第92話 言葉は歌で 歌は言葉で
こうなってしまってから、周りの人が特に気を付けてくれるようになったのだが……。その優しさが逆に痛かった。
私は何も返してあげられないのに。
そう思うと余計に胸が苦しくなってしまう。
だから私はちょっと無理をしてパーティーに出席することにした。
言葉が出ないままにルドルフさまのお相手をさせてもらう。
パーティー会場全体がよく見渡せる位置に置かれたソファに私とルドルフさまの二人で座った。
「キララ、専属の料理人に作らせたんだけどね。帝国で我々がよく口にするお菓子だよ」
そう言ってルドルフさまが出して来たお菓子は、この世界でとても珍しい雪の様に真っ白なジェラートだった。
冷凍庫も無いのにどうやって冷やしたのかは分からないが、白い煙が立ち上るほどキンキンに冷やされている。
「帝国では雪が容易に手に入るから作りやすいんだけどね。こちらで手に入れるのは苦労したよ」
凄いな~、なんて思いながらジェラートを眺めていたら、ルドルフさまはスプーンでそれをひと掬いして私に差し出して来た。
えっと。も、もしかして食べろって事? ルドルフさまの手ずから?
目をぱちくりさせていたら、ルドルフさまは優しく微笑みながら、ほら、と促してくる。
手でスプーンを受け取ろうとしたところ、首を横に振られたので、どうやらこのまま食べろという事らしい。
観念した私があ~っと口を開けると、そこに冷たいお菓子を乗せたスプーンが差し込まれた。
冷たくて、甘い。
ミルクの感じが濃厚で、ほんのりと香るレモンのような匂いがさわやかな後味を生み、得も言われぬほど深い味わいだった。
地球で食べた物より格段美味しいかもしれない。
「気に入ってくれたみたいだね、良かった」
微笑むルドルフさまに、私はコクコクと頷いて感動を伝えようと頑張る。
そんな私がおかしかったのか、ルドルフさまはくすくす笑うと、もう一度スプーンでジェラートを掬って差し出して来た。
……い、いや~。もう一回はさすがに恥ずかしいかなぁって。
いいですよぅ……。
「遠慮しないで、さぁ」
い、いえ、でもですね、みんなチラチラ見てますし……。
「ほ~ら」
結局私はもう一度口にスプーンを突っ込まれてしまった。
意外とルドルフさまってドSなのね……。
でも、私の事を気遣ってくれるし、声を出さなくていい様な会話をしてくれている。
本当に、優しい人だと思う。
「じゃあ私も貰おうかな」
そう言ったルドルフさまは、私が口を付けたスプーンでジェラートを掬い……。
ってダメ~~っ! 間接キスになっちゃうから~~っ!
「ん?」
わたわたと手を動かしている私を見て、ルドルフさまは手を止めてくれた。
そのまま私の様子をじっと見て、
「ああ」
察してくれた様だった。
……良かった。
と胸を撫で下ろしたのもつかの間。ルドルフさまはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ふふっ、キララは私がこのまま食べると色々と意識しちゃうみたいだね」
はい、そうなんです。だから止めて下さ……ああぁぁぁぁっ。
私の抗議も聞かず、ルドルフさまはスプーンを口に入れ……たりはしなかった。
唇とスプーンが触れるか触れないかというギリギリの位置で動きを止め、面白そうにこちらの様子を観察している。
近づけたり遠ざけたり。わざとやっている事なんて分かってはいるのだが、私は過剰に反応してしまった。
「ふふっ、キララは可愛いね」
ううっ、この歳と見た目のせいで可愛いなんて言われるのはちょっと抵抗がありますぅ……。
「はい、キララ」
三度目の餌付けが私に行われる。相変わらず私の鼓動は高鳴りっぱなしだ。
例えこれが何度目であっても、慣れる事はないだろう。
「キララが嫌がる事はしないよ。決してね」
うぅっ、でもからかいはするんですね。
私の本当に嫌がる事はしないけど、割とギリギリまで見定めてそういう事をしてくるようだった。
なかなかに質が悪いなと思っても仕方ないだろう。
「ふふっ、からかうのは仕方がないだろう? キララが可愛い反応をするのが悪いんだ」
だからそういうの止めてくださいぃ~。
私がそうやってルドルフさまと会話? をしているところに――。
「ごきげんようございます、ルドルフ殿下」
美しく着飾ったエマと、ハイネ、そして……グラジオスが姿を現した。
私はグラジオスの姿を見て、少しだけ体を固くする。
グラジオスは私と顔を合わせると笑いかけてくれたのだが、私はそんなグラジオスの顔をまともに見ていられなくて思わず顔ごとそらしてしまう。
「本日は私が歌姫に代わりまして歌を披露させていただきますので、その前にご挨拶をと思いまして」
「うん」
ルドルフさまはソファから立ち上がると、エマの手の甲に口づけをおとす。
「君の歌も楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」
その後にはハイネ、グラジオスと挨拶が続く。
はた目で見ていて昨日ほど険悪な様子は見られなかったため、私は胸を撫で下ろした。
「御前失礼いたします」
ルドルフさまに一言断ったエマが私に近づいてくる。
正直に言えば、私はエマとも顔が合わせづらかった。言い合いをした後、ずっと私はエマを避けていたから。
でもエマはそんな事お構いなしにずんずん近づいてくると、私の正面で立ち止まった。
――怒られる。
そう思った私は思わず身構えたのだが、そんな私をエマは優しく包むように抱きしめた。
「雲母さん。歌を、聞いていてくださいね。私達の歌を」
私の耳元でそう囁くと、それだけ言い残してエマは離れていく。本当に一瞬の接触で、体にはエマのぬくもりすら残っていない。
それが無性に悲しかった。
やがて挨拶を終えた三人が私から離れていく。遠ざかっていく。
その背中を、私はじっと見つめていた。
「おや、演奏が始まるみたいだね」
ルドルフさまの言葉で私は意識を取り戻した。
どうやらしばらくの間ぼぅっとしてしまっていたらしい。
私は慌ててルドルフさまに何度も頭を下げる。
「ハハハ、別に気にしてないよ。今キララは大変なのだし、私の前に顔を出してくれただけでも嬉しいからね」
ルドルフさまはそう言ってくれるものの、傍から見たら私って相当嫌な女に見えるんじゃなかろうかと自己嫌悪で気分が重くなって来る。
私はため息をつきながら、視線を会場へと戻した。
そこで気付く。
確かにエマたちは準備をしているのだが、ダンスなどが始まる様子は見えない。
つまり、みんなは私にメッセージを送るためだけに歌うつもりなのだ。
お礼を言うなら歌で。私は昔グラジオスにそう言った。
だから私に何か言うのなら歌で、という判断なのだろう。
先ほどエマが私に耳打ちした以外、何も言わなかったのはそういう理由があったのだ。
やがてみんなの準備が終わり、エマが台の上に立つ。
そして、歌が、私へのメッセージが込められた歌が始まった。
ダンスなどには合わない、いや、それどころかこの場所そのものに合わないアップテンポな歌が響く。
これを聞いていた人たちは、全員が全員首を傾げているだろう。
上手いのに、何故今なのだと。
そのぐらい場違いな歌で――でも私にはしっかりとその意味が伝わった。
伝わって、そして思ってしまった。
私は、要らないんじゃないかって。
三人でも十分歌は完成されていた。
私が居なくても、三人はきちんと演奏出来ていた。
本当はこんな事言いたいんじゃないのは分かっている。でも私は――。
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