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劇的なる抒情詩集 Dramatic Lyrics  作者: ロバート・ブローニング Robert Browning(翻訳:萩原 學)
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身罷れし妃 My Last Duchess

Duchess とは Duke の妻たる「公妃」を意味し、「公爵夫人」とも訳されるが、公爵自身が「夫人」とは呼ぶまい。ゆえに「妃」とする。last が付くのは「前妃」なので、モデルの女性は死去しており、後妻を迎える伯爵家からの使者を相手に語る場面となる。この使者も Sir と呼ばれ、爵位を持つ貴族な想定。

1842年の初出時は、Italy and France と題した2篇のうちの Italy であった。

フェラーラ市にて Ferrara

挿絵(By みてみん)

壁に描かれたあれが身罷った我が妃です、

生きていた時そのままのように見える代物です。

言わば一種の驚異の逸品。フラ・パンドルフの両手が

1日がかりで駆けずり回って、結果、彼女がそこに立つ次第で。

That's my last Duchess painted on the wall,

Looking as if she were alive. I call

That piece a wonder, now: Frà Pandolf's hands

Worked busily a day, and there she stands.

どうぞお掛けになって御覧ごろうじろ。如何にも

「フラ・パンドルフ」の作。とは申せ、断じて読めますまい。

貴方のような一見さんには、そこに描かれた表情は、

生真面目な眼差しの、その深さと情熱は。

Will't please you sit and look at her? I said

'Frà Pandolf' by design, for never read

Strangers like you that pictured countenance,

The depth and passion of its earnest glance,

でも皆さん此方に振り返り(他に居りませんから、

卿に開きましたその幕(さわ)るは、私しか)

はばかりなくば、みんな私に聞きたそうではありました、

こんな眼差しどこから来たかと。だから初めてではありません、

But to myself they turned (since none puts by

The curtain I have drawn for you, but I)

And seemed as they would ask me, if they durst,

How such a glance came there; so, not the first

貴方が振り返ってそれを訊くのは。卿よ、それはですね

その場に夫が居合わせたというだけではないようですね、

妃の頬に赤みがさしたのは。おそらくは

フラ・パンドルフは言う機会があった「奥様の手首には

Are you to turn and ask thus. Sir, 'twas not

Her husband's presence only, called that spot

Of joy into the Duchess' cheek: perhaps

Frà Pandolf chanced to say 'Her mantle laps

外套が少々長過ぎるようでして」とか「絵にも

 到底描けそうにありませんご様子、朧げに

 ぽっとなる、それを喉元に留めてらっしゃるのは」とか何とか

お世辞と彼女も思っていたにしても、結果は明らか

Over my lady's wrist too much,' or, 'Paint

Must never hope to reproduce the faint

Half-flush that dies along her throat:' such stuff

Was courtesy, she thought, and cause enough

あの喜色を呼び覚ましたと。あれの

心は─何といったものか─いささか安上がりの、

どうにもチョロ過ぎて…何事も彼女は好んだ、

自分が見つめたものを。その視線はどこにでも飛んだのだ。

For calling up that spot of joy. She had

A heart – how shall I say – too soon made glad,

Too easily impressed; she liked whate'er

She looked on, and her looks went everywhere.

