表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劇的なる抒情詩集 Dramatic Lyrics  作者: ロバート・ブローニング Robert Browning(翻訳:萩原 學)
7/14

女神アルテミスの口上 Artemis Prologizes

詩の形式は、無韻詩 Blank Verse と呼ばれるもので、シェイクスピアが多用した。律動は捨てていないので、後の自由詩とは異なる。


おそらく女神アルテミスは、先住民の地母神をギリシャ神話に取り込んだもので、月の女神セレーネーと同一視された。アテーナイ(ギリシャ共和国)では知恵の女神アテーネーの人気に及ばなかったものの、エフェソス(トルコ共和国イズミル県内)では極めて崇敬され、その神殿は世界七不思議に数えられた。

太陽神アポローンの妹とされるので、アポローンの息子である医神アスクレーピオスは甥に当たる。狩猟を司る処女神であるが、ヒッポリュトスには姉のように接し、連れ立って狩りに出たという。

海神ポセイドーンの孫にしてアテーナイの王となった英雄テーセウスが、アマゾーンの女王を娶り生んだ息子がヒッポリュトス。その後テーセウスは、クレータ王ミーノースとパーシュパエーの娘パイドラーを后に迎え、アカマースとデーモポーンを生んだ。

わらわこそは女神の1柱なり、アンブロシアなる宮殿に坐す。

此処を措きては、女王の誇り高きこと、

住まう寺院の白きこと、この世界にまたと無し。

天空の彼方、我が輝ける月を転ばし往けり、

蒼白たる者共が束の間を、妾は地獄に落としき。

大地に妾は、生きとし生けるものどもを気遣い守護す、

黄色いオオカミと艶やかな雌キツネ各々仔を妊めるを。

すべての羽根ある母の雛が育つを、

緑の溜まり場と孤独を愛するような連中を。

人々は貞潔を以て妾を拝し、冠を提げる

赤と黒からなるポピーの、花冠と茎からなる、

此処アテナイに於ける妾が印象に拠り。

さてこの身罷みまかれる青年、アスクレピオスその身を屈めしは、

妾が最愛の者なりき。長靴履ける妾が歩みに彼ぞ

着いて参りき。野生の森、緑豊かなる道々、

喘ぐ雄鹿を追いかけたり、或いは投矢携え駆け回り

駈けるを止みし折節は、ヒョウが低く構え居り、

他の神なぞ敬うべくもなかったが。

どこからともなくアフロディーテ、真夜中の煙でもあるまいに

次第に薄らいでいく、嫉妬を縫い込まれしは

不快極まりない欲望、アブ刺すが如くの、

彼が継母と成れるパイドラーに取り憑かれたるは

偉大なる不在の配偶者たりしテーセウスが息子

ヒッポリュトスは怒りに満ちて振り払えり

どうにもならぬ王妃に向かい。女は生を

共に出来ずと知りぬれば、心臓刺しき

アマゾーンなる異邦の種族は然るべく

女を厭はば、その首絞めて死なしめき。

さて女死すも、書き物に逆恨み尽くせり

その貶めんとす彼が名声傷つけられず。

されどテーセウス王の読むや、蒸し返し信じ込まれ、

かくて目も眩む怒りに遭い追放されぬは

終始一貫罪なき男、誠実にして、

陛下に真実漏らさざりき。

ここに海神ポセイドーンよりテーセウス賜りし

彼が望みの3つは叶えらるべきものにして、

その1つを直ちに願えるは—「生きたまま

ヒッポリュトスの他所へ到るまじきことを!」

ポセイドーン聴こし召したり、哀々!さて漸くかの王子

踏み入れたるは馬車の足置き、

そは脚元安んずるものにして、受くるは

エネティア馬その他の有り余る馬力

彼の体は手綱を投げ、そのスピードを上げ

海岸の岩やら丸石やらを伝って。

波を掻き分け化け物1頭飛び出してより、

そのおぞましき身体、駿馬の行く手をさえぎれり!

海神が牛の巻き広がるに、恐怖のあまり狂える此奴等

腰を抜かして転び回り、主人のことも放り出す

其奴等養ひしものを。して、かの戦車の柱

ぽっきり折れるや諸共に倒るること葦のよう

ヒッポリュトスは、その足かっちり固め居りせば、

なお前へ前へと引きずられつつあり、手綱くるくる回りしに

いずれの手引くも、向きは変らず。止められもせず

足に帆かけて逃げ撒き散らすは、

滅茶苦茶な車の車輪やら破片やら、

玉石、切り株、刺々した貝殻その他、

打ち寄せられ砂に巻かれた大いなる魚の骨

その忌まわしき浜、かくも血に塗れたり

飛び散る彼が肉片に。次いで墜ちたりその馬も

頭を仰向け、仰け反ったままに崩れ落つ、

汗かき震え、恐怖のあまりに白目を剥き。

遠目にて、全てを見つる仲間たち、

ヒッポリュトスが亡骸持ち帰りき。

ところが父親、得意になってはしゃぎ居り、

(不屈なる、然して不運なる男)

