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『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました  作者: 駆威 命(元駆逐ライフ)【書籍化】妹がいじめられて~発売中
第四章 世界は歌と共に巡る

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第78話 革命の終わりに

 私達はまたあのバルコニーにまでやってきていた。


 カシミールに味方していた多くの衛兵たちが拘束され、武装解除されていく中、カシミールの姿は影も形も見当たらなかった。


 一緒に攻め入ってくれた人たちからも、カシミールを捕らえたという話は聞かなかったため、どうにかして逃げおおせたのだろう。


 私はそれがどうにも嫌な予感がしてならなかったものの、グラジオスは……。


 血を分けたたった一人の弟は、どんなことがあっても憎みきれないのかもしれない。


 まあ――私は正直許すつもりはなかったけど。


 なに? 私の服切って何してくれてんのアイツって感じ。


 もしアイツを捕まえられたら、タコの触手攻めにして思いっきり笑ってやる。


「グラジオス、手を出して」


 捕まえた衛兵の懐から鍵が見つかったため、私はそれを手にグラジオスの前に立つ。


「ん」


 グラジオスは言われた通り枷で拘束された両手を素直に差し出してきたのだが……。安全が確保されたことも相まって、私の中でむくむくとイタズラ心が沸き起こってくる。


「グラジオス。お手」


 私は素直にその欲求に従った。


「……何を言ってるんだ」


「いいじゃん。おかわり」


 とは言ってもどちらも同じ右手を差し出しているのだが。


 大型犬グラジオスは不機嫌そうに顔をしかめると、


「オーギュスト卿。すまないが卿に頼みたいのだ……」


 自らの師匠に助けを求めた。


 あーあ、良いのかなぁそんなことして。


 私に逆らえる立場なのかなぁ。


「グラジオス、さっき私の胸見たよね」


 私の放り込んだ爆弾の威力は強力で、それまで弛緩していたグラジオスがぴきーんと一気に凍り付いてしまった。


「い、今、そ、その事を言うのか?」


 さび付いた時計の針みたいに不自然な動きで、ぎっぎっとこちらへ首を向けるグラジオスに、私はさらなる爆弾を投下していく。


「しかも、だいぶ興奮してたよね」


 実は私もこんな事言うのは恥ずかしい。恥ずかしいのだが、それ以上にグラジオスがそういう目で私を見ていたことが嬉しいというかなんというか、優位に立てた気がしてしまったのだ。


「な、な、なんの事だ」


 普段そういう事に対しては興味がありませんといった感じでスカしているグラジオスだが、今はなにを言おうと実体験という証拠があるため逃れる事は出来ない。


 そして、グラジオスを見逃してあげるほど私は甘くもないのだ。


「それ、私に言わせたいの? グラジオスのえっち」


「ごふっごふっ……」


 そんな風にして真っ赤になって咳き込んでいるグラジオスの元へ、呼ばれたばかりのオーギュスト伯爵がやって来た。


「いかがされましたかな、殿下」


 オーギュスト伯爵も奮戦続きであったせいか、そこかしこに切り傷が付いている。


 とはいえ何十人も相手にし続けて、なおかつそれら全てを叩き伏せて切り傷だけというのだから、さすがは王国が誇る武人といったところだ。


「オ、オーギュスト卿……」


 確かにオーギュスト伯爵に助けを求めたのは正しいだろう。


 オーギュスト伯爵ならば、少し難しい顔をしながら私を注意して鍵を取り上げ、グラジオスの手枷を外してくれるだろう。


 でもそうなると……私の口が滑っちゃうかもしれないんだよなぁ。


 オーギュスト伯爵は、未だに死んだ妻へ操を立てていることからも分かる通り、女性関係は特に一途なのだ。


 そんなオーギュスト伯爵の耳に私の肌を見て大きくしたなんて情報が入ってしまったら、大目玉は必至だろう。


「む、顔色が優れぬようですが」


「い、いや……」


 グラジオスはチラリと私の顔色を窺い……無理だと判断したのだろう。


 即座に話題を切り替えた。


「卿は本当によくやってくれた。感謝する」


「ありがたき幸せ。殿下もさぞや苦しい思いを為されたでしょうに」


「さっきいい思いをしましたけどね」


「おふんっ、おほんっ、んんっ」


 かなりきわどい発言で混ぜっ返した私の言葉に、変な疑問を持たれないようにするためか、グラジオスはわざとらしく何度もせき込んで誤魔化そうとする。


 いつものグラジオスならもっとスマートに誤魔化すだろうに、力業しか出来ない位焦っているのかもしれない。


「む、風邪でもひかれましたかな? 牢では休めませなんだでしょう。今日の所は温かい物でも食べてゆっくりとされてはいかがですかな」


「そうですかねー。確かに特定の部位が熱もったり元気になりすぎちゃって大変みたいでしたからそれを鎮めるためにもゆっくり休んだ方がいいでしょうね」


「げふんっ! げふんっ! おほんんっ!!」


 ここまでわざとらしい咳を繰り返せばさすがにオーギュスト伯爵も何かがおかしい事に気付いたようで、じっと私の笑顔を見つめた後、グラジオスのやや青い顔に視線を移し、もう一度私の顔を見て……やれやれといった感じでため息をついた。


