、謝罪なんかされてもこっちは良い迷惑なんだよ。許す・許さないの前に俺の金じゃないし···。謝るなら、この国の王様に謝ってくれ。
『そんなこと出来る訳ないでしょう?高額請求したことを馬鹿正直に国王陛下に告げれば、即打ち首ですよ。それより、どうするんですか?このまま最短ルートで行きます?それとも路地裏の裏ルートで行きますか?それも嫌なら、遠回りするって手もありますが···』
あのお姉さんに捕まるの覚悟で最短ルートで行くか、リスクを冒して裏ルートに行くか、色んな意味で安全である遠回りルートで行くか····。
はぁ····あのお姉さんは俺の邪魔をするのが好きだな、本当····。
わざとじゃないのは分かっているが、正直邪魔だ。酒の件もそうだが余計なことしかしないな、あのお姉さんは。好意や善意が空回りするタイプのお姉さんは俺の天敵とも言える。
はぁ····とりあえず、最短ルートはないな。あのお姉さんと関わるのはもう御免だ。出来れば、もう二度と関わり合いたくない。
で、そうなると裏ルートか遠回りルートになる訳だが···。
先日の人攫いとの戦闘で、俺の実力は十分通じることが判明した。まあ、その分リスクもあるが····。それでも、戦えることに違いはない。
裏ルートは多少危険があるだろうが、今は時間が惜しい····。ここは多少のリスクを背負ってでも裏ルートへ行くべきだろう。
ビアンカ、裏ルートに行こう。案内してくれ。
『畏まりました。では、すぐそこの路地裏に入ってください』
分かった。
俺はキョロキョロと辺りを見回すお姉さんの目を掻い潜り、素早く路地裏に移動する。まあ、素早くと言っても帰宅部の身体能力なのでたかが知れているが···。
レベルが上がることで、基礎能力である『体力』や『攻撃力』は上がるが、身体能力は上がらないからな。無職の特殊能力で忍者にジョブチェンジしたときは忍者の職業能力なのか、身体能力が飛躍的にアップしたが····。
まあ、とりあえず今の俺の身体能力は平均以下である。
『身体能力は職業によって、飛躍的にアップしますが基本的に鍛えないと伸びませんね。あっ、そのまま真っ直ぐ行ってください』
俺はビアンカの指示に従い、路地裏を真っ直ぐ駆け抜ける。埃やゴミで溢れ返った路地裏は狭く、肉が腐ったような腐敗臭が漂っていた。おまけに路地裏に居る奴は柄が悪い。俺に向かってメンチを切ってくる者や唾を吐き捨ててくる者も居る始末。
表通りと治安が全然違うな。それこそ、天と地ほどの違いがある。
『路地裏ははみ出し者が暮らす第二の王都ですからね。犯罪者やその子供が多く住んでいるため、そっちの人間でなければ基本誰も路地裏に入ったりしませんよ。あっ、そこ左です』
いや、そういうのは先に言えよ!王都の路地裏だからって、ちょっと甘く見てたじゃねぇーか!!
ビアンカの物騒過ぎる路地裏の説明に顔を青くしながらも、指示通り左へ方向転換する。
犯罪者とか、聞いてないんだけど····。せいぜいチンピラかそこらかと····。
『青二才のチンピラなんて、即行で潰されますよ。“犯罪者の街”と比喩される路地裏は余所者に厳しいですから』
おい、待て。“犯罪者の街”って、なんだよ!?そんなの聞いてないんだが!?
そういうのはもっと早く言ってくれよ!そしたら、俺は遠回りルートを迷わず選んでた!!
『まあまあ、落ち着いてください。なるべく、やばい殺し屋やサイコパスに会わないよう、道を選ん····あっ』
おいっ!『あっ』ってなんだよ!?『あっ』って!