卿よ、万事がそうでした!その胸を飾った我が気に入り、

西に沈んでいくあの輝ける夕陽の色、

サクランボの枝を、いけ図々しい何処かの馬鹿が

果樹園から折ってきてしまったものや、白いラバを

Sir, 'twas all one! My favour at her breast,

The dropping of the daylight in the West,

The bough of cherries some officious fool

Broke in the orchard for her, the white mule

彼女が高台に乗り回した時とか──全て、どんなものにも

下されたのが彼女からの感謝の言葉のようなもの、

少なくとも紅潮するとか。男どもに感謝するくらい構わないけれど、やられた方は

どうかなりそう、いやどうしたか知らないが、その扱いと来ては

She rode with round the terrace – all and each

Would draw from her alike the approving speech,

Or blush, at least. She thanked men – good! but thanked

Somehow – I know not how – as if she ranked

900年に及ぶ我が家名という、私からの贈り物すら

他の誰かの物と一緒か。だが誰が屈んでまで詰るやら、

こんなつまらない話で?例え貴方にお喋りの

(私にはない)才能があるとして、自分の意思を

My gift of a nine-hundred-years-old name

With anybody's gift. Who'd stoop to blame

This sort of trifling? Even had you skill

In speech – (which I have not) – to make your will

はっきり相手に伝えられ、言うことに「もうあれやら

これやらで貴女にはがっかりだ。此方でやらかし、

彼方でやり過ぎるし」と言いつけ─それをまた彼女が

言うことを聞いたとして、あからさまならず

Quite clear to such an one, and say, 'Just this

Or that in you disgusts me; here you miss,

Or there exceed the mark' – and if she let

Herself be lessoned so, nor plainly set

卿には分別もって、いや本当に、謝罪すら為したかも、

……それもそれで何か、屈辱的ではあるまいか。私としては

耐え難い。いや卿よ、彼女は微笑んでいた、疑いようもないくらいに

いつでも私が側を過ぎる度に。とはいえ誰しも側を過ぎるに

Her wits to yours, forsooth, and made excuse,

– E'en that would be some stooping; and I choose

Never to stoop. Oh sir, she smiled, no doubt,

Whene'er I passed her; but who passed without

その同じ笑顔がなかったか?かくなる上は、命令あるのみ。

かくて笑顔はこれとどめられた。そこに立つ彼女は見るからに

生きているよう。…起って頂けますか?お会いしませんと、

下においでの方々とも、ね?繰り返しますと、

Much the same smile? This grew; I gave commands;

Then all smiles stopped together. There she stands

As if alive. Will't please you rise? We'll meet

The company below, then. I repeat,

貴方の主たる伯爵の、気前のよい方という評判は

保証として十分です、よもやなさいますまいな

私への持参金が拒まれるような真似など。

美しいお嬢さん自体もですがね、明言もしましたな

The Count your master's known munificence

Is ample warrant that no just pretence

Of mine for dowry will be disallowed;

Though his fair daughter's self, as I avowed

先ず以て、私の目当てでして。いや、参りますか

下まで御一緒しましょう、卿よ。ところでご覧あれ、海神わたつみにまします。

海馬を手懐てなづけているところで、珍品にありましょう。

インスブルックのクラウスが、青銅で鋳込んでくれたものでしてな…

At starting, is my object. Nay, we'll go

Together down, sir. Notice Neptune, though,

Taming a sea-horse, thought a rarity,

Which Claus of Innsbruck cast in bronze for me.

Ferrara は北部イタリアの東岸側、ヴェニスの南西に位置する古都。歴代フェッラーラ公妃の中でも名高いのは、オペラにもなったルクレツィア・ボルジアであろう。ドニゼッティのオペラは1839年ロンドン初演なので、あるいは詩人が見たのはロンドン公演だったかもしれず、その時は話題になったから題材にしたものか。

当のフェッラーラ公と思しき語り手が、イタリア人のくせに女心を解さないのは、もちろん詩人の創作である。語り手の「命令」とは何だったか、具体的には明示されていない。そんなにも嫉妬に駆られる夫の内心を、果たして前妃は本当に知らなかったのか、解っていて敢えておちょくっていたのか、その辺は読者の想像に任されている。

painted on the wall とは壁画のこと、Worked busily a day というからにはフレスコ画。塗り立て新鮮(fresco)な漆喰に水彩で描くフレスコ画は、漆喰が乾くと強固な被膜を形成するため、千年経っても色褪せない。その代わり漆喰を塗ったその日のうちに仕上げねばならず、掛け外しなどできない。絵を隠すには幕を掛けておくしかない。長い時間を掛けて描く油絵をファン・エイクが開発するまで、フレスコ画は中世ヨーロッパに於ける絵描きの標準的な技法であった。終わり近くで2人が階段を降りているから、この壁画は2階、つまり寝室の壁にある。


語り手が命令を下した結果を野口米二郎氏も「笑顔が止まった」と訳されたが、「笑顔をそのままにとどめた」=「永遠の微笑み」と考えれば、ダ・ヴィンチ「モナ=リザ」がモチーフに違いない。詩人は中の人をルクレツィアと置き換え、反転した「モナ=リザ」をイタリアの象徴としたのではないか。パンドルフなる画家は実際には知られておらず、その作品を見ることはできない。

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