広大なるポセイドーン、信者の願いを叶え給うと、

妾ぞ、溢れ返らん栄光の中、

死にゆく信者の代弁に立てり、実にそれ

成り行き曝露す、起これる全てを、真実を。

たちまちテーセウス悲嘆の中の悲嘆に臥せり、

ご立派にも。しかし顔布覆えるや

そのとき、害されし王子全ての赦しを喘ぐ

軽率なる父親に。そこにアテーナイ悼み泣く。

されば妾、信者決して見捨てぬ者なり、

十字路にあって蜜菓子とろかす事なかれ

はたまた犬の小便引っ掛ける事なかれ。

我が喜びにある司祭は愁いなきよう

妾が肖像消えゆく貧民共々装わしめよ

若干の王冠、贔屓を目当てとするなかれ

左様な怠慢、我が崇拝者に齎す輩は

信心合掌他所にすべし

オリュンポス山登りつめ居り報告せんとて

アルテミスとその玉座何処にも見つかるまじーー

と、わらわさしはさめり。さてこの波乱の夜に

葬儀の進める折りしもさる人々の

立ちすくむは黒き喪服もあかあか照らされ目を覆いつ

すすり泣く頭各々、その髪も早や切りおおせて

物言わぬ彼等が王子の亡骸取り縋り、

そして宮殿にて、テーセウスひれ伏したり

冷たき薪の上、彼の眉は遺体の如くに冷たくして

傷つけられし折の、重い悲しみを呻き上げ—

薪が落ちるや、組まれし丸太崩落し、

夜を通して群衆へ煌めき放てり。

煌びやかなる炎、極めて卓越せる、

蛇の如くにそびえ立つは、凝れる酒の

瓶が上、溶かし込めるは油に乳香、

それに金をさながら輝けるガム、—妾が神通

死せる男を我が隠れ家に運ぶ

三倍尊きこの森の中。

さて白髭生やせるこの賢者、ただ今木の実

搾りたりしは、アポローンの名だたる息子、

アスクレーピオス、我が輝ける兄の教え給いし

ハーブと花と根の学究、

その秘密の美徳を知り、表現するために

救われしは全ての魂:彼すなわち海苔もて鎮めたり

引き裂かれし眉や害されぬ頬を、

また髪を作り上げ、再びその光沢をもたらし、

青白き皮膚に血色呼び覚まし、

筋を埋め肉の端を刻むは

一度ならず、して解すは腱の絡まり

捻じ曲げられし手足の全て。……遂に彼ぞ横たわるは、

浅い眠りに落ちているかのよう

楢と松織り合わさるこの下に。ああ誉ある

癒しの杖の聖なる遣い手よ、

そなたの蛇、熱烈なる喉と潤む目を以て、

そのしなやかな尖塔を巻きつけよ!さあ、元気いっぱい!

進むがよい、そなたの賢き薬局と共に!

そしてそなた等白き衆、森の姉妹なる妖精達、

用いよ、賢者が指示する通り、これらのつぼみと葉を

その2種の周りには芝を敷け!然る程に妾

待ち居る、かく在るべき沈黙の中、来るべきを。

挿絵(By みてみん)

I AM a Goddess of the ambrosial courts,

And save by Here, Queen of Pride, surpassed

By none whose temples whiten this the world.

Thro’ Heaven I roll my lucid moon along;

I shed in Hell o’er my pale people peace;

On Earth, I, caring for the creatures, guard

Each pregnant yellow wolf and fox-bitch sleek.

And every feathered mother’s callow brood,

And all that love green haunts and loneliness.

Of men, the chaste adore me, hanging crowns

Of poppies red to blackness, bell and stem,

Upon my image at Athenai here;

And this dead Youth, Asclepios bends above,

Was dearest to me. He my buskined step

To follow thro’ the wild-wood leafy ways,

And chase the panting stag, or swift with darts

Stop the swift ounce, or lay the leopard low,

Neglected homage to another God:

Whence Aphrodite, by no midnight smoke

Of tapers lulled, in jealousy dispatched

A noisome lust that, as the gadbee stings,

Possessed his stepdame Phaidra for himself

The son of Theseus her great absent spouse.

Hippolutos exclaiming in his rage

Against the miserable Queen, she judged

Life insupportable, and, pricked at heart

An Amazonian stranger’s race should dare

To scorn her, perished by the murderous cord:

Yet, ere she perished, blasted in a scroll

The fame of him her swerving made not swerve,

Which Theseus read, returning, and believed,

So, exiled in the blindness of his wrath,

The man without a crime, who, last as first,

Loyal, divulged not to his sire the truth.

Now Theseus from Poseidon had obtained

That of his wishes should be granted Three,

And this he imprecated straight—alive

May ne’er Hippolutos reach other lands!

Poseidon heard, ai ai!And scarce the prince

Had stepped into the fixed boots of the car,

That gave the feet a stay against the strength

Of the Henetian horses, and around

His body flung the reins, and urged their speed

Along the rocks and shingles of the shore,

When from the gaping wave a monster flung

His obscene body in the coursers’ path!