「殿下の事はキララ殿に任せた方がよいでしょうな」


「はいっ」


 にひーという感じの笑顔を浮かべている私に、意味ありげな視線――多分やりすぎないようにという意味かな――を向けた後、オーギュスト伯爵は離れていった。


「オーギュスト卿!」


 その背中にグラジオスが声をかける。


「実際にここでカシミールに加担した衛兵はさすがに罰するしかないが、それ以外は帰してやるかこのまま通常業務に戻してやってくれ」


 衛兵全てを罰する事が出来ない以上、どこかで線引きをしなければならないのだが、ずいぶんと甘すぎる裁定のように私には感じられた。


 グラジオスだから仕方がないといえば仕方がないのだが。


「分かりました」


 オーギュスト伯爵は軽く頷くと警邏や兵士達への指示を出す仕事に戻っていった。


「さて、グラジオス」


「な、なんだ?」


 グラジオスは変に緊張した顔を私へ向ける。何かとんでもない事でも命令されるのかと気が気ではないのだろう。


 まあ――。


「今ので私の胸見たことはチャラにしたげる」


 私は鍵を使ってグラジオスの手枷を外す。


「あ、ああ」


 あまりにあっけなく手枷をはずして貰えて拍子抜けしたのか、グラジオスは逆に戸惑ってしまっていた。


 一番肝心な言葉を言う事すら忘れてしまうくらいに。


「ま~、グラジオスだしね~」


 グラジオスのひねくれに慣れている私は気にしないのだ。


「な、なんだいきなり」


「ん~ん。あ、そう言えば音止まってる。エマどうしたんだろ」


 気付けば床から証拠の音声は聞こえなくなっていた。


 突入直後は聞こえていたので、必要なくなったと判断して止めたか電池切れでも起こしてしまったのだろう。


「あの仕掛けはエマがやったのか」


「そーそー。エマにも感謝しなさいよ~」


「当たり前だ……あっ」


 どうやらようやく思い至ったようで、グラジオスは急に真面目な顔になって――。


 でも私はそんなグラジオスの唇に、人差し指で封をした。


 私に対してのお礼はそんなありきたりの言葉じゃない方が良い。


 私達の間には、言葉を超えるものがあるのだから。


「私が何して欲しいか分かる?」


 もちろん分かるだろう。私が望むことなんて一つしかない。


「む」


 グラジオスは即座に気付き、辺りを見回して……バルコニーの端に片付けられていた処刑用の首切り台に目を止める。


 形としては、男の人ひとりが寝そべる事が出来るぐらいの大きさの台の上に、更に机みたいな形をした頭を乗せるための台が置かれている感じだ。


 グラジオスは自由になったばかりの腕を使って、それをバルコニーで一番、階下の庭から見通しが良さそうな場所にズリズリと引っ張っていった。


「これでいいか?」


「うん。あ、あと上着貸して。この服で動くと見えちゃうから」


 私の服は真ん中から左右に泣き別れになっているため、ちょっとでも動くとグラジオスの大事なところが大変な事になっちゃうのだ。


 私は借りたグラジオスの上着を着ようとして……大きすぎてちょっと絶望した。


 ぶかぶかとか萌え袖になるとかそういうレベルじゃなく大きかったのだ。


「いいや、前隠せれば」


 発想の転換は大事だ。着れないのなら、着なければいい。


 私は借りた上着のボタンを全て留めると、上着の袖を背中側で括り、前掛けにしてしまった。


「よっしゃー! グラジオス、行くよ!」


「あ、ああ!」


 正直、一週間以上私は我慢してきたからもう限界だったのだ。いい加減爆発しそう。


 さっきのは忘れたのかなんて突っ込みは野暮ってもんでしょ。さっきはさっきで別腹なのだ。


 私はグラジオスの手を引っ張って台の上に乗せ、私はグラジオスの頭を置くはずだった方の台に跳び乗った。


 血とか付いてないから、多分グラジオスのために急遽用意された物なのだろう。


 普通はバルコニーで処刑などしない。


 いい物――もちろん皮肉だが――を用意してくれたカシミールに感謝しつつ、グラジオスと近くなった目線を向かい合わせて――。


――革命デュアリズム――


 決闘をするように互いの歌をぶつけ始めた。


 突然始まったライブに、人々は驚き、続々と集まってくる。


 階下にも、バルコニーにも。


 ああ、これがきっとグラジオスから私への感謝の言葉で、私達からみんなへの感謝の言葉なのだ。


 始めは戸惑っていた人たちも、だんだんそれが理解できたのか口笛を吹いたり手を叩いたりして歌に乗り始める。


 あ、オーギュスト伯爵がヘッドバンギングしてる。ただ頭を抱えてるだけかもしんないけど。


 諦めてもらお。


 これが私で、これこそが私達なんだから。

読んでくださってありがとうございます

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