ビアンカの不吉過ぎる『あっ』と言う発言に気を取られていた俺は足を止めることなく、真っ直ぐ路地裏を駆け抜けていき───────。
「嬢ちゃん、俺と一緒に来てもらおうかぁ···?」
「ひっ····!!」
突き当たりの開けた空間へと足を踏み入れた。
そこには幼い少女を脅すつるっぱげのおじさんが···。
ナイフ片手にニタニタと悪い笑みを浮かべるおじさんはお世辞にも『格好いい』とは言えない風貌をしている。光に反射して輝くつるっぱげの頭に着古したボロボロの服、痩せこけた頬····。目は若干血走っており、異常者であることを明白に告げていた。
───────こいつ、目が逝ってる····。
元いた世界で言う、麻薬やドラッグに依存してしまった愚者のようだった。
「いひひひっ!ドラゴンの娘なんて、ついてるぜぇ···!こいつを売れば一生遊んでいける金が手に入る!あひゃひゃひゃひゃっ!」
「ひぃ···!!い、嫌っ!」
ドラゴンの娘····?
つるっぱげに脅されている少女をよく見れば昨日助けた魔族の女の子のようだった。俺のマントをローブ代わりに羽織り、上手く翼を隠しているが額に生えている角が····って、角!?
昨日まで角なんて何処にも·····。昨日は魔法か何かで上手く隠してたってことか?もしくはドラゴンから人間に変化した際、角は消えてた···とか?まだ子供だから上手く変化が出来ないとか、そこら辺の理由で翼や角まで上手く隠せていないんだろう。それはラノベでよく使われる設定だ。
まあ、とりあえず少女の容姿に関する話は置いておくとして·····どうするかなぁ···?
『助けますか?それとも、放置しますか?』
んー·····そうだなぁ····。
昨日と違って、敵はこのつるっぱげのおじさん一人だし····助けるのは簡単だろう。だが····。
『助けてやったのにお礼も言わない奴をもう一度助けるのは嫌···ですか?』
いや、それは違う。
今朝も言った通り、あの子を昨日助けたのは俺の自己満だ。お礼を言われたくてやった訳じゃない。もちろん、お礼を言われた方が嬉しいし気分も良いがな····。でも、朝起きたら知らない奴が隣に居る状況なんて····逃げるの一択だろ。俺だって、もし同じ状況に陥ったら全力で逃げるしな。
『では、何で音羽は迷っているんですか?見たところ、あの男のレベルは音羽より下ですよ?助けるのは安易だと思いますが····』
助けるのは安易、ね····。確かに無職の特殊能力を使えば、あの子を助けるのは簡単だろう。それこそ、一瞬で片がつく。
だがな····今、あの子を助けたところでそれはただのその場凌ぎにしかならない。あの子はこの王都に居る以上、何度もこういう目に遭うだろう。人攫い・人身売買・奴隷商・闇オークション····あの子にはこれから先も様々な苦難が待ち受けている。人間社会に魔族が紛れ込んだ結果がこれだ。
───────俺が今、あの子を助けたところでそれはあの子の“救い”にはならないだろう。
『·····じゃあ、音羽はあの子を助ける気は無いという事ですか?』
ビアンカのソプラノボイスが若干強ばっている。恐らく、この世界の天使として悪行を見過ごす訳にはいかないんだろう。だが、ビアンカの役割はあくまで俺のサポート。俺の決断に口を出すことは出来ない。それは完全にサポートの域を超えているからな。
だが、まあ·····安心しろ。俺はあの子を見捨てる気は無い。
俺はただ───────人生最大の寄り道をしようと決意しただけだ。
『!·····じゃあ!!』
ああ、ちゃんと最後まで面倒見るつもりだよ。帰る場所があるならそこまで送って行くし、帰る場所がないなら俺の側に置くつもりだ。もちろん、本人次第だがな。無理強いはしない。
『っ····!!音羽のくせに格好良いじゃないですか!』
『音羽のくせに』は余計だ。ったく、この天使は相変わらずだな。
はぁ····まあ、とりあえず!あのつるっぱげのおじさん、ぶっ倒すぞ!まずはそこからだ!