These, mad with terror as the sea-bull sprawled

Wallowing about their feet, lost care of him

That reared them; and the master-chariot-pole

Snapping beneath their plunges like a reed,

Hippolutos, whose feet were trammeled fast,

Was yet dragged forward by the circling rein

Which either hand directed; nor was quenched

The frenzy of that flight before each trace,

Wheel-spoke and splinter of the woeful car,

Each boulder-stone, sharp stub, and spiny shell,

Huge fish-bone wrecked and wreathed amid the sands

On that detested beach, was bright with blood

And morsels of his flesh: then fell the steeds

Head-foremost, crashing in their mooned fronts,

Shivering with sweat, each white eye horror-fixed.

His people, who had witnessed all afar,

Bore back the ruins of Hippolutos.

But when his sire, too swoln with pride, rejoiced,

(Indomitable as a man foredoomed)

That vast Poseidon had fulfilled his prayer,

I, in a flood of glory visible,

Stood o’er my dying votary, and deed

By deed revealed, as all took place, the truth.

Then Theseus lay the woefullest of men,

And worthily; but ere the death-veils hid

His face, the murdered prince full pardon breathed

To his rash sire. Whereat Athenai wails.

So, I who ne’er forsake my votaries,

Lest in the cross-way none the honey-cake

Should tender, nor pour out the dog’s hot life;

Lest at my fain the priests disconsolate

Should dress my image with some faded poor

Few crowns, made favours of, nor dare object

Such slackness to my worshippers who turn

The trusting heart and loaded hand elsewhere

As they had climbed Oulumpos to report

Of Artemis and nowhere found her throne—

I interposed: and, this eventful night,

While round the funeral pyre the populace

Stood with fierce light on their black robes that blind

Each sobbing head, while yet their hair they clipped

O’er the dead body of their withered prince,

And, in his palace, Theseus prostrated

On the cold hearth, his brow cold as the slab

’Twas bruised on, groaned away the heavy grief—

As the pyre fell, and down the cross logs crashed,

Sending a crowd of sparkles thro’ the night,

And the gay fire, elate mastery,

Towered like a serpent o’er the clotted jars

Of wine, dissolving oils and frankincense,

And splendid gums, like gold,—my potency

Conveyed the perished man to my retreat

In the thrice venerable forest here.

And this white-bearded Sage who squeezes now

The berried plant, is Phoibos’ son of fame,

Asclepios, whom my radiant brother taught

The doctrine of each herb and flower and root,

To know their secret’st virtue and express

The saving soul of all—who so has soothed

With lavers the torn brow and murdered cheeks,

Composed the hair and brought its gloss again,

And called the red bloom to the pale skin back,

And laid the strips and jagged ends of flesh

Even once more, and slacked the sinew’s knot

Of every tortured limb—that now he lies

As if mere sleep possessed him underneath

These interwoven oaks and pines. Oh, cheer,

Divine presenter of the healing rod

Thy snake, with ardent throat and lulling eye,

Twines his lithe spires around! I say, much cheer!

Proceed thou with thy wisest pharmacies!

And ye, white crowd of woodland sister-nymphs,

Ply, as the Sage directs, these buds and leaves

That strew the turf around the Twain! While I

Await, in fitting silence, the event.

the sea-bull sprawled:海神ポセイドーン従える眷属の一が牡牛。その神牛が海上から、ぬっと立現れる様を「巻広がった」とする。

chariot:古代の戦闘用馬車。戦車。当時の貴重品であった故に神の乗り物ともされた。鐙の発明により騎乗法が改良され、騎兵が出現して廃れた。戦車に鐙があったかのように詩人が描写しているのは、従って歴史的に誤り。

Which either hand ~:一般に手綱の片方を引いて馬の向きを変え、両方を引いて止める。ところが恐慌した馬は何をしても言う事をきかなくなった、と。

Lest in the cross-way~:後にアルテミスと混同された月神ヘカテーは、旅と交通の神でもあり、特に三叉路に祀られた神像は「三叉路のヘカテー」と呼ばれた。

the healing rod:アスクレーピオスの杖。杖に薬師蛇(クスシヘビ)が1匹巻き付いている意匠。


神話では、この後ヒッポリュトスは蘇る。しかしアスクレーピオスは、死の運命を曲げたとして怒る大神ゼウスに殺される。

この悲劇は、エウリーピデース『ヒッポリュトス』セネカ『パエドラ』にも歌われたが、詩人が観たのはラシーヌ『フェードル』であろう。

王妃パイドラー及び煽ったアプロディーテーが元凶のように見られるけれど。夫テーセウスが行方不明になった(と『フェードル』では設定されている)以上、若く精力的な王子に期待するしかなかったのでは。元来パイドラーはパーシュパエー共々、多産を善しとする地母神であった。その点、アルテミスやアプロディーテーの分身と見ることもできよう。なお中東の女神アナーヒター/ アスタルテー/イシュタルに由来するアプロディーテー、そしてアルテミスは、元は同一かもしれないが、エフェソスで崇められたアルテミスに対してアプロディーテーはキプロスを本拠地とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