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劇的なる抒情詩集 Dramatic Lyrics  作者: ロバート・ブローニング Robert Browning(翻訳:萩原 學)
12/14

ポーフィリアの恋人 Porphyria’s Lover

初出では"Johannes Agricola in Meditation."と共に"Madhouse Cells(癲狂院独房)"と題したが、Dramatic Romances and Lyrics への再録に伴い改題された。精神異常というには及ばないものと考えついたのであろう。実際、この程度のものが精神異常者扱いされるようでは、近松の浄瑠璃など見るべきもののない異常者ばかりの話となりかねない。

Dramatic Romances and Lyrics

II.—Madhouse Cell

Porphyria’s Lover

Robert Browning


雨はこの夜早くから止むことなく、

 重苦しい風が続いて起きて、

苛立しげにニレの梢を引き裂く、

 湖上の懊悩最悪にして、

聞いたこっちの心が堪らぬ。

THE RAIN set early in to-night,

 The sullen wind was soon awake,

It tore the elm-tops down for spite,

 And did its worst to vex the lake,

I listened with heart fit to break;

ポーフィリアは滑り込むや、直ぐさま

 寒気と嵐を堅く閉め出す、

ひざまずいて消えかかった火格子熾せば

 燃え上がり、やがて小屋全体が温まる。

済めば彼女も立ち上がり、その身形(みなり)から

When glided in Porphyria: straight

 She shut the cold out and the storm,

And kneeled and made the cheerless grate

 Blaze up, and all the cottage warm;

Which done, she rose, and from her form

外すは雫(したた)るマントとショール、

 汚れた手袋そばに置き、(ほど)くは

帽子、濡れた髪など落ちるに任せる、

 そしてようやく、側に座った彼女は

我に呼ばわり。声返らぬと見るや即ち、

Withdrew the dripping cloak and shawl,

 And laid her soiled gloves by, untied

Her hat and let the damp hair fall,

 And, last, she sate down by my side

And called me. When no voice replied,

我が腕を執りその腰に当て、

 滑らかな白い肩をむき出しにして、

黄色い髪をすべて掻き寄せ、

 腰を屈めて我が頬を横たえ、

黄色い髪を広げるや、

She put my arm about her waist,

 And made her smooth white shoulder bare,

And all her yellow hair displaced,

 And, stooping, made my cheek lie there,

And spread o’er all her yellow hair,

どれほど私を愛しているかと囁く。彼女は

 なお踏み切れずに在り、心の全て傾けて、

足掻き続ける情熱を、高慢から解き放つには、

 更には見栄しがらみをも切り捨てて、

その身とこしえに任せるには。

Murmuring how she loved me; she

 Too weak, for all her heart’s endeavour,

To set its struggling passion free

 From pride, and vainer ties dissever,

And give herself to me for ever:

しかし時折情熱打ち勝つもあり、

 今宵の正餐も留まるに値せず

ふとした想いを寄すはこの青白きにあり

 つまり恋人へ向かうに、物の数ならず。

何しろ彼女、やって来たのは風雨のさなか。

But passion sometimes would prevail,

 Nor could to-night’s gay feast restrain

A sudden thought of one so pale

 For love of her, and all in vain;

So, she was come through wind and rain.

気は確かなのかと目を見上げれば

 光栄に、なんと誇らしげ。漸く知れた、

ポーフィリアは我崇めりと。驚きが

 我が心を膨らます、これに至るや

何をすべきか自問自答を繰り返す。

Be sure I looked up at her eyes

 Proud, very proud; at last I knew

Porphyria worshipped me; surprise

 Made my heart swell, and still it grew

While I debated what to do.

その瞬間、彼女は我が物、我が、美人、

 完く純粋にして善良な。やっとわかった

やるべきことを。髪の全部を

 1本の長い黄色い紐にしてやった、

ほっそりした喉に3回巻き付けた、

That moment she was mine, mine, fair,

 Perfectly pure and good: I found

A thing to do, and all her hair

 In one long yellow string I wound

Three times her little throat around,

して絞め殺す。苦しむこともないように、

 いや確かに全く、苦しんではいなかった。

閉じたつぼみがミツバチを受け入れる時のように、

 ごく慎重に瞼を開く。するとまた

穢れなき青い目が笑ってくれた。

And strangled her. No pain felt she;

 I am quite sure she felt no pain.

As a shut bud that holds a bee

 I warily oped her lids; again

Laughed the blue eyes without a stain.

次に解くは、髪の房

 首の回りの。その頬は今一度

紅く染まった、燃えるような我が口付けの下。

 我が頭を彼女に持たせ掛けたは先程、

この時ばかりは我が肩にしどけなく。

And I untightened next the tress

 About her neck; her cheek once more

Blushed bright beneath my burning kiss:

 I propped her head up as before,

Only, this time my shoulder bore

彼女の頭、もうずっと項垂れたまま。

 薔薇色に笑う可愛い頭、

最高の望みを叶えた喜びに沸く、

 しがらみ全てが一度に棄てられ、

そして我が愛を、代わりに獲たから!

Her head, which droops upon it still:

 The smiling rosy little head,

So glad it has its utmost will,

 That all it scorned at once is fled,

And I, its love, am gained instead!

ポーフィリアの恋。彼女は思いもよらなかったか

 最愛の人への願いがどう受け取られるかを。

そして今や、かくして二人一緒に座って、

 そして一晩中身動(みじろ)ぎもせず、

そして神なおも一言をも仰せ給わず!

Porphyria’s love: she guessed not how

 Her darling one wish would be heard.

And thus we sit together now,

 And all night long we have not stirred,

And yet God has not said a word!

冒頭から話し手は動かず、華奢な女性であるポーフィリアが小屋に入ってくるなり、コートも脱がずに火を熾している。彼女の目を見る時には、男の方が見上げている。つまり『ポーフィリアの恋人』は、立つこともできない半身不随として描写されている。彼女なしには生活できないほど依存している以上、男の行動は殺人というより心中に近い。但しキリスト教圏における自殺及び心中は、神の意に背く禁忌である。

とどめの1行は、おそらく聖書に対比したもの。マタイによる福音書27章46節、十字架上のイエスが「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」と叫ぶも、神は沈黙し答えない。同じように神が沈黙したというのは、救いは齎されなかった、つまり希った死は与えられず生き延びてしまった絶望感を表していよう。この世に見切りをつけながら「立ち上がれなかった人」の心中未遂譚、そう考えると本作は"Johannes Agricola"ではなく"Cristina"と対になる筈であるが。

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